044 期待していました
2015. 4. 26
司の用意した昼食は、どれも温かい湯気を立て、広いテーブルに所狭しと並べられていた。
「マジで、アイテムボックスって反則じゃねぇ?」
美味しそうな料理を前に、明良が呆れたように呟く。出来たてにしか見えないパンやスープ。その上、この大人数に即座に対応できる量。それらが平然と現れるのだ。その量を見れば、冷蔵庫を一つ二つ持ち歩いているような物ではないかと思えてしまう。
「先輩。因みに、これだけの量、どうする気だったんです?」
「どうと言われても、異世界では常に何があるかわからないからな。食料だけは、気付いた時に保存するようにしているんだ。これに入れておけば、取り出さない限り、永久保存が可能だからな。これでも理修より内容量は少ないぞ」
「は?えっと……とりあえず、この量を一回分として、後どれくらいあると?」
拓海が頭を押さえながら訊ねる。皆が知りたいのは、これ以降の食料があるのかどうかだ。いくらなんでも、今並べられている七人分の食料を無限に維持できるとは思えない。しかし、司は何を言っているんだと言うように眉を寄せて答えた。
「この量を一回分とするなら、一日三食でも半月は保つぞ?現地調達もすれば良いから、尽きる事はまずない」
「いや……マジで?」
そんな事は気にするなと言わんばかりに、さっさと食うぞと言って席につく司に、一同は唖然としながらも、それにならった。
「旨い……」
「あら?これ、理修ちゃんの味だわ」
「な、何で姉さんが分かるの?」
「よくわかりましたね……」
驚く義久と、少々呆れた様子の司。それに、由佳子は得意気に答えた。
「ふふ、勘よ。理修ちゃんの料理の腕はプロ級だもの。それも、見たところ異世界料理じゃぁないでしょ?」
並べられているのは、舌に馴染んだ味の地球の料理だ。見たことがないと言えるものはない。その上、日本特有の和洋折衷を取り入れたものなのだ。予想は難しくはないだろう。
「異世界の材料は使っていますよ。これは先日、理修がこちらで作ったものですから」
「そうなの?」
味は普通だわと言いながら、皆それぞれ食事を楽しむ。この家には当然のようにキッチンも付いているので、後片付けもきっちりと終わらせると、今後の方針を話し合う事になった。
「これがこの辺りの地図だ。教会のあったダグストがここ。今は、魔族のサンドリューク王国との国境になる覇者の森にいる。場所は入り口のこのあたりだろう」
司が指を指す場所は、サンドリュークまで五分の一に入るか入らないかくらいの場所だった。
「先輩は、追っ手がかかると思います?」
拓海の問いかけに、司は重く頷く。
「ミリアがいるからな。すぐに気づくだろう。だが、魔族の国へ行こうとするとは考えないだろうな。先ず、可能性として向かうのは、こことは反対側のティオナ国だ」
そこで、ミリアが不安そうに訊ねた。
「司様。司様は、あの時も魔族の国へ向かわれたのですか?」
「ああ。だから、迷う事はない。ただ、この森の名で分かるように、かなり危険な魔獣が多い。そこで提案なんだが……」
そう言った時、司が何かに気付いたように不意に立ち上がった。
「どうしたの?」
由佳子の問いかけを片手を挙げて制し、気配を感じ取るようにキョロキョロと目を動かして天井を見上げる。
「……これは……」
そう呟いた司は、慌ててドアへと向かう。そして、そのドアを開けると、そこには黒髪の美丈夫が一人、立っていた。
「っぅ、ウィル様!」
「ん?司か。久し振りだな」
そう、ウィルバートがあまり変化しない表情で言う。
「まさか、召喚された勇者とはお前の事か?」
「はい……それとその……」
言い辛いと、視線を中へとチラリと向ける司に、ウィルバートが釣られて覗き込む。そこで声を上げたのは、由佳子だった。
「スゴイっ。イケメンだわ!!」
「ちょっと、姉さん……」
「確かに……」
「え、充花さんまでっ?」
「男の……方……?綺麗です……」
女性陣は、すっかりその姿に見惚れていた。そして、男性陣もそんな女性陣を見て改めてウィルバートに目を向ける。そんな様子に、司はさすがにまずいと思った。
「っちょっ、ウィル様。ちょっと外で話を」
「ん?あぁ。失礼する」
優雅に目礼をし、ドアを閉めた司と共にウィルバートはテラス席へ向かう。
「あの、実は、彼らは理修の……家族なんです」
「なに?それは、挨拶を……いや、先にリズか……」
「はい……」
「相当怒るだろうな」
「はい……申し訳ありません……」
窓から見える家族達を見て、二人はどうしたものかと深刻な顔で思案する。ウィルバートも、シャドーフィールドについては理解している為、間違いなく、理修に、家族が異世界に召喚されたと言う情報は告げるだろうと予想していた。
