間違えんな!!
「……ここは?」
むくりと体を起こす少女。虚ろな目で回りを見渡す。
「あ、目が覚めたか。」
とりあえず声をかける。猫耳があるとはいえ、他はただの少女だ。
人間やめてますよ的な外見じゃないし、危険は無い……と思う。
「この世界は……ん? 君は?」
「あ~えっと、本を拾って……。」
「経緯はどうでもいい。名前。」
……どうでもよくないと思うけどな。
「んと、辻 紅葉だ。」
「……ふーん。」
……こええ。めっちゃ睨んできてる。威圧感半端ねえ。
プリン消失事件の時の楓以上だ。
少女は少し考え事をしてるように手を口の前に当てる。
そして、こう切り出した。
「……あんたが僕の主人なんだ。思ったより普通の人だね。」
強めの口調で少女は言う。
……主人?
急に何言ってんだこいつ。
「主人。兼僕のパートナー。」
「パ、パートナー?」
「うん。これからは魔法で僕のアシストするんだ。」
魔法なんてあるわけないだろ。
と、普段の俺ならそう返していただろう。
――が、目の前の猫耳少女は現実に存在しているわけで、
本の中にこの少女が入れる空間などあるわけもなく、
少女の後ろ髪には、いつの間にか青い髪留めがついていた。
その事実が魔法の存在を裏付ける。
……仮に魔法が存在するとしよう。それでももう一つ疑問がある。
「何で、俺なんだ?」
そう、この子のアシストをする理由だ。
俺は偶然本を開いたら少女が出てきた。
俺と妹は、少女が起きるまで家に連れて行くことにした。
彼女と俺の関係はそれだけだ。いや、確かに家に連れ込むことをそれだけと言うのは何か間違っている気がしないでもないが、
とにかく俺と少女は限りなく他人に近い。
そして、魔法で僕のアシストをする。 少女はそう言った
当然魔法など使えないどころか、
魔法を信じてすらいなかった俺をパートナーとする理由がわからない。
この世界に、魔法を使える人間が何人いるかは知らないが、
もしそういう人間がいるのなら、
その人間をパートナーとした方がいいのではないか。
俺の疑問に対して少女の返答は一言だった。
「魔道書開けたでしょ?」
一言。その言葉の一つの単語に疑問を覚える。
……魔道書? あのとき俺は、青い本を開いて――
……嫌な予感がする。
「よくわかってないような顔をしてるね。じゃあ質問。
君はどうして僕と会うことになりましたか?」
「えっと、本を拾って……」
俺の答えを聞いて、少女は手をたたく。
「そう、それ!! それが魔道書。」
……あの青い本が魔道書だったのか。
でも開いたのと俺がパートナーになるのとどんな関係が――
「あれ開いた人は強制的に、僕との契約が成立するんだよね。
つまり今日から君は僕のパートナーってわけ。骨を粉にして働いてね。」
「詐欺か!!」
なんだそのシステム。ワンクリック詐欺?
思わず突っ込まずにはいられない。
理不尽すぎる。開いた瞬間お前パートナーになれとか。
……契約、嫌な予感しかしない――
「契約の破棄って無理なのか?」
「不可能だし、クーリングオフもききません。」
……ん? この子、異世界から来たんだよな。
さっきこの世界はとか言ってたし……
「クーリングオフ? じゃあ頼んでしまった商品はお前?」
「維持費には多額のお金が必要です。」
…………。
「消費者センター、たすけてー。悪徳商法に引っかかりました。」
「残念ですがこちらの世界の法律には引っかかりません。」
世界がらみで、この詐欺は公認!?
「というかお前かなりノリいいな!?」
「あと、どちらかというと労働基準法に反してるとか
言ったほうがいいんじゃない?
詐欺というより、ブラック企業への就職だから。
まあ、就職氷河期の今じゃ仕事は選べないし、
就職することは、すごい大事だとおもうよ。」ドヤッ
「お前、何でこの世界の事情にそんなに詳しいんだよ!!」
さっきこいつは、『この世界』の法律には引っかからないと言っていた。
だが先ほどまでの返答、別世界から来たはずの人間――ただの中二病な人の可能性は省く――なのに、こちらの就職氷河期のことを理解しているということだ。
こっちの世界に来る前から勉強したのか?
しかも公民の勉強とか。小学生ぐらいの外見なのに……
もしかして中学生ぐらいなのか?
「ある程度の知識は魔道書から脳に書き込まれるんだ。
ブラック企業就職おめでとう。死なないように頑張って。」
魔道書から脳に……へえ。
つまり俺が、さっき拾った本から情報が入ってきたということか……って――
「死ぬ可能性あんのかよ!?」
完全に真っ黒じゃねえか。ブラック通り越してるよ!!
契約破棄してくださいお願いします。
「そりゃそうでしょ。魔物退治とかもあるんだし。あ、ところでさ。」
「何!!」
というか魔物退治って何!? ドラゴンとか!? 死ぬわ!!
