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いつかの桜・SS

いつかの桜SS・5

作者: 久義遼太

「ただいま・・・っと」

久々に澄のじーさんにしごかれ、若干痛む体を引きずりながら家に帰ってきた。

「おう、おかえりー。なんだずいぶんお疲れだね。」

台所からエプロン姿の母さんが出てくる。右手にはおたま。どうやら料理中だったらしい。

「澄んとこのじーさんに稽古つけてもらってきた・・・」

「あっははは。高校生三人の相手とはあのじーさんも相変わらず元気だねぇ。」

けらけらと笑う母さん。

「あと20年経っても勝てる気がしねぇよあのじーさん・・・」

道着や腕を掴もうとする度に漫画のようにぶん投げられる。何年も鍛えられているのに勝負にすらなりゃしない。

「まぁとりあえず風呂に入りな。もうすぐ飯出来るから。」

言いつつ、ゆらゆらとおたまを揺らしながら台所へ戻っていく。

「あいよー。・・・いててて」

もうすぐ出来るなら手伝いもいらないだろう。甘えて風呂に入ることにした。




「うぁー・・・生き返る・・・」

我ながら高校生とは思えない感想だが、本当にそんな気分なのだから仕方ない。

「なーにおっさん臭いこと言ってんのよ高校生。」

ガラリ。

・・・・・・・・・

ぺたぺた。

・・・・・・・・・

「いや待てお前は何をしているんだ」

母さんがバスタオルを外そうとしたところでようやく我にかえる。

「ん?シャワー浴びようとしてんだけど

「何か問題が?」と言いたげな顔をして答えられた。

「っつーか親に向かってお前とはなんだ。反抗期か?」

「いやいやいやこの状況でんなまともな事言われても。

なんで俺入ってるの知ってて普通に入ってきてるんだよ」

「そろそろ入らないと飯食う時間なくなりそうなんだもん。それに一緒に入った方が電気代とか安く済むだろ?」

「いやそうかも知れんが年頃の男が入ってるとこに入ってくるなよ」

「別にいいじゃないさ。親子で恥ずかしいもなんもないだろ?お互い見飽きるくらい見てんだし。」

俺の抗議も虚しく、さらっとバスタオルを外してシャワーを浴び始める我が母。

「いや普通に外すなよ!?子供の頃の話だろそれ!」

慌てて母さんに背を向ける。

「なーに言ってんの。あたしにしたらあんたなんかまだまだガキだっての。」

「そういうのは4、50歳の人が言うもんじゃないのか」

「かーわんないよ。だんだん自分の子供はいつまで経っても子供だってのもわかってきたしね。いやあたしも歳とったもんだわ」

「30なったばっかで何言ってやがる」

「こういうのは実年齢じゃないよ。経験数って奴かねー。歳にこだわるようじゃまだまだ子供だね。」

いつものようにけらけらと笑う。

年頃の息子のバスタイムに乱入しといて本当になんとも思ってないなこの野郎。

「ほら、もっと詰めて詰めて。あたしが入れないでしょうが」

「いや入る気なのか!?」

「あによ、シャワーだけで終わらせろっての?」

「狭いのに無茶言うなよ!出るから、っていうか出させて下さいお母様!」

「うっさい、特別に背中合わせで許してやるからさっさと詰めなさい」

「痛い痛い痛いわかった、わかったから蹴るな!」


「ふはー、生き返るねぇ」

「何おばさん臭いことを言ってんだおばさん」

「よーしせっかくだ、足をからめて密着して温まろうかわが息子よ」

「すみません勘弁してくださいお母様」

マジでやろうとしてるような気配と水音があったので慌てて謝る。

「よろしい。

ってかそこまで嫌か?1人産んだとはいえ若いしまだまだイケる身体してると思うんだけどなぁ。」

「そういう問題じゃないだろ・・・」

「母親としてならもっと気にする必要ないだろうに。男心はよくわからんねぇ」

ふはー、とため息をつきながら母さんがよりかかってくる。

「プライバシーを尊重して欲しい年頃なんだよ。」

「あんたの歳の頃にはあんたがいて必死だっからねぇ。やっぱりよくわからん」

「・・・感謝してるよ」

今さら他に言える言葉もないので、何度も言った言葉を繰り返す。

「まぁ、その苦労に見合ったものはもらってるよ・・・って、今なら言えるけどね。」

ふっと背中が軽くなる。

「さて、と。んじゃあたしはさくっと食べてパート行くから。あんたものぼせないうちにあがりなよー」

「あいよ、いってらっしゃい。」

ぺたぺたとなる足音を、背中越しに手を振って見送る。

「ふー・・・」

浴槽いっぱいに体を伸ばす。・・・いや、狭いからそんなに伸びないんだが。

・・・そういえば母さんとこれだけ話したのも久しぶりか。

まぁ、たまには親子のコミュニケーションというのも必要か。

「次からは風呂場じゃないといいんだが」

若干見えてしまったものを思い出して、浴槽に沈み込む。



ーーー思い出したり忘れようとしたり鮮明に覚えていて自己嫌悪したり、自分にツッコミたくなるほど思春期真っ盛りな、ある秋の夜長。


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