005 拉致られた勇者様
『勇者召喚』
それは、異世界における、最期の救済の祈り。
『邪竜を倒してくれ』
『攫われた姫を助けてほしい』
『魔王を討て』
等々あるだろう。そんな理由で、いきなり『召喚』された者は、たまったものではない。
更に言えば、帰る方法が不確かな事が多い。運が悪ければ、全てを終えても帰れないと言う事もありえる。しかし、ここに、非常に運の良い『勇者』がいた。
『各務銀次』
彼は、かつて『勇者召喚』を受けて帰還した強者だった。
前記の使命を見事全て果たし、その後帰還出来たラッキーボーイ。
歳は、現在二十一歳。
因みに独身。
そんな彼は、勇者をする過程で、魔術も扱えるようになり、初めての召喚から帰った十五歳の時、異能者の組織にスカウトされる事となった。そして、明日二十二歳を迎えようとする今日。実に、記念すべき十回目の『勇者召喚』を受けていた。
「っ、ふざけんなっ……」
広い儀式場に、そんな呟きは消えていった。
祭壇には、白いローブを着た老人と、明らかにそれと分かる可愛いらしい姫。周りには、荒く息の上がった数人の魔術師達が、膝をついている。そして、お約束が発動する。
「勇者様っ。どうか、魔族からこの世界をお救いくださいっ」
キラキラと涙を浮かべて、姫が訴える。確かに可愛らしい。普通、男ならば、庇護欲を禁じえないだろう。
そう『普通』ならば。
かつての彼もそうだった。だがしかし、彼にとっては、これで何度目かと言うお約束。
(引っかかってたまるかっ!)
何度も姫に夜這いをかけられ、その度に責任を取れと言う王に脅された。
旅に出る前なら、そのまま旅に同行され、いらん苦労をかけられる。
「ああ、そうさ。そんなでも、慕ってくれる姫の為と、頑張った事もあった。俺は馬鹿だったっ」
無事帰還を果たせば、休む暇なく毎晩夜襲を受けた。
勿論それは、自身の夫に相応しいと思い込む姫と、自身の地位が危ないと、焦る王や貴族の、もはや用済みだと言う暗殺系と両方だ。
暗殺系の奴等は、はっきり言ってどうとでもなるから良い。厄介なのは姫だ。
夢の中で生きる生き物。守られるのが当然。選ばれて当然と思い込んでいる傲慢で、頭が花畑な女。
奴等は『勇者は姫と結ばれる』のが当然だと宣う。
色仕掛けに泣き脅し。手を変え品を変え、猛烈アタックを掛けてくる。そのおかげで女性不信になった二十一歳。独身であった。
「無理です」
「「「…………」」」
長い経験から得た答えは、拒否一択。
『任せてください』なんて答えた、一番最初の時の自分は馬鹿だった。
それを踏まえての二度目。迷っている様に見せかけたのも、結局流されておしまいだ。
そして三度目。即行トンズラを決めたが、数日で飢え死にしかけて出戻った。
そして四度目。万を時して出した答えが『即答で断る』だった。
「っ勇者様……そうですわよね……混乱なさるのも分かります。落ち着いてから、改めてお話させていただきましょう。どうか、今日のところはごゆるりと、お休みくださいませ」
そう、この言葉を待っていた。
歓迎会やら、涙ながらの神官や姫の訴えをスルーさせ、『今はそっとしておこう』と言う流れに持っていく。
外に出て、苦労しながら食いつなぐ必要もなく。タダ飯食って数日過ごす。その上、待遇は最上。気楽に待てば良いのだ。そう、そうすれば一日もしないうちに必ず来てくれる。
(俺の女神っ!! 救世主っ!!)
それは、部屋に通され、ベットに横になってすぐに現れた。
「ハロー。良い子にしてた?」
窓から堂々と侵入してきた少女は、ちょっと顔を見に来た的な気安さだった。
「っっっリズぅぅっ」
思わず抱きつこうとすると、すぐに弾き飛ばされてベットに戻された。
「っ痛ぅ……もうちょっと優しくしてくれても……」
「悪い。反射的にね……まぁ、そんな事より……飽きないね……」
その顔には、『何回召喚されれば気が済むの?』と書いてある。
「っ俺は悪くねぇだろっ」
その答えに、もう一度呆れられた。
「ここまで続くと、もう天性の才能ね。それか、前世で何か変な契約とかしたんじゃないの?」
ものすごく不吉な事を言われた。
「……前世とか絡んできたら、俺の全国聖地巡りは無意味じゃねぇか……」
「呪いとか、運の問題じゃないなら、そんなの最初から無意味でしょ? ってか、毎週末のツーリングはそれかぁ。無駄な事好きだね」
「…………」
言葉もなかった。
理修は、落ち込んだ銀次を気にせず、部屋を一通り見て回ると、自身の影の上で手を翳す。すると、その影から、愛用の杖が生えてきた。
二メートル程の長い杖は、何で出来ているのかわからない。上部は、中心の赤い水晶体を囲む様に、二つの輪がクロスして取り囲んでいる。その下には、腕輪サイズの輪が三つ下がっており、魔力に反応して澄んだ音を響かせる。
シャランと、杖が鳴る。
すると、銀次には、空気が変わったように感じられた。それは、人払いと防音の結界だ。
「さて、それじゃぁ、今回の召喚の理由を聞こうか」
そう言う理修の瞳には、ゾッとする様な冷徹な輝きがあった。