020 短い逢瀬を大切に
ゴブリンが多数目撃されたと言う報告のあった森の上空。理修は、ゆっくりと【暗視】の魔術をかけながら夜の森を覗く。
(いる……)
本来ならば静かな森は、ザワザワと落ち着かない様子だった。森の途切れる先を見れば、篝火が焚かれている外壁。詰めているだろう警備兵の気配を探る。
(人数は……そんなに居ないか……仕方ない)
警備兵への警報代りにもなると考え、少しゴブリンの数を減らそうと杖の上に器用に立ち、魔術を発動する。
「雨の様に降り注げ」
イメージを固定すると、理修と森の間に大きな魔法陣が展開される。カッと橙に輝くと、そこから無数の火の礫が現れ森へと降り注ぐ。
その礫は、一直線に正確にゴブリンの心臓を貫いて砕ける。一つとして外れる事なく、一帯のゴブリンを殲滅した。
「意外と居たわね……警備兵は……うん、気付いた。後片付けは任せよう」
そのまま、再び杖に腰を下ろし、最終目的地に向かって飛ぶのだった。
◆ ◆ ◆
クリスタルと白い石で出来た荘厳な城。その城の名は、見た目とイメージが違い過ぎると、他国からは不評だった。
『魔王城』
城は今、月の光を反射して美しく輝いていた。
王都を囲む外壁の外に降り立つと、理修は躊躇う事なく門へと向かった。
「あ、リズ様っ」
「リズリール様っ」
いくつもの声が上がる。皆一様に、笑顔を向けてくる。
「みんな、道を開けろ。リズ様をお通しするんだっ」
「さぁ、どうぞリズ様」
「ありがとう。毎回ごめんなさい」
王都へと入る為に並んでいた彼らは、当然の事だとばかりに道を譲る。
「構いませんよ。人族の国と違って閉門時間もありませんし、何より、我らの王と未来の王妃様の逢瀬を邪魔する者などいませんっ」
そんな気の良い者達に背を押されながら、門をくぐる。
「お疲れ様」
「これは、リズリール様。お待ちしておりました。お通りください」
入都審査もなくそのまま見送る門番。理修は、ギルドカードさえ見せずに通過する。昔、良いのかと聞いたら『リズ様ならいつでも顔パスですっ』と良い笑顔で返された。それから、何度違う門番に当たっても『顔パス』だった。
門を抜けると、飛竜が甘えた声を出して迎えてくれる。
「ふふっ。お待たせ、マルティ」
「クルルぅ」
よしよしと顔を撫でれば、気持ち良さそうに喉を鳴らす。
魔族領では、馬の代わりに飛竜が移動手段となっている。マルティは、理修が七歳になった誕生日にウィルバートから贈られた飛竜だった。
長距離の飛行には向かない飛竜は、それでも王都内なら十分過ぎる程移動できる。更に、主と認めた者の気配は、どれだけ離れていても分かると言う特殊能力があり、こうして王城から、いつでも迎えに来てくれるのだ。
「ごめんね、遅くなって」
「クルゥ」
構わないと言う様に擦り寄ったマルティは、すぐに乗れと背中を向けた。
「じゃぁ、王城までよろしく」
「クルルルルゥっ」
元気良く鳴いて飛び立つ。グンっと一瞬加速し、まだ賑やかに煌めく王都の空を飛ぶ。
人族領と違い、眠る事を知らない街は、イルミネーションで輝く都会と変わらない。ただ、夜の独特な雰囲気ではなく、昼間と変わらない生活が続いているのだ。夜行性の者達と交代しただけの日常。太陽の光ではなく、月や光球の光で生活する者達の活動時間だった。
今の時間帯は、ちょうど切り替わった時で、人通りも落ち着いている。
街がそうなら、当然、王城も眠らない。昼間同様、兵やメイドが走り回っていた。
◆ ◆ ◆
城に入り、王の執務室へと向かう。すると、宰相と廊下で行き合った。
「リズリール様っ。良い所にっ。王に休むように言ってくださいっ」
何だか泣きそうだ。
「……今回は何日?」
「五日ですっ……」
「……はぁ……」
仕事中毒にも困ったものだ。
そっと執務室に入ると、机に噛り付くようにして書類と格闘しているウィルバートの姿があった。
「ウィル」
「っリズっ!? 今日はもう週末か?」
思わずと言った様に立ち上がり、ウィルは大股で理修へと向かう。
「違うよ。会いに来ちゃダメだった?」
「っ……そんな訳ないだろうっ」
あっと言う間に手の届く距離にまで来たウィルバートは、それが当然と言う様に理修を腕の中に閉じ込めた。
「ふふっ。また宰相を泣かせてるみたいね。今日はもう休んで」
安心できる馴染み深い温かさにほっとしながら、理修は甘える様にウィルの胸に頬をすり寄せる。
「一緒に寝るか?」
「ん〜……明日まだ学校ある……」
凄く残念だ。子どもの頃、よくウィルバートの布団に入り込んで眠った。今でも子どもの頃の感覚で添い寝する事がある。
「仕方ないか……私から会いに行ければ良いのだが……」
「良いの。ちゃんと会いに来るから」
「そうだな。ほんの一瞬でも良い、会いに来てくれ」
「うん」
こうして『会いたい』と言ってくれる事。傍に居たいと抱きしめてくれる事。その全てが、愛しく思えるから。
「ウィルが願うなら、何だってするよ」
「っ……私もだ……」
腕に力が入るのを嬉しく思いながら、短い逢瀬を慈しむのだった。
お読みいただきありがとうございます。
少し甘めを目指しました◎