「何も知らされず、リズ自身で気付くよりは、幾分かマシだろうが……このままお前達をここに居させるのも不安だ」
「いえ、ですが、この家の結界は理修のものです。まず魔獣を寄せ付けません。なので、俺だけ先にそちらへ向かって、応援を呼ぶつもりだったのですが……」
それが、ウィルバートが現れる前に考えていた案だ。ゾロゾロと非戦闘員を連れてこれ以上進むのは危険だ。もう少し行けば、本当に危険な地帯に入る。司が強くとも、護りながら戦うには無理があるのだ。その為、安全なこの家で待っていてもらい、サンドリュークで護衛を雇って戻るつもりだった。
「確かに、この家の中は安全かもしれん。だが、彼らは初めて異世界に来たのだろう?戦闘も、経験どころか見ていないのではないか?」
「はい……この辺りの魔獣相手にならまだ、この、理修が作った魔獣除けの魔導具に効果がありますから……」
司の腕には、教会を出てすぐに着けた腕輪があった。これにより、冒険者ギルドが定めるBランクの魔獣までは、近付かなかったのだ。そして、正にこの森のダグスト寄り、四分の一程の場所では、Bランクまでの魔獣しか棲息してはいない。
「ならば尚更だ。魔獣と言うものを理解できていないだろう。そうなれば、興味本位で家を出てしまう事もありえる」
「そんな、子どもではありませんし……」
「子どもではなくとも、魔獣や戦闘を知らぬ異世界人だ。魔族さえ知らないだろう」
「はい……むしろ、その魔族を見たいとの話で飛び出して来ました……」
「なに……?そ、そうか……ならばやはり、杞憂ではないな。それだけ未知のモノに対する好奇心があるのだ。危険な魔獣相手でも臆さぬだろう」
「確かに……」
それが異世界から来た者の反応だ。野生の危険な動物さえ見世物になる世界、国で育った者が、魔獣の本当の恐ろしさが分かる筈もなかった。ライオンに出会ったとしても、逃げればいいと言う認識しかない。この異世界では、いざという時、戦う勇気と力が必要なのだ。
「仕方あるまい。私が護衛しよう。サンドリュークまで来るといい」
「良いんですかっ?」
「あぁ。ここからまたサンドリュークに戻って、人を連れてくるのは面倒だ。明日には着くだろう」
「はい!お願いします!」
未だ理修からの連絡がない以上、突然、ダグストに魔術を撃ち込む事もないだろうと結論付け、ウィルバートは司と共に家へと入る。
「あら。イケメンさんっ。司君、どうなったの?」
「あ〜……その……この方がサンドリューク……魔族の国まで護衛してくれることになりました」
そこでウィルバートが一歩進み出た。
「安全の為、あなた方を保護、護衛することになった。ウィルだ。よろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いしますっ。私は東由佳子。弟の東久義に、妻の充花。二人の子どもで、兄の拓海に弟の明良。それから、こっちで出会ったミリアちゃんよ」
由佳子がテキパキと紹介を済ませる。これによって、ウィルバートも理修との関係を理解した。しかし、最後に紹介された少女の名前に、ピクリと反応する。
「ミリア……君が聖女か。彼らを召喚したのも」
「は、はい……わたくしです……」
「そうか……君は魔族を、どう思っている?」
「え?」
ウィルバートは、ミリアに鋭い視線を向け、そう訊ねた。
「どうとは……その……」
「ふむ。言い方が悪いか?ならば、私を見てどう思う」
「あの?」
更に困惑するミリアに、ウィルバートは核心を告げた。
「私が魔族だ。どうだ?お前達の思う、邪悪なモノでしかないか?」
「え、そんなっ、いいえ……え、魔族?」
ミリアは、マジマジとウィルバートの姿を見つめる。それは、隣りにいた由佳子もそうだった。
「ウソ。魔族って、黒い羽根とかないの?」
「……ないな……ドラゴンの事か?」
「角は?あ、ほら、手や足に鱗とか」
「……いや……竜人族ならあるが……」
「え〜!だって、どっからどう見ても、イケメンな人じゃない」
「はい……」
ミリアも同意見だと、コクコクと頷いた。見回せば、他の者達も全員同じらしく、一度目を見開いてから肩を落とした。
「司。私は、何か期待を裏切ったのだろうか?」
「いえ……はい……申し訳なく……」
しばらく家の中は、微妙な空気が流れるのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
ウィル様登場。
これで安全は確保できました。
リズちゃ~ん、早く~。
では次回、また来週です。
よろしくお願いします◎