見せてあげるよ
目が覚めたら午後の6時過ぎだった。何があったか思い出せない。
とりあえず、夢で小学生体系の高校生に理不尽な暴力の嵐を受けた気がする。
まあ、夢だろう。右腕健全だし。それに、猫耳の女の子が現実にいるわけない。
……ってあっれ~。おかしいな、左腕が動かない。
「あいつ、すごい失礼だよね。僕はどう見ても16歳じゃん。」
「ミントはすごいね。さっきのコンボみてたよ。」
部屋の外から楓とミントの声が聞こえてきた。……夢じゃなかった。
というかあいつらいつ仲良くなったんだ?
「でも、どうせなら永眠させてあげればよかったのに。」
「……ひどいね楓、紅葉は君の兄でしょ。」
そうだぞ楓。あと、いつ出ていけばいいんだろう。
どうにか彼女たちに見つからないようにこの部屋を出なければ。
見つかった場合、楓からの罵倒が怖い。
「私の部屋で寝てるとかキモい。死ね。本当にゴミ以下ね。
そんなゴミ以下の兄貴に選択肢をあげる。
死ぬor私とミントのためにプリン買ってくる、どっちかを選びなさい。」
とでも言われる。
――ちなみに死ぬというのは俺のスマフォからLINEでも使って
俺の名を騙り「妹の部屋で寝るの最高だぜ」とか書き込むつもりだろう。
(プリン買いにわざわざコンビに行くのは面倒だからいやだ)
社会的な抹殺狙いだ。恐ろしい。クラスでの俺はほぼ死亡してるが。
こいつのせいで。
「いやいや、もうちょっと痛みつけてあげればよかったのに。
具体的に言うと左腕だけじゃなくて右腕も殺っちゃえばいいと思ったよ。」
「……可愛そうな紅葉だね。もう少し兄にやさしくしてあげればいいのに。」
確かに。でも、その台詞をお前が言う資格なくね?
俺に暴力振るった当事者お前じゃん。
あとそろそろこの部屋から出たい。トイレ行きたい。リビング使わないで。
「いやあ、昔から兄貴が苦しむ姿を見るのが大好きなの。」
「……紅葉に対してかなり辛辣だね。」
「ええー? ストレートな愛情表現だよ私にとって。」
お前の愛情表現で俺の精神がヤバい。今までのが愛からなる行動だとすると、
あいつかなりクズだ。家族でこれなら、あいつに好きな人でもできた日には……
強く生きてほしいな。その人には。
「……まあ、僕の知り合いにもそういう愛情を持った奴がいた気もするけど。」
「――本当!?」
マジですか!?ミントさん、あなたのことじゃなくて?
「『セレン・サイレント・ラミア・ファルシオン』という超ドSの子だよ。
僕の組はS組だから、A組の彼女と同じ戦場に立つことは少ないけど。」
ねえミントさん、戦場って? S組って?
「ねえミント。さっきの話の中によくわかんない部分があったんだけど……」
そうだ楓、戦場っておかしいよね。聞いてあげて!!
「その人、私と比べてどっちのほうがドSなの!?」
そこじゃない、そこじゃないよ!!
「さあ、微妙じゃない?」
「その人はどんなことしたの!?」
「セレンは元彼の大事な楽器の魔装具を黄金に作り替えちゃったの。」
魔装具って何!?あと俺そろそろ出ていいよね?
「魔装具って……何?」
おお、そこは聞いてくれた。
「魔装具は、その人が魔法を使う際に集中するために持っていたり
魔法の主役に使ったりするものだよ。まあ、普通にお店で買えるんだけど。」
「え? じゃあ、その黄金を売ってお金にして新しいのを買えばいいのに。」
「それが……」
「?」
?
「それ、僕の国の天才音楽家が作った世界に一つだけの魔装具で……。」
「……何それ、超プレミアモンじゃん。」
「しかもその人、亡くなっちゃってね。」
「あ~それは駄目だね。」
「魔装具としての役割としては問題なかったんだけど、
その人がすごいへこんじゃって……
――補助役のB組でもかなり有能な人が、戦いに参加しなくなっちゃったんだ。
さらに、その人の友人曰く、少しやつれたとか言ってたね。」
……ひどい話だ……。
「そして彼女はその様子をみて微笑んでいたな。」
しかもクズだ。人間じゃねえ。
「最低だね……その人。」
さすがに楓も引いてるみたいだな……。
「――友達になれる気がする。今度紹介して!!」
今の話のどこにそんな要素が!?
