048 人の愚かさを
2015. 5. 24
人は勝手な生き物だ。自分達の思い通りに事が運ばなければ、それが悪いものだと決めつける。それは、ほんの小さな子どもの時から変わらない。
一人だけの言い分ならば、我儘で片付けられておわるだろう。だが、二人、三人と同意するものが現れたならば、それは正当な意見となり、やがて世界の常識さえも覆す事になるかもしれない。
他人を煩わしく思っていたとしても、人は、集団で生きて行く生き物なのだ。そして、常に味方を探している。自分達を肯定してくれる者を信じてしまう。
「愚かな事だ……攻める勇気があっても、歩み寄る勇気がないとは……」
ウィルバートは、隣人である彼らをずっと見守ってきた。人と魔族では、時の流れが大きく異なる。ダグストの王が何代変わっても、ウィルバートは変わらず双方の国の平穏を望んできた。
「次の王なら、次の王であればと待っていたのだがな……」
「ウィル様……」
長く生きる魔族達は、国で争う虚しさを知っている。しかし、人は、戦争を知らない世代に入れ替わった。その悲惨さを、虚しさを、本当の意味で知らない。だから、危惧してもいたのだ。
「心配するな、司。戦争にはさせん」
「そうね」
「「「っ理修!!」」」
「理修ちゃんっ?」
すっと、突然、開け放たれたドアの前に理修が舞い降りてきた。家族達は心底驚いていたが、近付く気配にウィルバートだけが気付いていた。だから、冷静なウィルバートに理修はそのまま続けた。
「あの魔人を倒すだけで、あの国の心を折れると思う?」
「……分からないな……だが、一人でも犠牲が出れば、後戻りが出来なくなる」
たった一人でも、味方と思う者を傷付けられれば、大義となる。確実に、自分達を正当化するだろう。そうなれば、戦いは避けられない。
「ウィルは優し過ぎる……人は、味方が居なくなって初めて、自分を省みるんだよ?」
「だからと言って、そうなるまで殺すのか?」
「それしか手がないなら」
理修としては、現状、かなり譲歩している。理修一人を彼らが敵とするならば、綺麗に消し去って終わりだ。後世で悪魔と呼ばれようと、最悪の魔女だと言われようと構わないのだから。だが、この場合、それをやってしまえば、悪く言われるのは確実にウィルバート達、魔族だ。
「……ならば、考えよう。少し待ってくれるか?出来ればあれを、その間、留め置いてくれ」
「それだけでいいの?」
「あぁ……それと、お帰り」
「ただいま……」
そう言って、理修はいつものようにウィルの胸に抱きつく。じっくりとお互いの鼓動を確認すると、そっと離れる。そして、ウィルは国へと急ぎ戻って行った。
それを外に出て見送った理修は、強力な結界で魔人を覆った。これで、数日堪える事ができる。
「あの、リズリール様」
おずおずと家から出て、声を掛けてきたのは、聖女ミリア。震えそうになる体を必死で抑え、理修の前に辿り着くと、地面に膝を突いて懇願した。
「お願いです。愚かなのはわかっております。ですが、どうか、民達をお許しくださいっ。上の者たちも、わたくしが説得いたします。時間を、猶予をお与えください」
ミリアは必死だ。理修が本気になれば、本当に何もかもを消し去る事も可能だと理解していたからだ。
「あなたの言葉を聞くの?あれを呼び出した時点で、彼らはあなたの存在を排除して考えている。今更出ていっても消されるだけではない?そうなれば、聖女を殺したのは魔族だと言い掛かりを付けて、民達を煽動するとは考えられない?」
「っ……それは……」
ミリアには続く言葉が出てこない様子だ。それが可能性としてあると、分かっているのだ。
「ミリア。どうしても行くと言うなら、俺も行こう」
「司様……」
「司……」
家から出てきた司が歩み寄ってくる。呆れる理修の顔を見て、司は苦笑しながら言った。
「ミリアは充分反省している。誰かさんが、相当色々と吹き込んだらしいからな」
「……大人しく籠の鳥になっているのを見て、からかってやっただけよ。現実を見ようとしない女ほど、苛つくものはないわ」
「理修……素が出てるぞ……」
「そう?」
理修は普段、感情をなるべくセーブしている。魔女達は大概がそうだ。物事に無関心に見えるのは、感情を抑えている為。怒り、苛立ち、悲しみ、それら負の感情を抑制する為だ。
強い負の感情は、魔力を暴走させてしまう。力ある魔女が、魔力を暴走させてしまったなら、世界をあっと言う間に消し去ってしまう事になる。
それは、理修にも言える事で、若い理修には、シャドーフィールドに所属する魔女達の様に、まだ己の感情をうまく制御しきれない。その為、普段から心を落ち着けるよう、言葉遣いから意識的に気を付け、感情の起伏を抑えているのだ。
「これくらい、問題ないわ」
《そうだな》
その時、声が降ってきた。反射的に見上げれば、上空を覆う程の大きなドラゴンが、強い風を起こしながら舞い降りて来ていた。しかし、周りの木の高さに到達した所で、そのドラゴンが光に包まれ、小さく萎んでいく。そして、光が霧散すると、小さなドラゴンとなって理修の肩へと降り立った。
《本当に危ない時の主は、もっと乱暴な言葉遣いをする。無表情になって、無言で魔術を連射し出したらレッドゾーンだ》
ドラゴンは、どこか自慢気な様子で司とミリアへ向かって細い首を伸ばしながらそう言った。
「エヴィ……報告」
《ふむ……》
理修に言われ、ドラゴン……エヴィが、姿勢を正して報告を始める。
《見てきた限り、血の臭いはしたが、生け贄での召喚ではないようだ。漏れ聞いた話によると、歴代の聖女達の血を保存していたらしい。それを使ったのだな。現在での被害者はゼロだ》
「そう……」
用意があったと言う事かと、理修は魔人を一度睨み付けると、家へと向かう。それに、どうしたのかと慌てたのは司とミリアだ。
「何をするんだ?」
司は不安で仕方がない。今にもダグストに向けて炎の雨を降らせるのではないかと気が気ではないのだ。しかし、理修から出た言葉は落ち着いたものだった。
「何も。しばらく、ウィルの返事待ちよ。お茶でもして待つわ」
「え……」
「二人とも早く来なさい。今、勝手に動いてもらっては困るから」
「「はい……」」
ここは大人しく従っておくべきだと司とミリアは理修の背中を見る。すると、エヴィがそうしろと言うように頷いていた。冷静そうに見える理修の背中を見て、信じようと二人は思った。
司とミリアが顔を一度見合わせ、家に向かおうと一歩を踏み出したその時、突然、理修の足が止まった。その背中には、明らかな戸惑いが見える。理由は勿論、家の中から全てを見ていた理修の家族達だった。
読んでくださりありがとうございます◎
ようやく合流したリズちゃんは、どうやらウィル様しか目に入っていなかったようです。
とりあえず、いきなり更地にする事はなさそうで良かった。
さすがは、ウィル様。
リズちゃんも堪えています。
制御してもらいましょう。
さて、これらを見ていた家族達の反応は?
では次回、また来週です。
よろしくお願いします◎