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知り合ったばかりの女子高生を自分の部屋に上げる勇気は持ち合わせていないので、近くの公園まで歩いてそこで話をすることにした。
ブランコにまたがって世界を揺らす藤堂。俺も続いて隣のブランコに座り、視界を揺らした。そして俺はどうしたら救われるのだろう、と思ってみる。答えは浮かばない。
隣の娘が、存分に勢いをつけたブランコから飛び降りた。ずしゃあ、と砂を蹴る良い音を鳴らして着地した。俺はそれに続くのは面倒だったので、漕ぐのを止めて、停止させた。
赤錆のある古びた遊具に座ったまま、手からパン、パンと砂を払い落としている彼女に、尋ねる。
「俺を救うって本当なの。こちとらろくに働きもしない穀潰しで、未来なんか完全に閉塞しているんだぜ」
「任せてよ。私は世界を救ったことだってあるんだからさ」
「君の内部にある世界と、この世界とじゃ大きさがまるで違うんじゃないの」
「自信があるよ。物知り村長もいろいろと教えてくれるしね」
「君がやる必要あるの。世界を救うなんて、たいそれたこと」
「世界平和は世界征服と同じ程度に魅力的。そう思わない」
「別に思わない」
「まあ、とにかく、救われてみてよ。今からあなたを救います」
「じゃあ、よろしく」
「目を瞑って」
「はい、わかった」
言われた通りにする。目を瞑ったまま、次に何が起こるのか少しとぎまぎしながら待ってみる。
だがなかなか何も起きない。
痺れを切らしそうになってしまうが、目を開けたら台無しになる気もするのでもう少し耐えてみる。
それでも何も起きない。
もしかすると、からかわれているのか、と思ったが、藤堂が謎の力を持っている可能性は否定しきれない。俺が自殺志願者だということを簡単に見破ったのは、彼女が超能力者であるという事実を示している。超能力者というか、まるで神さまのような。少なくとも彼女の内部に世界が広がっているのだとしたら、その世界からすれば彼女は神さまのような存在なのだろう。内側の世界を平和に導いたというのなら。オセロで黒が圧倒的優位の状況を、真っ白に変えてしまう。
そんな特殊な力を彼女が持っているとしたら。
でも、まだ何も起きない。
と思いきや。
俺は、全身に毛布を掛けられるような感覚を、味わう。
その感覚はひどく懐かしいような、暖かいような。謎の感覚だ。
これは……人のぬくもりだ。
俺は目を開けた。すると抱きつかれているのだとわかった。藤堂から抱きつかれている。
胸が当たっている。心臓の鼓動がドクン、ドクンと聞こえてくる。柔らかい、と思った。暖かい、とも感じる。しかし、これは、あまりにも。
「あがっ……」
何か言おうと思うのだが、口が上手く動かない。俺は気分が落ち着かないまま、宙に浮いている俺自身の両手を彼女の背に回したくなった。そうすれば、今よりさらに暖かくなると思ったからだ。だけど、それをする前に彼女の方から離れた。
そんなことを言いながら、息を切らして、彼女は両手で顔を隠した。花のつぼみのような感じになっていた。開いていた花が閉じたらしい。そんな言葉が頭をよぎった。ほわんほわんとしてしまった。なんか気持ち悪いほどに、抱きしめられただけでほわんほわんした。つまり、俺は耐性がない。
といっても藤堂の方も耐性はなかったらしいが。
「物知り村長の指示?」
彼女は顔を隠したままこくりと頷いた。
「無理して抱きついたの?」
彼女は顔を隠したままこくりと頷く。
「救われたよ」
彼女は顔を開いて、そんなもんなの、と呆気に取られた風に呟いた。
俺は実際には救われてはいないのだが、もうなんだか阿呆らしくなってきたので、こくりこくりと何度か頷いて、もう大丈夫だ、と言ってあげた。
藤堂は心底ほっとしたかのように肩を上下させる。
「男って単純だね」
表情を崩しながらそう言う。そして再度ブランコに座り、錆の音をギィィとかき鳴らしてから、力強く漕ぎ始めた。壊れそうなほどに。危ないなあと思いながら、俺もギィィと音を鳴らしてブランコを漕ぐ。この無意味な感じが、やや楽しくなってきた。
「男は単純だよ。馬鹿だし」
そう言ってから気が付く。
そうだ、俺は救いようのない馬鹿だ。
ああ、ロープで首をくくりたい。
救われてない。
「あなたは単純だけど、それゆえに救うのが難しい。って、物知り村長が言ってるよ。首をくくりたいって思ってること、村長にはお見通しだってさ」
「すごいな村長。嫌だな村長」
「顔つきを見ればわかるんだってさ、あなたが自殺志願者だってこと」
「村長には外の世界が見えるんだな」
「村長だけじゃない。私の内部に住んでるみんな、施設に行けば外の世界が見えるんだよ。私の目を通して映る世界。映画館のような所なんだってさ」
「よくわからない」
「嘘じゃないからね。本当に世界が広がってるんだよ。私自身はその世界を見れないけど、みんなの声が私に情報を与えてくれる。それを基にして、世の中を平和にしていく」
「情報が大事なんだな」
「うん。だからノートパソコンをいつも手元に置いてる。今日は置いてきちゃったけどね、たまたま」
「まああれだね。俺一人を救えないんじゃ、世界を救うなんて夢のまた夢夢だよ」
「物知り村長が、一計を案じるってさ」
「ほお」
彼女は完全にブランコを停止させて、こちらに顔をむける。真剣な顔つきで。
「国元くん。あのね」
「うん」
「私たちのお手伝いをしてくれないかな」
「お手伝い。俺も抱きつけばいいの? 困ってる人に」
「やり方は人それぞれによって違うよ。それと、あんまりその話、しないでくれないかな」
「なにを」
「いや、だからその……抱きついたこと」
顔を背けてそんなことを言う。最近の女子高生ってもっと、そういうことを気にしないものだと思っていたが、藤堂は奥手な感じなのだろうか。まあ、それはどうでもいい。
「忘れるよ。それと、ボランティアでお手伝いさせてもらうよ」
「本当に?」
「俺は暇人なんだ。首をくくるしかすることがない。だから、良い運動になるじゃないか」
「ありがとう!」
彼女は素直にそう叫んでから、ブランコから立ち上がり、何か決意したかのように両手を拳にして、天に高く突き上げた。
「仲間が増えたー!」
元気はつらつな藤堂さんであった。