真夜中の襲撃(前編)
……無理だ。自分の魔法に関する情報が少なすぎる。
楓が唱えた魔法は『イグニス』とか言ってたが、
それはどうやらラテン語で篝火という意味らしい。
だが、俺の使えるという魔法はこの世界に意味を持つ言葉ではないらしい。
――唯一『ソルシエ』という呪文だけはフランス語で妖術師という意味らしいが、
イメージとしては足りない。そして、単純にこの世界の言葉と
かぶっただけで別の意味を持っている言葉という可能性もある。
そうだとしたらイメージとしては詰んでる。
いや、もともと詰んでるが。しかたがない。
妖術師という言葉をキーワードと考えて練習するか。妖術師、魔法使いね・・・。
せめて俺の魔法がウォーターとかそんなのだったらよかったのに。
明日、ミントは見せてくれとか言ってたな。
……明日までに間に合うか?
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……結論から言おう。できるわけがない。
いろいろとイメージして発動しないかと試みたが、
やはりイメージの段階で詰んでいた。
仮に、あの中に正解のイメージがあったとしても
魔力を込めるところでも詰んでいる。
イメージを外に出す起動式は、
楓の魔法入門の本――何故か日本語――曰く
「同じ系統の魔法でも起動式と必要な魔力は違う」らしい。
例えば、同じ系統の『イグニス』、『フレア』も起動式が全然違った。
自分の魔法の系統を属性魔法と定義しても、これでは参考にならない。
俺がイメージしたのは、雷、炎、水、風とかそういう魔法の
イメージをしながらやっていた。が、どれもしっくりこない。
魔力を込める方法とやらはわからないが、
イメージは何故か、全部正解ではない気がする。
だが、完全に間違えているという感じはしない。
――ミントは発動したことがあるなら魔道書から起動式が
消えるとか言っていたが、今までに魔法のような超常現象が起きた
ことなどまったくない。
少なくとも小6から今までは。それより前は覚えてない。
……昔から俺を見ていてくれた父なら知っているかもしれないが、
あの人は世界を旅している、お気楽な人だ。せめて連絡手段があればなぁ。
……やばい……そろそろ眠い。
もう寝るかと思いベットに向かったときに、
「紅葉、入っていい?」
と、ドアの向こうからミントが聞いてきた。
――ミント、いつのまに起きたのか。まだ2時前なのに。
「いいよ。」
かまわない。これから寝ようと思ったが。
発動できなかったと謝るなら早い方がいい。
「じゃあ・・・。」
入ってきたミントは、パジャマ姿(楓の服)ではなかった。
紺色をメイン、サブに白を使った、ワンピースだった。
さらに頭にリボンをつけて、長めの青髪を後ろで縛っている。
そして、ミントの魔装具らしい長刀は鞘に納め、腰に差していた。
「……どう、この格好?一応、僕の制服だけど。」
「あ、ああ、似合ってる。」
……これは、破壊力がヤバい。質素な服だが、
それがミントの可愛さを存分に引き出している。
「ありがとう。少し心配だったんだ。僕の学校は制服が30種類以上あって、
その中から自由に選ぶんだけど、僕のサイズに合うのは、
ローブタイプとワンピースタイプしかなかった。
僕の戦闘スタイルには、動きやすくないといけなくて
実質こっちしか選べなくてね。」
「でも、何で制服姿に?」
そこだ。ミントはなぜ制服姿で俺の部屋に来たのか。
「校則で主人と使い魔の関係の時は、制服を着なきゃいけないから。」
……? つまり今、ミントは俺の使い魔ということか。
「何で急に?さっきまでは普通だったのに。」
正確には今から約4時間前の昨日まで。
「……これから紅葉達の世界に迷惑をかけるから。そのケジメみたいのもの。」
「なんで?」
「紅葉は僕の主人になった人。
だから、僕の世界からの指令を遂行しなければならない。」
「指令?」
「向こうでの戦況が変わって、こっちに黒の転送者が来てるらしい。」
「転送者?」
なんだそいつ。
「転送者は兵を運ぶ人。黒の国は先にこの世界を征服しようとしてるらしい。」
……は、征服!?
「ま、待って話がすごい飛躍していてわかんない。」
「・・・ごめん、今、説明してる暇はないよ。
さっき指令が来たばかりだけど、まずは外の先兵を蹴散らさなきゃ。」
「先兵?」
「窓から見えるでしょ。」
言われた通り外を見た。
「何もいないじゃないか」
「暗くてよく見えないだけ。ほら、あそこの街灯の方。」
「!?、なんだあいつら!?」
そこにいたのは、鎧を着た騎士だった。その数は見えるだけで12体。
「あれは 影の騎士。」
「シャ、 影の騎士?」
「そう、魂亡き者。外には34体はいる。」
「わかるのか。」
「僕の猫耳は飾りじゃない、音に敏感だよ。わずかな音でも逃さない。」
だからあのとき、俺が起きていたことに気付いたのか。
「紅葉、魔法使えないんでしょ。」
「え!?」
思わず声が裏返ってしまった。
「敏感だって言ったじゃん。」
そこまで耳がいいのか。
「ごめん、そうなんだ。」
「起動式も系統も載ってないならできるわけがないね。
……紅葉は悪くないよ。」
不甲斐ないです。
「魔法が使えないなら、 影の騎士を倒すのは厳しいな。」
だろうな。一般人に兵士を倒せとか無理ゲーすぎる。
「……急にだけど、紅葉って射撃とか得意?」
「……? 得意だけど。」
昔からサバゲーとか好きだったし。
だが、そんなことを聞いてどうするつもりだ?
「よかった。じゃあ、これあげる。さっきママに頼んだの。」
そういって渡されたのは小型の拳銃だった。
「これは?」
「魔装武器。魔力を消費して戦うための武器。」
「俺は魔法は使えないぞ。だから魔装具なんて……」
「魔装具とは違う。それは、引き金を引けば、自身の魔力を使って攻撃できる。」
「……弾は?」
「紅葉の魔力を使って作るから弾切れはないと思う。魔力が尽きない限り。」
「尽きたらどうなる?」
「死ぬ。」
「死ぬの!?」
「大丈夫、紅葉は僕より魔力の量が多いみたいだから。」
ええーまじですか。
「……逃げちゃだめですか?」
まあ、答えは分かってる。
「……ごめん、駄目。」
一瞬、ミントの表情が沈む。青い瞳に悲しみが宿っていた気がした。
すぐに強気な表情に戻ったが。
「まあ、いいさ。」
楓を守るためでもあるし。ミントも困るだろ。よくわからないが。
「……あいつらは、そこまで強くない。
紅葉はこの家の後ろ側にいる14体を相手して。」
簡単に言ってくれるな。あの剣士達、怖すぎだろ。
「転送者とやらはどうするんだ?」
「……今は後回し。先にこの世界にきた人形共を片付けなきゃ。」