ニフィルフォルトゥム
「……ここ!?」
「あ、ああ、そうだよ。」
ミントの指さす先に例のハンバーグショップがあった。
「ここが、ハンバーガー屋さん――なんかいいにおいがする。」
……とりあえず釘を刺しとこう。
「あんまり頼むなよ。1人1個だ。」
「何で!?」
この世の終わりみたいな顔をするミント。
そう、その理由は至極単純。それは――
「俺が破産するから。」
カレーの時思ったがミントは大食漢だ。
楓もめちゃくちゃ食うけど、ミントはそれ以上だった。
楓がカレー6杯とするとミントは大盛りで12杯ぐらい食べる。
「……むう。じゃあ、僕がおごるよ。」
「お前、金あんの?」
「――200万円ぐらいあれば足りるかな?」
「……は?」
何言ってんの?そんな大金あるわけが……
「僕の荷物に入ってた。」
「いや、お前が魔道書から出てきたとき何も持ってなかったぜ。」
持ち物は、金どころか服すらなかったな、その時。
偶然、楓の服があって助かったけど。
「魔道書の中に入ってたんだよ。
こっちの世界に来る前にママが全部用意してくれたみたい。
……眠ってた僕もそのまま押し込まれたみたいだけど。」
「あ、だからあの時、寝てたのか。」
納得した。何でこいつ寝てんのとかずっと思ってたけどそんな理由だったのか。
ミントの母ってひどい奴だなー。
「……そういえば僕のパジャマが魔道書の中にあったのは何で――」
「よし、早く入ろうぜ!!」
「え!?ちょ、紅葉……どうしたの急に!?」
この話題はそれ以上いけないと、俺の生存本能が訴えてくる。
ちなみに本能曰く――死ぬってさ、俺。ミントって怖いね、うん。
「……何してるの、2人とも?」
「あ、楓。」
後ろから楓に声かけられた。俺たちの方が早かったのか。
……後ろから? 楓の中学校がある方向は、確か――
「よくここがわかったね。」
「紅葉が案内してくれたから。」
「……じゃあ、早く入ろう?」
「うん!!」
ミントの後に楓が続こうとする。いや、待てその子は――
「ミント、避けろ!!」
「え?」
「さようなら――」
包丁が振り落された。その軌道は、完全に殺すつもりだ。
間一髪、ミントはそれをかわす。かわしたと同時に包丁を蹴り飛ばした。
舌打ちをしながらも少女は包丁を拾おうと手を延ばす。
――しかしミントの行動の方が速い。
何処からか長刀を取り出し、少女の包丁を魔法で切り裂いた。
驚きながらも少女は予備の包丁を懐から取り出し、呟く。
「っち、今度の女はなかなか手ごわい……」
「……楓?どうして――」
「違う、この子は楓じゃなくて、も――」
「お兄様、なぜ邪魔を!!」
「お前は黙ってろ!!」
が、少女の叫びは止まらない。
「何故、その泥棒猫をかばったのですか!?」
「……泥棒猫?君は何を言って――」
「ミント、この子は……」
「ミント――ああ、今度の泥棒猫はミントという名前なんですか。
……あなたにこの世界の常識から挑んではだめですね。じゃあ……」
包丁をミントに向かって投げつける。ミントは真横にはじいた。
と、同時に距離を取る少女。
少女がなにかを呟いたかと思うと、氷の柱が現れた。
そこから氷が辺り一面に広がっていく。
……いや、待て。おかしいだろ。何でこいつが魔法を。
「――『凍てつく運命』!?深淵魔法を、何で君が!!」
どうやらあの魔法はニフィルなんたらって魔法らしい。
しかも深淵魔法とかいうらしい。
氷の柱がさらに増える。おい、ここ店の前だぞ。
「ここでそんな魔法撃ったらハンバーガー、じゃなくて関係のない人達が!!」
お前はそんなにハンバーガーを食べたいのか。一般人<ハンバーガーなのか。
「『今から此処は絶対零度の世界。敵は等しく凍れ!!』」
楓が歌うように言った後、気温が急激におちていった。
――寒い! めちゃくちゃ寒い!! 真冬の北海道以上に寒い!
