都庁襲撃
かつてならば都庁とは東京都庁を指す言葉であったが、日本からほぼ全ての都市が失われて久しい今、それは千都における最重要役場を意味する言葉として使われている。
千都のほぼ全てを管理していると言っても過言ではないそこは、本来ならば厳重な警備の元に置かれて然るべきところであり、平時であるならば対ALICE用組織である『公安平和維持部隊』がその警備に当たっている。 未だに数も質も物足りなさが残るとはいえ、その実力はこの5年の平和に目を向ければ自ずと分かるものだ。
しかし、今回は間が悪かった。ただでさえ数の少ない公安の半数ほどを都市外未調査区域へと派遣してすぐの出来事だったのだ。
何事もなく、最短距離で帰ってくるにしても3時間ほどは覚悟しなければいけない。 残された部隊の者たちなど『お守り』程度の気休めにしかならないのが現実である。 その上で居残り部隊の半数以上が居住区に出現したALICEの対処に向かっており、今の都庁は堀も壁もない城のようなものだ。 放っておけば30分と持たずに壊滅するであろう。 ここを潰されると都市機能の大半が停止し、運悪くもALICEの大群と接触する事になれば、人々は避難もままならずここで終焉を迎えることとなる。 そうはならないにしても多数の犠牲者が出るであろうことに変わりはない。
大道率いる『魂の翼』は確かに反政府組織であり、政府とは犬猿の仲ではあるが、その対象はALICE粛清法であり、都市に住まう多くの命を無視する事は出来ない。 たとえそれが彼らの不利益になる事だとしても、だ。 そこには大道の性格が強く表れている。
「私は今から都庁に行かなければならない。 通りに車を待たせてあるから君たちを途中まで送って行こう。 だから今日はもう帰りなさい」
大道は持っていた携帯をさっと懐にしまうと、渋面をつくりながら言う。 そこには有無を言わさぬ重圧が込められていた。
一心を振り返ると小さく頷いている。 誠も頷く。
「ありがとうございます。 でも、僕たちは自転車がありますし、帰りはセントラルロードを通る予定なので心配いりません」
「ん、そうか。 どちらにしろすぐにでもここを出よう」
そう言うと大道は店主に二人分のコーヒー代を手渡す。 二人は慌てて自分たちで払うと抗議したが頑として聞き入れられる事は無かった。
裏路地は大道にはいささか狭いのか、若干半身になって歩いているがそれでもなお、肩が壁をこすっている。 煩わしそうな方を回しながら進む大道は、何も話そうとはしなかった。
やっとそこを出た時には大道の両肩は黒く煤けた汚れに覆われていた。
「大道さん」
やや小さいながらもはっきりと、わかりやすい声が三人の耳に届く。 それはどうやら道の脇にある黒い車から発されているらしく、見ると車内に手を振る影が見える。
「それじゃ、私はこれで失礼させてもらう」
大道は会釈だけすると車の中に消えた。
二人はそれに頭を下げると自分たちの自転車のある駐輪場へと向かい歩きだした。
大道は視界から離れていく二人を目の端でおいながら見ている。
「何の話だったんですか」
運転席に座る女が顔色を変えず、平坦な声で尋ねた。
「いや、大した事ではなかった」
その声には覇気がなく、少し震えてもいた。
「どうしました」
事務的な声の響きにはどこか気遣わしげな様子がある。
「なんでも、ない」
大きく息を吐きながら言う大道に女はそうですか、とだけ返した。
「今のところ動ける人員に順次連絡を入れてます、しかしALICEの対処が出来る者となると、数が限られてきます。 殆どが避難の援助程度のことしかできないでしょう」
話題を変えたのは女なりの気遣いであろう。
「だから君に来てもらったんだろ。 私も前に出る」
面を被ったような女の雰囲気がどこか和らいだ気がした。
「では、行きましょうか」
避難警報がでてしばらく経っていたためか、周囲に人影はない。 深くアクセルを踏み込むと、エンジンが力強い唸りを上げ車体を動かした。
「都庁に出たALICEについて何かわかることはあるか?」
「出現数は5体、全て存在するヘビの姿をとっていますが、その大きさには多少の差異が有ります。 それと、どうやら出現場所は特定の一箇所のみのようですね」
「やはり、変だな」
女は口を挟まず聞きに徹している。
「最近ヘビのALICEが多すぎる。それに加え同時に一箇所から複数が出現? 普通に考えればほとんどあり得ない話だ……」
思考に身を委ねようとする大道を振り返り待ったをかける。
「大道さん、とりあえず今は目の前のことに集中しましょう。 ここを乗り切らなければ先の事を考えても仕方がありませんから」
冷静な声音に頭を冷やされ大道は思考の世界から引き上げられる。
「それと、これが終わったらすぐ事務所の片付けに戻りますよ。 たった一日目を離しただけであそこまで散らかすなんて……ある意味特殊な才能をお持ちのようですね」
女の苦言に苦い笑みを浮かべると、先ほどに比べいくらか心が軽くなった。
「ありがとう、伊藤君」
礼を言う大道にほんの少しだけ微笑みを見せ伊東 恵果は口を閉ざした。




