動き出す童話 Ⅰ
Twitterの@as4fmsceにて更新状況を載せていきます。
山の精気を凝縮しキラキラと輝く雫を乗せ、淡い緑の光を放つ木々。
それらをドーム型に切り取ったかのように広がる平地は、ぽつんと、山の中腹に鎮座していた。
その中央には半壊していると言っても差し支えない状態の小さな神社が、人々から忘れ去られひっそりと朽ちていく長い時を過ごしている。
人類の生存区画ギリギリに位置するこの場所に、わざわざ自ら出向く物好きは殆どない。 それもそのはず。 生存区画と言っても地図上の境界線に過ぎず、その出入りを妨げるものなど何もないのだから。
そのような場所に誠たちが赴いたのは、ここが駿美との待ち合わせ場所であるためだ。
いつもであれば路地裏にある喫茶店『TWILIGHT』での受け渡しになるのだが、「初会の方がいらっしゃるため……」という駿美の一言でこちらでの取引となった。
誠自身 も13歳の時に父に紹介され初めて駿美達の世話になった際にここに来ている。 その時は駿美ではなく大道という熊のような大男が現れ、誠は年甲斐もなく父に泣きついてしまったものだが。
ちなみに駿美はその大道の直属の部下である。 駿美に聞いても「体の良い雑用係ですよ」と苦笑いを浮かべるだけであるが、大道は『魂の翼』という反政府組織のリーダーでありその直属の部下、というのは組織内でもかなり高い位なのだ。
しかし、廃れた神社の陰から姿を現した駿美はやけにげっそりとしており、いつものやりての商業マンと言った雰囲気も欠片も感じられない。
「こんにちは、誠さん。一週間ぶり……くらいでしたか?」
疲労のためか嗄れた声と覚束ない足取りはさながら幽鬼の様だ。
背後で一心が小さく声を上げる。
「え、ええ、そうですね。先週『ローレライ』を借りたとき以来、でしょうから」
駿美の変貌ぶりに思わず声がうわずってしまった。
駿美はあぁと小さくため息を着くと誠を安心させるためか微かに笑みを浮かべる。
引きつってあまりうまく笑えてはいなかったが、その意図を組めないほど誠は鈍感ではない。
「このような姿で申し訳ありません……こちらも少々混みいった事情がありまして……人手が足りないのですよ」
情けないものです、と小さく付け足すと手に下げていた2つの紙袋のうち1つを差し出す。
紙袋の中には一冊の本。
表紙は太陽の光を浴びゆらめく海面を海の中から写した絵。
「そちらが『ローレライ』の続編『岸辺』になります。前作で入水自殺した主人公が人魚となり人々を惑わしていく、という内容をアーダルベルト特有の暗澹とした人物背景に皮肉な言い回しがスパイスとなった素晴らしい作品ですよ」
駿美は疲れきった顔とはうらはらに自慢気に語る。
「ありがとうございます。それで……」
駿美はそうでしたね、と呟きながら誠の後ろで黙ったままの一心へと目を向ける。
「初めまして、私は伊藤 駿美と申します。あなたが小御門 一心さんですか?」
「あ、は、はい!え、えっと小御門 一心です、本は好きですがそんなに堅苦しいやつは苦手で……」
誠の記憶にある限りここまで一心が動揺しているのは初めてだ。 人見知りであるという記憶は誠にはない。
「えぇ、聞き及んでおりますよ。誠さんは友人が少ないようで、話をする時はあなたのことばかりですよから」
いきなりの裏切り行為に誠は口を開けほうけている。 それを見る一心はやけに楽しそうに上品でない笑みを浮かべていた。
駿美は一歩踏み出すと先ほど誠に渡したのと同じ紙袋を一心にも手渡す。
「あの、俺は今日は顔合わせってことでまだ何も……」
訝しげに紙袋の中身を見つめる一心、それは表紙に何も描かれていない一冊の文庫本である。
しかしそのあまりにも軽い一冊を持つ一心のては震えていた、当然だ、なにせそれは……
「その本は貸出しではありません。そして8年前ならいざ知らず、今それを持っているのが見つかればその場で銃殺の可能性もあります」
駿美は微笑みを消し真剣な目で一心を見つめる。
そこに先ほどまでの余裕はなく張り詰めた空気が肌を刺す、その雰囲気が言外につげていた、その覚悟があるのか、と。
「その本はある方があなたのために書いた一冊です。その一冊以外この世に存在しません。あなたにはこれを持って生きていく覚悟はありますか?」
この本を軽い気持ちで受け取ってはならない、一心もまたそれを理解し今までに一度も見せたことがないほど真剣な眼差しで駿美を見つめ返す。
その目には初めから迷いはなくただまっすぐに前を見据えている。
傾きかけた太陽が赤く一心の横顔を照らす。
「俺はあまり頭のいい方ではありません。でも、そんな俺にだって今の世界が狂ってることはわかります。人の想いを殺す、それが正しいとされるなら俺はルールなんていらない、心のままに生きたい」
他人に自らの内面を晒すというのは難しい、どうしても己を着飾ってしまうのが人間なのだから。
だからこそ誠は確信する、こいつが友人でよかった、と。 決して口には出さないがそれは自信をもって言える。
「よく、わかりました。あなたを拒む理由は私達にはありません、あなたの望みの通りに生きなさい」
再び柔らかな笑みを灯した駿美に一心は力強く頷く。
「その本のタイトルは『ネバーエンディングストーリー』我見芥さんの作品です」
「『ネバーエンディングストーリー』……終わらない物語?」
一心の呟きに駿美は笑みを深める。
「懐かしいですね、昔の映画のタイトルなのですが……一応原作の訳では『果てしない物語』なのですよ」
駿美は何かを思い出すように遠くを見つめ、ふと誠を見やると楽しそうに目を細める。
一心は早く読みたいという風にチラチラと紙袋を覗いていて気づかなかったようだ。 お預けをくらった犬のようなその姿に先ほどの凛々しさは微塵もない。
木々が夜の到来を待ちわび影を伸ばしていく中、駿美が何かに気づいたかのようにハッと森に目をやる。 誠達も駿美につられ森へと目をむけるが何も見えない。
ぴんっと張った空気の中、永遠のような数分が経ったのちそれは現れた。
一本の木を挟んで並ぶ黄色い二つの目玉、目と目の間だけで2~3メートルはあろう。
それはひょいと正面の木をよけるとそのまま広場に姿を現した。 否、ここから見えるのは頭と長い胴体だけであり、直径4〜5メートルはありそうな胴体は森の中へと続いている。
ゆるい逆三角形の頭に怪しく輝く二つの目、時折口から飛び出す紫色の毒々しい舌は先が二つに分かれている。体は黒に赤褐色の横縞模様で鱗と鱗がぶつかりあいシャラシャラと音を立てていた。
「ALICE!!」
こちらを見据える巨大な目から誰も逃れることはできなかった。
ついにでてきましたALICE!
前置きも短く世界観を捉えづらい上 に、ここにくるまで重要ギミックを明かさないとは…
書いてて自分でもあれっ?ってなります。
それと今回は少しながかったですね…
大体2000文字を目安にしているのですが少しオーバーしてしまいました、ごめんなさいorz
感想・批評等いただければ嬉しいです!