012 友人は問題児?
今回は少し長めです。
その日は、いつもの朝とは違っていた。
朝食の準備を始める頃、珍しく明良と拓海が起きてきたのだ。
「あれ? 二人とも、補講か何かあるの?」
「ねぇよ……ちょっとな……手伝う」
「へ?」
「そっちは僕がやる」
「うん?」
なぜか、二人して手伝い始めた。いつもは特に話もしない二人が『それはこうだ』とか『こっちは触るな』と言い合いながら朝食を作っていく。そんな奇妙な様子を見ながら手を動かしていれば、二人が口を揃えて言った。
「「一緒に食べるからなっ」」
一瞬、何を言われたのか分からず、ぽかんとしてしまったが、そう言う事かと思い至り気を使わせてしまったのかと眉を寄せた後、なぜか妙におかしくなって笑ってしまった。その様子を見て、二人して気まずそうにそっぽを向いたタイミングが全く同じで、また嬉しくなって笑ったのだ。
朝食を三人で済ませ学校へ。まだ早い時間だ。そこで少し心配になった。
「こんな早い時間に、二人共どうするの?」
理修が登校する時間は、普段の二人よりも随分早い。
その理由は委員会だ。理修は、風紀委員だった。
理修達が通う学校では、生徒会と同じ様に、全校生徒代表で六人の風紀委員が選ばれる。各学年二人ずつ。生徒会か教師が推薦する事で選ばれる特殊な役員だ。
役割としては、遅刻者や校則違反を取り締まる事と、生徒会と生徒との橋渡し的なものであり、生徒会の雑用係とも言われる。朝は生徒が登校する前に登校し、門に立つ。
朝の仕事は当番制になっており、毎日ではないが、放課後にアルバイトをしている関係で、当番の比率を多くしてもらっているのだ。
そんな事情のある理修と一緒に登校した兄弟達。一般生徒としては、早すぎる時間だった。心配する理修に、明良が何でもないように言った。
「朝練に参加すっから大丈夫だ」
続いて拓海も同じように言う。
「こっちも、朝練は自由参加だったから問題ない」
「そうなの? 兄さんは、弓道部だったよね? 明良は……部活に入ってたの?」
拓海が弓道部に所属しているのは知っていた。だが、明良が部活に入っていた事は知らなかったのだ。
この学校では、部活が強制ではない。アルバイトが公認されている為でもある。
「柔道部に入ってる。柔道着、何度か洗ってもらったぞ?」
「……そう言えば、弓道部のは青いもんね……無意識だった……」
白い柔道着を何度か手にしていたのを思い出し、何で気付かなかったのかと項垂れた。そんな話をしながら、学校の門をくぐるのだった。
◆ ◇ ◆
「おはようございます」
「おはよう」
「おはっ、リズ」
「おっはよぉっ」
朝練に参加しない一般生徒達が登校してくる時間。それに混じって、陽気なクラスメイト達の声も聞こえてくる。
「ああっ、リズ、今日も当番?宿題がぁぁぁっ」
「今からやりなさい」
「……はい……」
そんな声もありながら、そろそろ門を閉める時刻。
「あと一分」
三年生の風紀委員が、カウントを始める。鐘が鳴り、門が閉まった。遅刻者のチェックも終え、引き上げようとしたその時、その人は軽やかに門を飛び越えてやって来た。
「っ梶原ぁっ、またお前かっ!」
「るっせぇよ……」
三年の梶原司。遅刻の常習犯だ。
「っお前、またピアスつけてっ」
「俺の勝手だ」
校則違反の常習犯でもあった。
このままでは、こちらの三年が爆発するのが目に見えていた。
「先輩、チェックしたなら良いじゃないですか。もうすぐ、始業のベルが鳴りますよ?」
そうブレーキをかける。
「っ……そうだな……梶原っ、次に遅刻か違反をした場合、ペナルティだからなっ。わかったなっ」
「へぇ……」
「っ……っ警告したからなっ」
そんなやり取りは、日常茶飯事だった。
昼休み。
理修は、気配を消して屋上へと向かっていた。
生徒立入禁止の紙が貼られた屋上への扉の鍵を、魔術によっていとも容易く解錠する。屋上に出て、素早く鍵をかけると目的の場所へ。そこには予想通り、先客がいた。
「司、食事はした?」
「ん……? なんだ、理修か……もう昼か?」
屋上に造られた木造の屋根つきベンチ。コの字型に造られた、公園にありそうな立派な休憩所。一辺で八人は座れるかなり大きな物だ。なぜ、こんな物が屋上にあるかと言えば、答えは簡単。理修が密かに置いた物だった。
勿論、特殊な認識阻害の術も仕込まれており、上空からも一般の人には見えないようになっている。シャドーの関係者が、たまに密談用に使う事もある場所なのだ。当然、今ここにいる司も関係者だった。
ベンチに寝そべってうたた寝していた『梶原司』は、ゆっくりと目を見開いて理修と目を合わせると、大きな欠伸をして起き上がった。
「もしかして、午前、サボった?」
「おぉ……頭が痛くてな……」
「それなら保健室に行きなさいよ……」
そう呆れて言いながら、持ってきたパックの野菜ジュースを差し出す。
「……さんきゅ……」
司が、ある事の影響で昨日から体調を崩しているのはわかっていた。その影響も原因も知っている上に、決して無関係ではない理修は、こうして心配してやって来たのだ。
「待ってて、何とかするから」
理修は、自身の首の後ろに両手を回す。その突然の行動に司は目を細め、それに目を留めた。
「……ネックレス……なんてしてたのか……? 今まで見えなかったぞ……?」
そう、誰一人としてその細いチェーンに目を留めなかった。だが、理修の手には今外されたネックレスがあった。
「これは魔導具だから、そこにあるって思わないと見えない。このベンチと一緒ね。それに、風紀委員が率先して校則違反なんて犯せないでしょ?」
「それはそうだが……ずる過ぎないか……?」
何とも理不尽な事だ。見えないから良いとは、司も認めたくなかった。
「今更でしょ?それより、つけてあげるから、ちょっと頭下げて」
「っおぅ……っ」
おずおずと、気恥ずかしそうに頭を下げる司。それを何とも思わずに、抱き込む様な体勢で司の首の後ろに両手を回し、理修はホックをかけようとする。その間、当然、司は気が気じゃなかった。自分の髪の先が、理修の胸の辺りに触れている感触に、絶対に頭を動かしたらダメだと固まる。
(無意識に過ぎるぜ……)
理修に結婚を考える程の恋人が居る事は知っている。だからこそ、理修にとって『異性』として認識されていない事も理解していた。司としてはあまり受け入れたくない現実だったが、仕方がないと、とうに諦めている。
そうして、悶々としている間にネックレスがついたらしい。
「よし、できた。見えないとは言っても、一応は服の中にしまっておいてね。この魔導具は、外部からの干渉と過剰に外に放出される力を吸収するから、大分楽になると思う。まぁ、今日の夜には銀次を連れ戻すし、安定してくるとは思うけどね」
「やっぱ、銀次さんか……」
「うん、アイツ節操ないよね。まぁ、そう言う訳で、もう一日か二日の辛抱ね」
それを聞いて、大きく溜め息をつく司であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、ようやく勇者のお迎え。