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人影がある。
夜だから視界は悪いが、拝殿に向かって一歩一歩を踏みしめている人影が、月に照らされて浮かび上がっている。
拝殿の影に隠れ息を潜めているが、緊張のあまりか全身がガチガチと震える。
まさか本当にやって来るなんて。
物知り村長が教えるので、藤堂も俺も身を隠し、こうして相手を待ち受けている。村長は物知りというよりは、ドラエもんのように何でもありだ。どうせなら護身用の道具も引っ張り出してくれるとありがたかったのだが。
ずさ、ずさ、と歩く音が聞こえる。
たしかにその音はどんどん大きくなっている。
近づいてきているのだ。
この町を幻覚で蔓延させようとしている悪人。いや、人ですらないのかもしれない。
藤堂によればそいつは怪人らしい。
その怪人が今からどういう動きを見せるのか、俺は身を隠しながら様子を窺う。藤堂は拝殿の中で息を潜めている。できれば挟み撃ちにしたいところだろう。人間でない怪人ならば、やっつけてしまっていいわけだ。俺が後ろから羽交い締めにし、動けなくしたところを金属バットでぶっ叩けば、倒すことは可能か。
あの影が拝殿に足を踏み入れた時がチャンスか。
緊張する。
迂闊に物音を鳴らさないようにと、呼吸さえも気にかけなくては。
建物の影からゆっくりと忍び出て、怪人の背後に回る。物音はほとんどたてなかったので、ばれなかったはずだ。
そこからゆっくりと距離を詰めていく。
怪人が拝殿の扉を開ける前に、すぐ側のところまで接近しなくては、挟み撃ちできない。
焦りは禁物だ。
そして怪人が、賽銭箱をフキトバシタ。
腰を抜かすかと思うほどの風圧が白い煙と共に襲いかかってきた。
「やつめ! 正体を現しやがったな」
俺は慌てて賽銭箱を大破壊した怪人に接近し、羽交い締めしようとするが、そいつの真っ赤に光る両眼に射止められ、怯えてしまいそうになった。その怯えが、この俺を退かせたのである。俺は慌てて藤堂を呼んだ。藤堂の名を何度も何度も繰り返し叫んだ。
「藤堂 風羽美ー! 藤堂 風羽美ー! 藤堂 風羽美ー! 藤堂 風羽美ー! 藤堂 風羽美ー! 藤堂 風羽美ー! 」
俺は気が狂った感じで深夜に何度も名前を呼んだのに、藤堂は拝殿から出てきてくれない。いや、出てきた。ようやく出てきた。
彼女は金属バット一本を携えていて、大きく振り上げて、ジャンプした。
振り下ろした。ガキーンと音が鳴った。
怪人が姿を体液の腐ったような色、臭いを持った、ヘドロへと変えた。そのヘドロがものすごい速さで神社を走り回り、その体液を引き伸ばしていく。俺も藤堂もそれに巻き込まれそうになったが、俺は辛かった。窒息死しそうになった。
藤堂もあがいているが、ヘドロに金属バットで対抗したところで、パチーンと気持ち悪い体液がはねるだけだ。
俺たちは無駄なあがきしかできないまま、死にそうになっている。
しかし俺の中で光があった。
負ける気がしねえ、という光があった。窒息死しそうなのに。
どうすればいいのかはわかっていた。
俺にも、超能力がある。
俺、超能力者だ。