019 騒動の序章
その村は、穏やかで静かな村だった。
危険な森も傍になく、日々の糧をのんびりと畑を耕して得る。大きな街道もなく、旅人がたまに訪れるくらいで、誇れる物もない。そんな村が、何の前触れもなく、突如として惨劇の場となった。
『ゴブリンの襲撃』
その日、五十匹ものゴブリンが現れ、村を蹂躙した。生き残った者はいなかった。
数日後、ある旅人がその村へと立ち寄った。恩ある村人に会いに来たのだ。
「なんて事だ……ッ」
村の中を未だ徘徊する数匹のゴブリンと、倒壊した家や荒らされた畑を見て絶望する。
「っ……報告をっ……報告をせねばっ」
その旅人は、一筋の光を頼って駆け出した。向かう先は『ダグスト王国』王都。勇者召喚を可能にする、聖女がいる聖地だった。
◆ ◆ ◆
「ふむ、やはり事は深刻なようだ」
ザサスは、理修が持ってきた手紙に軽く目を通し、予想通りの内容に気を引き締める。
「頼みと言うのは、近々出す事になる討伐依頼への参加だ」
国内だけの問題ではない事は確認済み。この後、各国のギルドとも連絡を取り合わなくてはならないだろう。ゴブリンは弱い方だとは言え、報告された件数を考えれば、百や二百ではない。数で押し切られた町もある。味方は多い方が良い。
「いいよ。あ、ついでに一人、友人を連れて来ても良い?」
「戦力になるなら構わないさ」
「それは問題ない。次に来られるのは二日後になるけど、大丈夫?」
「あぁ、それまで保たせるよ」
「分かった」
断られるとは思っていなかったが、ありがたいと素直に胸を撫で下ろす。しかし、次に何事かを小さく呟いた理修に、ザサスは思わず身を震わせた。
「……ゴブリンね……ダグスト辺りがバカな事言い出さなきゃ良いけど……」
「っ………」
一瞬の冷気が部屋を支配する。
(お、怒っ……っ)
すぐにケロリとしてお茶を啜り出した理修を、ザサスは未だ体を強張らせたままそっと窺い見るのだった。
◆ ◆ ◆
大分落ち着いた事を見計らい、ザサスはずっと言おうとしていた言葉を贈った。
「まだ言っていなかったね。婚約おめでとう」
「っありがとう……」
後見役であるザサスの祝福の言葉に、理修は頬を染めた。その様子に胸が温かくなる様な感覚を覚えたザサスは、我が事の様に喜ぶ。
「はは、ようやく念願叶ったね。まさか、あいつが婚約する日が来るとは……その上、相手がリューの孫とはねぇ……分からないものだよ」
人間嫌いなリュートリールが結婚して子や孫ができる事も、他人に無関心だったウィルバートが結婚を考えられる様になる事も、数年前まで考えもしなかった。『時』とは偉大だと、ザサスは感慨深く笑みを浮かべる。
(本当、長期戦を覚悟でアレを落としたこの子は凄いよ……)
数年前に理修が告げた言葉を思い出す。
『わたし、ウィルとケッコンする』
(女の子って凄いなぁ……)
恋する乙女の底力を見せ付けられたザサスは、まだまだ人生何があるか分からないと実感するのだ。
「気をつけて行ってくるんだよ」
「うん。じゃぁ、また週末に」
そう言って理修は、笑顔でギルドを飛び出して行った。
お読みいただきありがとうございます。
ウィルバートに会いに行くまで行きませんでしたので、数日中にもう一話投稿します。
お待ちくださいませ。