034 歩み寄る事
2015. 2. 15
「え~っと、エヴィ君?君は、いつから理修ちゃんといるんだい?」
家に残されたのは、義久と充花。そして、エヴィスタだ。理修を見送ったエヴィスタは、パタパタと飛んで理修の椅子にとまった。その様子が、主人から離れて留守番をする犬の様で、義久は感動していた。そして、堪らずに話し掛けたのだ。
《主が七か八の時だ。我の父は、主の祖父であるリュートリール殿に、永年仕えていたのでな》
「リュートリール?それって、もしかしてお義父さんの事かな?」
《うむ?そうか。こちらではリュウトだったか?それで間違いないと思う》
「リュートリール……それが、お義父さんの本当の名前なんだね……」
ここでようやく、現実味を帯びてきたと感じたのだ。それは、充花も同じだった。
「お父さんは……なぜ私に話さなかったのかしら……」
充花は先程、不思議な体験で崩れ去ったブレスレットをつけていた腕を撫でる。そこにあった物は、もう何年も前から着ける事が習慣となっていた物だ。それがあんな物だとは思ってもみなかった。
《母殿は、魔力が多くない。魔術師と呼ばれる程の力は得られないだろう。だが、こちら側に来てしまえば、リュートリール殿の娘として見られる。それは、とても危険な事だ》
「なぜだい?」
義久が訊ねる。それに、首を横に振って答える。
《リュートリール殿は、我らの世界では最強で、伝説にまでなった魔術師だった。その力で、亡ぼした国もある。当然、敵も多いのだ。そんな者の娘となれば、弱点と見て手を出してくる者は少なくない。魔術師としての力がないならば尚更だ。だからこそ、何も言わず、こちらの世界で守っていたのだ》
「……そんな……」
充花は衝撃を受けていた。あれ程嫌っていた父親が、それでも守ろうとしていたと言う事実。そして、どこかまだ、ただの物語りとして認識していた記録帳が、本当に現実の事を書き綴った物なのだと確信を持った。
「私……お父さんの何を見ていたのかしら……」
「充花さん……」
今更気付いても遅すぎるのだと言う後悔。今になって、もっと話をしてみたかったと思うのだ。
《亡くなった者を悼むのは構わない。だが、後悔はすべきではない。それは、死者の為にも、己の為にもならないのだ。それを思う代わりに、主に歩み寄ってみてはどうだ?》
「理修に……」
「そうだね。理修ちゃんともっと話をしよう。なんなら、異世界に連れて行ってもらおうよ。お義父さんの生きた世界を見る権利が、充花さんにはあると思うな」
『異世界』と言う言葉が弾むのは、義久も知りたいと思っているからだ。リュートリールが生き、理修が生きるもう一つの世界。それを、家族として知らなくてはならないと思うのだ。
《そうだな。一度来ると良い。主の婚約式も近いからな》
「「…………?」」
充花と義久は、理解できない単語に目を瞬かせた。
《む、やはり話しておられぬのか……仕方のない主だ。我の口から言うのもなんだが、主は近々、婚約者殿と正式に婚約するのだ。国をあげての物だからな。それはもう、盛大に催す事だろう》
「へ?」
「え?」
二人は、全く分からないと言う顔をして、暫く固まるのだった。
◆ ◆ ◆
理修は、魔導具を無事に完成させ、司と待ち合わせの約束をして、兄弟と共に帰宅した。
「理修ちゃんっ、話があります」
「はい?」
自宅の玄関を開けると、突撃して来た父に開口一番にそう言われたのだ。
「どうしたんだよ、親父」
「確認したいんだ。至急ねっ。理修ちゃん。婚約者って誰?」
「は……エヴィ……」
《うむ。主よ。我が話した。必要な事である》
「…………」
エヴィは、いつでも理修を気遣っている。それが分かるからこそ、仕方ないと溜め息が出た。
「『ウィルバート』」
「ん?」
彼の名を告げれば、後ろにいた兄弟も一緒になって首を傾げた。
「誰って言うから」
苦笑し、顔を覗かせた母にも聞こえるように言った。
「『ウィルバート・ティエルード・サンドリューク』って言うのが、彼の名前。職業は国王。見た目は二十代……後半?じぃ様の友人だったの」
それだけ言うと、理修はさっさと部屋へと向かった。着替えを済ませて戻って来るまで、家族全員がその場を動かなかったのは驚きだ。
《行くのか?主》
「うん。ウィルに渡したい物もあるし、バカ共が動き出す前にさっさと今回の騒動を終わらせたいからね」
靴を履き、肩にとまったエヴィに、姿を消すように言う。そこでようやく、父が動いた。
「え、ま、待って。何処に行くんだい?」
「トゥルーベルに。一仕事してくる。あ、家の結界が安定するまで……来た来た」
気配を察した理修は、玄関のドアを開ける。するとそこには、普通の服を着た青華と、銀次がいた。
「この二人を護衛として置いておくから、心配しないで」
そう、ろくに説明する事もなく出て行く理修は、間違いなくあのリュートリールの孫なのだと理解する者はこの場にはいなかった。
◆ ◆ ◆
そこは神殿の奥。聖女の部屋だ。
「では聖女、勇者召喚の儀の準備を始めてくださいね」
「……はい……」
その表情が曇っている事に、部屋を出て行く神官達は気付かない。去って行く背中を見ながら、聖女は小さく震えていた。
「……司様……っ」
その小さな小さな、悲鳴にも似た呟きは、彼の人には届かないと知ってなお、願いと共に思いを込める。
(助けてください。私は……っ)
聖女は、聖女である事に己の存在意義を見出せなくなっていた。言われるままに生きる事への不安。それが、あの日から日に日に強くなってくる。
司が消えたあの日。
聖女は、疑問を持つ事を知り、己を取り巻く世界が分からなくなったのだ。
(分からない。何が正しいのですか?なぜ、あなたは消えたのですか?)
その疑問を抱え、聖女は今日も一人祈るのだ。
読んでくださりありがとうございます。
リズちゃんの婚約話が、ようやく両親へと伝わりましたね。
そして、動き出した勇者召喚。
司くんピンチです。
また次回、来週です。
よろしくお願いします。