「く、やるしかないの!?」
ミントが長刀を構える。いつの間にか服装も、
彼女の制服のワンピースのような服に変わっていた。
「『刹那の世界に僕は生きる。起動式、バトルモード。』」
彼女の周りに3つの青色の魔法陣が現れた。
一つは右手の腕輪、一つは髪留め、そして最後の一つは長刀の刃に吸い込まれる。
同時に、少女が手を振り落す。瞬間、氷の柱がミントに迫る。
それを真正面から蹴りで砕くミント。まるで特撮のワンシーンの様に砕ける氷。
だが氷はそれで終わらない。砕けた欠片は礫となってミントに襲い掛かる。
それを難なくミントは切り裂き、全て打ち落とした・・・が
「あまいですわ!!」
「!?」
ミントの後ろから氷の壁が現れる。
ミントが振り向いたと同時に、彼女が氷に囲まれた。
礫は彼女の目を後ろに向けさせないため・・・。本命はこの壁だったのか。
「しまっ……」
ミントの判断は早かった。刀を構え、何かを呟く。
回避に移るのは無駄と判断した彼女は、四方から迫る壁を全て斬ることにしたのだ。
「――『起動式疾風斬』!!」
その太刀筋は見えない。かろうじて剣を振っているとわかる程度だ。
斬る、氷の壁を。
斬る、氷の礫を。
斬る、氷の槍を。
だが、切り裂くスピードより、氷全体の再生速度の方がわずかに早い。
氷の壁が、少しづつ迫る。そこに脱出出来る空間はない。
「く、なら『起動式うつ――』」
「遅い!!」
ミントが壁に閉じ込められる。が、少女はそこで終わらせない。
少女が手を振る。閉じ込められたミントを、数本の氷の槍がミントを貫く。
ミントに動きはない、完全に凍り付いてしまったのか……?
「ふ、ふふふ、やりましたわ。
泥棒猫を倒しましたわお兄様。後は傷口から骨まで凍らせて……」
狂気の笑みを浮かべる少女。まるで仇敵でも倒したかの表情だ。
「ミント!!」
「お兄様、もう、邪魔な泥棒猫はいませんの。あの猫はもうすでに……」
「お前は……何てことを……」
「――お兄様を奪おうとしたあの猫がいけないのですわ。」
「ふざけんな!!ミントは……」
が、そこで違和感があることに気付く。
氷に閉じ込められ、全身を貫かれたはずのミントが、動いて――
氷の中のミントが長刀を振り落す。
それだけでミントを閉じ込めていた氷の壁がバラバラに切り裂かれた。
「ふう・・・呼んだ、紅葉?」
まるでヒーローの如く、氷の中から出てきたミント。
その体には、槍に貫かれたはずの傷がついていない。
髪留めはどこに消えたのか、髪型がストレートに変わっている。
彼女の背後には、切り裂かれた氷の破片が雨の様に舞っていた。
「どういうこと!?確かに殺したはずじゃ!?」
「空蝉。僕のもう一つの深淵魔法。斬撃の神童、なめんな。」
少女が指を弾く。無数の氷の柱が鞭となってミントに迫る。
それを舞うように、切り裂きながら少女に近づくミント。
躱し、裂き、躱す。
邪魔になる柱だけを切り裂き、最短距離で少女に近づく。
二人の距離はたった数メートル。
ミントは剣を構える。応戦するかのように少女の後ろに氷の鞭が数本あらわれる。
やばい、このままじゃどちらかが……
「やめろ椛、ミント!!」
「!!」
「!?」
俺が二人の間に止めに入る。
もし、このままどちらも魔法の発動を続けたら俺死ぬね。頼む、やめてくれ!!
2人が俺に気付いた瞬間、氷の柱はすべて砕け散り、ミントの長刀が消えた。
……良かった。魔法の発動をやめてくれたみたいだ。
「…………あれ?」
「――お兄様が、私の名前を呼んでくれた……。」
別の反応をする2人。……椛、後でお前説教な。
「――紅葉、今、君、何を……。」
「え?何をって、何を?」
ただ、止めに入っただけだけど……。
「もしかして――」
「お兄様!!こんな泥棒猫と話しちゃダメですわ!!」
話に割り込んでくる椛。お前空気読め。
「……さっきから何なの君!!泥棒猫泥棒猫って――何で耳が見えてるの!?」
ああ、そういえば認識魔法がかかってたんだな。
たしかに泥棒猫って言ってたし……何で泥棒?
「耳って――何のことを言ってますの?」
「え?だって、僕の猫耳が見えてるんじゃ……?」
「何を言っているのかわかりませんわ。お兄様、何でこんな子と……。」
「……僕の猫耳が見えてないの?」
「椛、何でミントを襲ったんだ?」
椛はいったいどんな勘違いをしてるんだ?
「だって、お兄様が、私達のお兄様が盗られて……」
あれ~?泣き出した。何で!?
「ん?ど、どういうことだ?」
「う、それを私の口から言わせますの、お兄様……!?」
やめて、そんな目で見ないで!!
