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内側の世界を平和にした経験がある藤堂からすると、一番の辛さは孤独であったことだという。様々な人の声が聞こえてくるという意味では孤独ではなかったが、内部ではない、外側の世界の人々たちには理解されないために孤独だったのだという。声が聞こえ、それに伴って様々な指示を送り世界を平和に導くにともなって、外側の世界の人たちからは変人だと思われ、友達もいなくなってしまったのだという。
藤堂は両親にも相談しようと思ったが、多くの人に言われたのと同じように、それは病気だよと言われたらと、不安で話せなかったのだという。
だから、仲間ができたことが、とても嬉しいのだそうだ。
外側の世界を救うことを、ひとりぼっちで達成するのはいくらなんでも辛い。はじめの内は諦めようと思ったのだが、毒電波で今も苦しんでいる人がいるのに、見放して普通の生活に戻ることはできなかった。
彼女は一人でもやりきるつもりだった。内側の小さな世界をではない。外側の広大な世界を救うなんて、まったくもって、無謀だ。
内側の世界にいる住人は百二十人ほどだという。それなら救済も可能だろう。しかし外側の世界は桁が違う。何億と人間は生きてる。
それにしてもまだ現実味が湧かない。
内側の世界。それは一体、藤堂にどんなきっかけで発生してしまったのだろう。本当に病気ではないのだろうか。
まあ世の中、不可思議なことが一つや二つあった方が面白いとは思うが。
そもそも、内側の世界を持っているのは藤堂だけなのだろうか。もっと他にたくさん、いるんじゃないだろうか。それが例え病気であろうとなかろうと、もしそういう人が藤堂以外にもいるのなら、理解者や、仲間になってくれるのではないか。
「それは私も考えたよ」
「どうなの」
「世界全体で見ても数十人。日本には数人しかいないって」
それは随分と少ないが、一応いるのか。だが、ゼロよりは遥かに希望がある。
「どこに住んでるとかは」
「遠い所。東北や関西、関東にもう一人いるらしいけど、その人には会わない方がいいって。ていうか会えないって」
「会えない? 性格が合わないとかじゃなくて?」
「うん。牢獄の中にいるんだってさ。その人、囚人なんだって。内側にある世界を救えずに混乱しちゃって、犯罪に走ったんだって」
物知り村長はなんでも知ってて、ほとほと不気味というか、関心する。
それが事実なら、たしかに会えないし、会った所で仲間にはなってくれないだろう。
となると、関西とか東北とかの人とは仲良くなれるんじゃないだろうか。
さすがに皆が逮捕されている訳じゃないだろう。
「私もこの町を離れるわけにはいかないもの。それに私と同じ現象を経験してる人たちは、全員各地で世界を救うために活動してるらしいんだよ。私もここで活動を続けなくちゃいけないし、会いに行く金銭的余裕も、時間的余裕もない。だから、この町で住んでいる仲間がずっと欲しかったんだよ」
「それが俺というわけか」
「東北や関西の人ともいずれは連絡を取ってみたいけどね。今は無理」
「毒電波の発信を止めなくちゃいけないから?」
こくりと藤堂はうなずく。
「それが終わったら、会いに行ってみたいな。他の皆はどんな風に世界を救ったのか、聞いてみたいもの。大変だったからね、私の内側に存在している小さな世界を救うのは」
「具体的に?」
「みんなが戦争始めちゃったりしたことが一番大変だったかな。血が血を呼び、相容れぬ憎悪がさらに憎悪を呼び、みんなが人間やめちゃいそうになってた。戦争し続ける憎悪の塊みたいなものになりそうだったの。それはパラレルワールドから善に満ちた人々を移動させて、強制的に戦争を停止させてから、善たる人たちの価値観をみんなに植え付けることによって、みんなが優しかったころの自分を思い出して、問題解決したんだけど」
よ、よくわからない。
「……た、大変だったんだな」
「うん、すごく。戦争中、ずっと頭痛に悩まされたこともあったし。大変だったよ。大砲の音が突然、耳に響いたりとか」
頭が痛くなるということは、彼女の脳味噌内で起きている現象なのだろうか。耳に響くというのも不思議な話だ。
それにしても寒くなってきた。
もう日が暮れかけている。
夕陽に照らされ燃えている雲が空を連なっていて、外の世界は地上も空もオレンジ色に染まっていた。
公園からは出て、名残神社に向かうことになった。
今日も毒電波を送り続ける悪を、拝殿で待ち受ける。




