023 勇者:梶原司
2014. 12. 1
学校からの帰り道。その日は、なんだか落ち着かない感じがした。
ざわざわと胸騒ぎがし、時折目の端に光りの球が見える。病気にでもなったかと不安がよぎる。
(なんだ? それに、今日の声は……)
いつも聞こえてくる声が、今日はとても鮮明に聞こえた。そんな事を考えていれば、突然、頭を揺する様に大きく声が響いた。
『どうか、お助けください。勇者様っ』
「っ…………」
いつもと違う時間だと頭の端の冷静な部分が囁く。焦りはなかった。ただ、何が起こっているのかと茫然となった。
次の瞬間、目の前に光りの球が急激に集まり、それに呑み込まれた。目を閉じたかどうかも分からない強烈な光の中、次に目に飛び込んできたのは、白い柱が立ち並ぶ教会と思わしき建物の中だった。
「っ……勇者様……?」
その声は、祭壇の上から聞こえてきた。あれほどの光の中にあったのに、目が眩んでいない事に不思議に思いながら、その声の人に目を向ける。
そこに居たのは、長い白い髪の小さな少女。否、あれは銀の髪だと、あり得ないはずの色を受け入れる。
「ここは……」
あれが、今まで聞こえていた声の主だと分かった司は、最も疑問とする問いを口にする。
「……ここは、貴方がいらした世界とは違う世界にあるダグスト王国。その国教会。リュス教の神殿です」
(ダグスト……?)
そんな国の名を聞いた事はない。
司は、もう一度神殿の中を見回す。明らかに日本では見ない造り。金や豪華な装飾物。外国にしては、話が通じる事。それらを頭で整理した司は、ここが異世界であると納得するしかなかった。
(異世界トリップとか、本で読んだな……)
夢落ちなら良いのにとも思うが、そう思える今は、きっと現実だろう。そう結論付ける。
「ここが異世界だとして、俺はなんでここに来たんだ?」
何を求められてこの場に連れて来られたのか。ただ単に呼んでみただけ何て事ならたまったものではない。
少女は、恐る恐ると言った具合に答えた。
「あなたは、わたくしがお呼びした『勇者様』です。魔族の手から、我が国の民をお救いください……」
「『勇者』……」
初めに思ったのは、この世界でならやり直せるかもしれないと言う事。もう諦めかけていた『俺を見てくれる人』が居るのではないかと言う事。
そして、俺は勇者になった。
すぐに手に入れたステータスカードは、強さを数字で見られると言う事の分かりやすさに楽しみを見出した。
訓練や、ゴブリンなどを退治すると、ほんの少しずつその数字が増える。これが楽しくて、いくらでも乞われれば出撃した。目に見えて、兵士達よりも自分の方が強いと言うのも、意欲を上げていた。
だが、それがいけなかった。調子に乗りすぎていたのだ。気付いた時には、国に言われるままに使われるだけの存在になっていた。
おかしいと、ようやく感じた。この世界に慣れたと言うのも大きいだろう。少しだけ冷静になった。そうなると、周りの声も聞こえ出す。
『もう、頃合いではないか?』
『従順なものだ。『勇者』など、ただの贄でしかないと言うのに』
『所詮は子どもよ……全ては目障りな魔族どもを滅ぼす為……』
何となく気付いていた。貴族達の嫌な愛想笑いから。聖女と呼ばれるあの少女の態度から。
俺は利用されているだけだと。
俺のダメな親を知らない人達になら、ちゃんと見て貰えると思った。
誰も『あの親の子ども』なんて見ない場所。俺自身が生きられる場所だと。その日、聖女が俺の元へやってきた。
「勇者様。明日の夜、神殿に起こし下さい。新たな力を授けます」
その時の、何も映さない様な彼女の無機質な瞳を忘れない。
俺は、こいつらに殺される。
そう悟った。
◆ ◆ ◆
思い悩み、眠れない夜が明けて朝が来る。
日の光を浴びると、この一晩悩んだ事が無意味な事だと思えた。この世界でさえ、俺の存在は受け入れられなかったのだと、唐突に理解した。
(疲れた……)
たった一人で頑張ってきた。庇護を厭い、全てを跳ね除けて生きてきた。誰一人として俺の頑張りに気付かない。辛いと言えない日々。それらを思い返して、ようやく自分と言うものが分かってきた気がする。
(俺は……寂しかったのか……)
『勇者』として頼られる事に喜びを感じた。傍に居て応援してくれる聖女と呼ばれる少女に、誰かに支えられる事の心強さを知った。
今までの自分とは違う自分を知る事で、バカな自分に気付けた。
だから、感謝しよう。この世界に来て良かった。バカな自分を知れて良かった。こんな俺の命で、この国が……時折悲しげに憂う聖女が救われるのなら……。そう思った。
だがその時、一人の少女が唐突にひらりとテラスから身軽に入ってきた。
「なんか、悟りをひらいてるとこ悪いんだけど、この国の思い通りにされると困るのよね」
それが、理修と出会って最初に聞いた言葉だった。
お読みいただきありがとうございます。
予告通り早く上げましたが……終わらなかった……。
本当にスミマセン。
まだ少しだけ司くんです。
でも、理修ちゃん登場。