021 ランチのお誘い
2014.11.23
朝のキッチンには、いつもより早い時間から良い匂いが漂っていた。
「ん、良しっ」
皿やフライパンには、既に食べ物は殆ど残ってはいない。目の前のカウンターには、お弁当箱が二つ。綺麗に詰められたおかずとご飯を冷ましていた。少し魔術で冷ましたのは秘密だ。
それからすぐに朝食の準備に入る。すると、今日も兄弟が起きて来た。
「ん?なんだ? 弁当?」
明良がお弁当箱を覗き込む。
「ちょっと早く目が覚めたから、たまにはと思って」
「っ……そうか……っ理修の分はないのか?」
頬を掻きながら仏頂面で言う明良に、もう鞄に入れたのだと答える。
「なら良いけど……」
「昨日遅かったんだろう? あまり寝てないんじゃないのか?」
そう言いながら、隣に立って手伝い始める拓海に、大丈夫だと笑みを向ける。明良もすぐに手伝い始め、朝食が手際良く整っていくのだった。
◆ ◆ ◆
朝食を終え、全ての家事も済み鞄を取りに部屋へと戻った理修は、苦笑いを浮かべていた。
(今日も母さんは仏頂面だったなぁ……)
諦めているとは言え、思わず溜め息が出てしまう。
(一緒に食事をしただけマシ……か……)
理修はここ数日、家族との関係を考えていた。それは、ウィルとの婚約が決まったからだ。
(やっぱり、ウィル……気にしてるんだろうな……)
昨晩、別れる際に言われた言葉を思い出す。
『両親には話したか?』
首を横に振る理修に、ウィルバートはそれ以上何も言わなかった。けれどその瞳や、握った手の強さから、本当に良いのかと問われているのが分かった。
「良いんだよ……」
あの時口に出来なかった言葉が、今紡がれる。それは理修自身、納得してはいない弱々しい物だった。
「はぁ……」
癖になりつつある溜め息に気付き、気を引き締める。そして、気分を変えるべくメールを送り、送信されたのを確認して、部屋を出るのだった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
昼休み。屋上へとやってきた。手には『一応』小さなお弁当箱を提げている。
「司、お待たせ」
例の如くベンチに寝転ぶ司に駆け寄ると、すぐに体を起こし、大丈夫だと言われた。
「食事にありつけるんだ。文句は言わん」
そう言って理修の手にある小さなお弁当箱の包みを見て、一瞬、怪訝な顔をする。
「これはカモフラージュだよ。本物は今出す」
理修は持っていた包みをベンチの端に置くと、右手を上に向ける。すると、その手に携帯の様な鉄板が現れた。その鉄板で何事かを操作すると、テーブルの上に五段重ねの重箱が出現した。
「はい。遠慮なく食べて」
理修は、四つの重箱を司の前に並べ箸を渡す。また何処からともなく出したポットと急須でお茶を作り、淹れたお茶を湯呑みに注いで司の前へ。自身の前に重箱の一つを置き、同様にお茶も用意して座った。
その時間約三分。
司は無言で呆れた様にその一連の流れを見ていた。
「理修……そんなナチュラルにアイテムボックスを使うな……心臓に悪い……」
「ん?司も持ってるでしょ? あ、拡張しようか? 使いやすくなるよ?」
そういう事ではないんだと言おうとしたが、無駄だと結論を出した。
「……その内、機会があれば……」
「そう? まぁ、すぐに出来るしね」
理修は、魔術やアイテムボックスを何の抵抗もなくこちらで使う。それはとても自然で、けれど節度は保っている。
司や銀次などは、こちらの人間なのだという意識が無意識のうちに強く働く為、異世界で使えるようになった力を使わないようにしている。どうあっても、異質な力だと言う意識が抜けないのだ。
「……それで? 話があるんだろ?」
「あ、うん」
話があるから、お昼を一緒にしようとの誘いメールを朝、司に送ったのだ。お弁当付きで。
アイテムボックスから出された料理は、出来たての温かさを持ち、お弁当とは言い難かったが。
「そろそろ、一緒にどうかなって思ってね」
「……何が……」
何と無く察してはいる。だが、心の奥底にある傷が、どうしても一歩を躊躇わせる。しかし、それを理解した上で、理修は手を差し伸べる。
「『勇者』としてじゃない。一人の実力ある『冒険者』として、一緒にトゥルーベルに行こう」
それは、司にとって苦い思い出のある世界。
ずっと心に引っかかって離れない思い出の地。
司を変えた……変えてしまった場所だった。
お読みいただきありがとうございます。
少しずつこちらでもチートっぽくなりそうです。