どうしてそんな捨てられた子犬のような目をするんだ……
「……どういうこと?」
「く、泥棒猫め!!やっぱりここで……」
彼女の手のひらの上に氷の結晶ができる。
それは形を変え、ナイフを作り出した。
「ストップストップ!! 椛、魔法は禁止!!」
何で椛は、ミントに対してこんなに敵意むき出しなんだ!!
「あ、く、お兄様が言うのなら――しょうがないですわ。」
すんげ~悔しそう。そんなにミントが嫌いなの?
「……で、なぜミントに襲い掛かったんだ?」
「――それは、お兄様がこの猫と――」
え、俺!? 今回の椛の暴走って俺のせいなのか!?
「その――これ以上は私の口からは――。」
「?」
いったい何だというんだ。
「あ、もしかして……」
どうしたミント。なんか気づいたのか?
……おい、何でそんな嬉しそうな顔してんだ。
「はあ~、なんか胸騒ぎがするから来てみれば……。」
突然、楓が上から降りてきた。……上から?
「!? か、楓……だよね?」
「どうしたのミント?」
「い、いや、別に……。」
完全にさっきの椛がトラウマになってるじゃないか。
「楓、やっと来たか。」
「わざわざ1分前に早退して来たよ兄貴。
椛が勝手に私のメアド使ってたからちょっと急いできた。」
「あ~あれ、椛だったんだ。……で、お前どうやってきたの?」
どう考えても、こいつの中学校からここまで10分以上はかかる。
それを1分で来るなんてどうやったんだ?しかも上から。
「なんか魔法の練習してたらさ~、
『ブラスター』って魔法が使えるようになってね、それで来たよ。」
「……それも深淵魔法だよ。本当に君の家族はどうなってるんだ、紅葉。」
その深淵魔法とやらが何かは知らないけど、すごい魔法なんだろうな。
――ていうかさ、
「そんなの俺が聞きたいぐらいだよ。」
俺だけ魔法使えないとか。俺だけ役立たずじゃん。
俺より楓や椛の方が戦力になる気がする。
もし、魔道書を開いたのが楓や椛だったら、
影の騎士ボコボコにできたんじゃないのか?
一方俺はギリギリの戦いを繰り広げていたとか。
妹の方が強いとか兄の威厳(笑)だな。いや、昔から楓や椛の方が強かったけど。
「あの……何の話をしてますの?」
「いや、何で君たちが魔法なんて使えるのかって――」
「泥棒猫には聞いてませんわ!!」
椛はさっきから何でこんな突っかかるんだろう。
ミントがかわいそうになってくるレベルだ。
「椛? ミントはあなたが思ってるような子じゃないよ?」
「う、お姉様まで――お姉様はいいんですか!?
このままでは、私たちのお兄様が……」
「ん?ミントと兄貴は別に付き合ってないよ?ね、兄貴。」
何だよその質問。
「え? そりゃ、そうだろ。あり得ない。」
当然、俺の答えはこうだ。
何当たり前のことを言ってるんだ、こいつ。
ミントみたいな可愛い子と俺が付き合ってるわけないじゃないか。
……痛い! ミント、何で蹴ったの!?
「……ふん。」
「……とにかくそういうこと。椛、わかった?」
「……泥棒猫の態度が気に入りませんけど、
お兄様がそう仰るのなら信じますわ。」
なんか解決した――のか?
「でも泥棒猫、あなたのことは認めていませんから!!」
「――本当に何なの君……。」
げんなりとした表情を浮かべるミント。
まあ、いきなり敵意むき出しで攻撃されて、
よくわかんないまま認めないとか言われても困惑するよな。
椛の場合は完全に殺そうとしていたし。敵意というか殺意というか……。
「と、とにかく、ハンバーガー食べようぜ。せっかく集まったんだしさ!!」
とりあえず場の空気も少し和んだし、当初の目的どおり昼飯でもとるか。
――椛はハンバーガーが好物だし、これでミントも機嫌を直すかな?
が、事態は思ったより深刻だった。それは――
「あ、兄貴。この店、今日定休日だよ。」
「え、まじで!?」
そう、今日は定休日だったのだ!!
何しにここまで来たんだよ俺たち……。
完全に徒労じゃないか。
「ちょっと、泥棒猫!!お兄様まで!!何でそんな目で見ますの!?」
いやね、だってお前のせいで色々と予定が・・・
「――ハンバーガー……。」
あ、そっちですか。
結局、某チェーン店でハンバーガーを食べて帰りましたとさ。
2章はこれで終了です。
続いておまけ、2.5章を挟んで3章です。