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026 魔術師と勇者ですから

2014. 12. 21

司はその時、考えるよりも先に走り出していた。


司の耳には、遠くからこちらへ猛スピードで走ってくる車のエンジン音が、少し前から聞こえていたのだ。


(信号も無視してるな……とりあえず、番号だけでもチェックしとくか)


シャドーフィールドの情報網に掛かれば、人物の特定も難しくない。何かあった時に証拠として役に立つだろうと軽く考えていた。


もうすぐに目の前を通過するかと、交差点を見ていれば、信号が赤に変わった。


(チッ、タイミングの悪い……)


これで止まればいいがと思ったが、その車のエンジン音は更に加速する。


(なに……?)


こんな昼間からどこのバカだと車を確認しようとした時、二人の女性が今まさに、向かいから横断歩道を渡って歩いてきているのに気が付いた。


(ッくそっ!!)


迷っている時間はない。研ぎ澄まされた感覚と、魔力による身体強化をフルに発動させると、一気に駆け抜けた。


もし、司を見ている者がいたなら、瞬間移動をしたように見えただろう。車が通り過ぎる一瞬前にはもう、女性二人を抱えて反対側の歩道へ辿り着いていたのだから。


(ギリギリだったな……)

「大丈夫ですか?」


目の前の女性達は放心してしまっているようで、どうしようかと考える。そこで、思わぬ声聞こえた。


「梶原先輩……?」

「ん?お前達は理修の……?」


間違いない。理修の兄と弟だ。


「今、どうやって……」

(まずいか……)

「司っ」

「ッ理修!?」


走って来る理修の姿に、弟の方が驚いて声を上げた。


「え?」


それには理修も驚いたらしい。珍しく目を見開いていた。だが、そこは理修だ。状況を理解すると、すぐに二人の女性の傍に屈み込む。


「大丈夫?母さん。伯母様。怪我は?」

「私は……大丈夫……」

「えっと……」


一人は、なぜか理修から目を逸らして大丈夫だと答え、もう一人が身じろいで体を確認する。だが、その女性が口を開くよりも早く、それに答えた。


「こっちの人は、少し右足を捻っているぞ」


抱え込む前に、車に驚いて倒れそうになっていたのが見えていたのだ。


「そう……とりあえず、何処かに移動しましょう。ここは目立つから」

「そうだな。だがあの車……」


ナンバーを確認する余裕はなかった。それが悔しくて仕方が無い。だが、心配いらないと理修が答える。


「もう手配済みよ。すぐに捕まる」

「そうか……」


ホッと胸を撫で下ろす。


「伯母様立てますか?」

「ええ……ありがとう理修ちゃん。あなたも、ありがとう。命の恩人ね」

「いえ……」


こうして、面と向かって感謝される事に慣れていない為、気まずげに目を逸らす。


「この場所だと……今日のお店は、『サイカ』ですか?」

「ええ、そうよ。よく分かったわねぇ」

「ふふっ、伯母様が好きそうなお店ですからね」


そう言って、理修が伯母と呼ぶ女性を支え、周りを素早く見回す。野次馬はそう多くはないが、視線を集めているのは明白だ。


こんな時、司は理修がやりそうな事を分かっている。そして、待ち受けていたようなタイミングでパトカーのサイレンが鳴り響いた。反射的に、野次馬の視線は外れ、サイレンの音がする方へと向かう。


その機会を逃さず、理修が指を鳴らした。すると、ふっと一瞬音が消える。


「さぁ、行きましょう」


理修が先導し、横断歩道を渡る。その時にはもう、誰もこちらを見る者はいなかった。野次馬も、散り散りに消えていった。


(本当に凄えよな……)


その理修の背中を見ながら、感心しきりだ。本物の魔術師にかかれば、こんな意識操作なんて容易いのだ。


◆ ◆ ◆


理修は、内心焦っていた。


(まずい所に出くわしたわね。でも、司がいなかったら危なかった……)


伯母に肩を貸しながら、冷えていく指先を感じていた。


(あの車……タダじゃおかない)

「っ理修」

「うん?あぁ、ありがとう」


隣に並んだ司がすかさず耳打ちする。どうも、よくない空気を纏ってしまったようだ。このストレスは、向こうで発散しようと決め、目的の店へと入る。


「いらっしゃいませ。あ、リズさ」

「東で予約をしている者です」

「はっ、失礼いたしました。すぐにご案内いたします」


出迎えたのは顔見知りだったが、すかさず言葉を遮って予約されている部屋へ案内させる。


「伯母様。座ってください。足を見せてもらいますね」

「あら。いいのよ?こんなの、放っておいてもすぐに治るわ」

「いけません。挫き癖がついてしまいますよ。手当てしますから、見せてください」

「……分かったわ。理修ちゃんは、心配性ね」


足には腫れもない。触れて、少し魔力を流すと、やはり骨には異常がないと分かる。素早く鞄から出した様にアイテムボックスから包帯を取り出し、固定するように巻き始める。その時、携帯電話が鳴った。


「司、出て」

「おう」


電話を手に、部屋を出て行く司を気配で確認して、キツくなり過ぎないように固定した足に仕上げとばかりに治療魔術をかけた。


「これで大丈夫です」

「ええ。おまじないもしてくれたみたいだしね」

「ふふっ」


何もかもお見通しな伯母に笑みを向けると、ちょうど司が戻ってきた。


「理修。マコさんが来るらしい。任せてくれて良いってよ。車も捕まえたみたいだ」

「そう。伯母様。先ずは食事をしてください。終わる頃に氷坂さんが来るそうなので、全部氷坂さんに任せてしまってください。この怪我の事もありますしね」

「分かったわ。これからお仕事?」

「ええ。実地調査という名の旅行ですが」

「あら。二人で?」


面白そうに言う伯母に苦笑する。同時に、なぜか部屋に緊張が走ったように感じた。不思議に思いながらもそれに答える。


「現地集合で、三十人くらいでしょうか。二人っきりではないですよ」

「あら。残念。ふふっ、私も行きたいわ。理修ちゃんの行く所に……」

「伯母様……」


伯母は知っているのだ。理修が行き来している世界を。当然、魔術の事も。シャドーフィールドの事も含めた全ての事情を知っている。


理修が父と母に話せずにいる事も分かっていて、いつも気に掛けてくれるのだ。


『辛いなら、いっそ私の娘にならない?』


そんな事さえ言ってくれる伯母。誰よりも孤独で、辛い立場にいるのに。それでもいつも笑って、他人を気遣っている。


「冗談よ。気を付けて行ってらっしゃい。あなたも本当にありがとう。今度お茶に誘わせてちょうだいね」

「はい……」


司にキレイな笑顔を向ける伯母。


この人を少しでも助けられたらと思う。その心を支えてあげられたらと願う。だから。


「今度、一緒に行きましょう。紹介したい人達もいますから。きっと楽しいと思いますよ」

「ふふっ、楽しみにしているわ」


伯母が逃げたいと……辛いと一言でも言ったなら……重責のある今の立場に耐えられないと言うのなら、いつだって連れ去ろう。


こことは違う世界へと連れて行こう。


私は魔術師なのだから。


お読みいただきありがとうございます。


こんな展開を期待していました。

そろそろ家族にも知ってほしい頃。

ようやく物語が動きます◎


次話お待ちください。

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