俺の内心の混乱など知る由もない少女は、ある質問をぶつけてくる。
「どんな魔法が使えるの?」
…………は? 魔法? 俺が使える?
え、ないよ? 何か使えると思ったの?
「魔道書に書いてあったでしょ?」
確かに魔道書=魔法を使うための本というイメージはあるが……
「いや、あんな文字読めないよ。」
「は?」
「いえ、読めませんでした。」
何言ってんのこいつとでも言いたげな『は?』だった。
さっき俺のことを主人って言ってたから、俺のほうが上じゃないの?
「全部目を通した?」
見るわけないだろ。だって読めないから。
「君に合う魔法は読めるはずだよ。魔道書は何処?」
「……俺の部屋だけど。」
今いるこの部屋は楓の部屋。あの本はとりあえず俺の部屋に置いといた。
楓に預けたらどうなることやら……
「……横の部屋かな?」
「え、何でわかったの?」
「横の部屋から君の匂いが一番強いから。」
……え? 今なんて?
「部屋、入っていい?」
「え? いや、別にいいけど。」
「じゃ、とってくるね。」
言うが早いか少女は立ち上がる、と同時にドアの前まで飛ぶ。
るの辺りでもうドアの前にいる。何て身体能力だ。
「はい、じゃあ読んでみて。」
そして一瞬で戻ってくる。この子すごい。これが魔法なのか?
とりあえず、言われた通り本をパラパラとめくっていく。
確かに読める文字があった。
「ええと『ソルシエ』、『イシェク』、『アルレス』読めるのはこれだけかな。」
「3つしか読めないんだ。ちょっと貸して。あ、本は閉じてよ。」
何故本を閉じなければいけないのかわからないが、
とりあえず、本を閉じて彼女に渡す。
彼女は本の表紙に手をかけ、すぐに手を止めた。
ん? どうしたんだ?
「読むんじゃないのか?」
「……開けないんだよ。」
開けない? そんなバカな。ただの本だぞ。
「なんで?」
「魔道書の魔法を一つでも使えるほどの魔力がないと開けないようになってる。」
そうなのか。これも魔法の力ということか。
「……正直、さっきまで馬鹿にしてたけど――」
「おい。」
さらっとひどいことを言われた。
たしかにあの会話、絶対馬鹿にしてるだろとか思ってたが。
「でも、これであんたが僕より魔力が高いってわかった。不本意だけど・・・。」
そう言った彼女は少し下を向いた。しっぽがダランと下に落ちてる。
猫が尻尾をこうしてるときは落ち込んでるときだった気がする。
「・・・少し認める。だから僕の名前を教えてあげる。僕はミント。
ミント・レイ=フィニス。ミント・レイまでが名前だけどミントでいい。
一応、君の使い魔になるのかな? よろしく。」
こいつのパートナーになることは、決定事項となってしまったんだろう。
詐欺みたいな契約にしやがって。
だが、これだけは言わせてくれ。
「わかった、ミント。俺は紅葉でいい。」
……あれ、おかしいな。自分の言おうとした文句が、一つも出てこない。
「これからよろしく、紅葉。」
そういって彼女は少し笑った。結構可愛いじゃん。
パートナーか。頑張ってみよう。死なないように。
え?さっきまで反対してたのにって?この子の笑顔の代償と思えば安いものだ。
いや、断じて俺はロリコンじゃない。……たぶん。
だけど、何か釈然としないものもある。
少しだけ、この子に嫌味でも言ってみるか。
「でも、どうせなら高校生ぐらいの可愛い女の子がよかった。」
完全に冗談のつもりで言った。
さっきのように、冗談で返してくるそう思ったが反応は
「あ?」
ガンッ
蹴ってきた。超イテェ。いや、まじで折れたんじゃねえの。
「今、なんて言った?」
やばい、怒ってらっしゃる。とりあえず機嫌を取ろう。
「い、いやーこんな可愛い小学生が来てくれてうれしいな~って。」
グキッ
関節技をお見舞いされた。
「誰が小学生だって?」
あ、これはあかん。中学生が、小学生ほど子供に見えるか? っていう怒りだ。
楓に、「今小学生だっけ」と聞いた時も似たようなことがあった。
ならば、こう言うのが正解だろう
「冗談だよ。中学生ぐらいだろ。」
ボキッ。
待って、やばい音した。ぐぐぐぐ。そろそろやばい。
なんで?なんでこんな怒ってるの? 尻尾が大きく膨れてるし。
その時、考えもしなかった可能性があることに気付いた。
いや、でも、この身長で高校生なんてことは……
「――僕は16歳だ!! 間違えんなバカっ!!」
……マジですか。
首絞めに移ってきた。あ、やべえ。腕動かねえ。
薄れゆく意識の中で俺は思った。女性に年齢の話は、地雷だと。