「まあいいよ。そのうちね。」
「あ、あとミントにもう一つ聞きたいことがあった。」
「何?」
「ミントの魔法ってどんな魔法?」
あ、確かに気になるな。
「僕の魔法?見せてあげようか?」
「うん、是非。」
「まあいいよ。ところで今日の夕食は何の予定?」
「……? 今日はカレーだけど。」
俺が作るんだけどな。あれ? 俺、楓に今日の夕食言ったっけ?
「そっか、じゃあ見せてあげるよ。あと紅葉、起きてんでしょ?」
なぜばれたし。
「早くトイレに行って来れば?結構ヤバいんでしょ。」
なぜばれたし。ありがとうございますミント様。
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「材料は・・・人参、玉ねぎ、ジャガイモと。これで斬るもの全部?」
「そうだよ、ミント。」
「僕はあまり料理はしないんだよね。」
「へえ、そうなんだ。」
「紅葉、君に言ってないよ。」
解せぬ。
「……先に言っとくけど、僕が使える魔法は2種類だけだよ。」
「え、2種類で俺に3つだけとか言ったのか。お前のほうがだめじゃん。」
「殴るぞ素人。2つじゃなくて2種類。」
「何が違うんだよ……。」
「兄貴は察しが悪いね。」
楓が俺をバカにしてきたように言ってきた。
「なんだとコラ。」
「ミントは2種類の魔法を使える。ここまでOK?」
「ああ。」
「じゃあ質問。例えば全部燃やし尽くす炎とか自分は燃えない炎とかあるとするじゃん。これは同じ魔法ですか?」
「……?」
「つまり、ミントはたくさんの魔法を使えるけど、
系統で分けると2種類しか使えないってことだよ。」
「楓はさすがだね。僕のパートナーが君だったらどんなに良かったか。
あ、ネタバレすると僕の魔法は斬撃系と移動系だけだよ。」
「…………わからん。」
「……この馬鹿には実例を見せてやるのが一番かな。」
実例? と俺が聞く前にミントは人参を手に持った。
ミントがなにかをつぶやいたその瞬間、人参が見事に乱切りされた。
「……なんか地味だな。」
「魔装具なしだとこの程度しかできないよ。ちょっと待って。」
ミントが手を上にあげた。いつの間にかミントは長刀の柄を握っていた。
「目標玉ねぎ、効果範囲100m、特殊備考乱切り 設定完了」
今度は触れずして斬った、……だけど。
「そこまで驚くものではなかったな、地味だ。」
「……うん、思ったよりは。」
楓もちょっとあきれてる。期待外れということもあるんだろう。
魔法=超常現象とか思ってたけど、ここまで地味とは思わなかったし。
もっと手から炎出したりすると思ったのに。
「本当は声に出さなくてもよかったんだけどね。一応わかりやすくするために。
あ! ごめんね。7つ全部バラバラにしてしまったよ。」
「……何を言ってんだ? まな板の上にあったのは1つだぜ?」
まな板の上のタマネギは、きれいに皮までむかれてバラバラになっている。
玉ねぎは一つ、あとの6つは何のことだろう?
「……まさか。」
楓が冷蔵庫の中を見に行った。ついていくと玉ねぎの袋の中に乱切りされた玉ねぎが散らばっていた。冷蔵庫の中も切り裂いたということか。
「いや、それでも地味だろ。」
「ううん、これはすごいよ。ミント、最高射程距離は?」
「半径2kmかな。前方のみにしたら3kmぐらいだと思う。」
「すごい。超強いじゃん。」
「どこが?」
斬撃を遠くに飛ばすのは漫画とかでよくあるじゃん。範囲は広いが。
「この魔法、物質を無視して切り裂くんだよ、最強じゃん。」
「というと?」
「半径2kmにいる人をいつでも殺れるということだよ。
急所をバラバラにすればいいだけだもん。」
「……あ。」
なるほど。確かにそうだ。
「青の魔法は魔装具を武器として使い、武器としての
効果範囲を広げるのがほとんどなのさ。
ほかにも、剣の斬撃に属性を付加することもできるしね。」
だから2種類というわけか。納得。
「……ところで、さっき紅葉は僕の魔法を地味って言ってたね。
その地味な魔法の威力、紅葉の体に教えてあげようか?」
「スイマセンシタァァァァァ!!」
俺は土下座した。プライドはないのかって?
自分の命よりプライドを優先する奴なんて、現実にはいないだろ……。
なお、近所でタマネギがきれいに
乱切りされるという怪事件がおきたのは、また別のお話。