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古い建物なのにインターネットを繋げる設備が整っているらしく、藤堂はノートパソコンをいじくり始めて、インターネットの様々なページを開き始めた。
そして拝殿のずれた床に足を引っ掛けてしまいすっ転びそうになった俺の方へと顔を向ける。その藤堂の顔つきは真剣そのものだった。
「被害者は、約二千人以上と聞いているわ」
俺も真剣に耳を傾けてみることにする。それを聞いてからおかしな点を追及していけば、自ずとこの謎めいた女子高生の正体も判明すると思ったのだ。
「どんな被害を?」
「一言でいってしまうと、幻覚」
「まぼろしのようなものを見聞きしてしまうということ? それって……」
「病気ではないの。病気と断定するには、あまりにも不自然な事態がこの町で発生してる」
「この町だけで、二千人……? 被害者の数は多いんだな」
「そう、彼らは被害者なの。彼らは皆、様々な形で幻覚を見せられてしまう。そのせいで社会で生きていけなくなったり、命を落としてしまう人もいるの」
「藤堂は、どこでそんな情報を仕入れているんだ。まさかこの町で亡くなった人全員が幻覚にやられて死んだとでもいうのかよ」
「いえ、教えられるの」
「……教えられる?」
「私の内部で生活している人々が、そう訴えるから。私は、それでこの町で起きている隠れた事件について知ることができる」
「……なるほど?」
一応相槌を打ったが、俺の中では藤堂 風羽美に対する疑心暗鬼が増すばかりだ。いろいろ聞けば聞くほど、より怪しくなっていくんじゃないだろうか。
まあ、とりあえず聞いておきたいことはしっかり聞いておこう。
「内部って? 君の内部で生活しているのは、人間なの?」
しかしこの問いに、藤堂は口を開かない。
やや沈黙が走り、藤堂のマウスをクリックする音ばかりが拝殿内部で響き渡る。
そうだ、なぜこの場所なのだろう。こんなストーブも置いてない寒い所で、どうして何か謎めいた相手を待ち受けているのだろうか。
神さまの力を借りたいと思ったからだろうか。彼女は不安だったのかもしれない。一人で立ち向かうというのは何事においても困難で、謎めいた怪物なら尚更不安だろう。
「私が神さまなの。内部にいる者たちにとっては、私こそが神さまなの」
「え」
「神さまは、みんなに指示を送るの。世界を平和にするために、神さまはここをこうするともっと住みやすくなるよ、ってみんなに命令するの。するとみんなが命令通りに動いて、世の中は少しずつ良い方向に改善されていくの。……で、私は私自身の内部に発生した世界を救ったの。恒久の平和が訪れたの」
「何をいっているのか、まったくわからないよ」
「私たちは、世界を救うの。そのために、まず、この町を救うの」
「えぇ」
「幻覚や幻聴を発生させる、毒電波を発信しつづけている奴が、この町のどこかで隠れている。そして奴はおそらく、私の存在にも気がついている。だって、連中は毒電波を通じてこの町の住人が何を考えているのかもお見通しだもの。毒電波は送信だけでなく、受信も可能なのよ。これも全部私の内部にいる、物知り村長が教えてくれたこと」
「物知り村長はその名の通り、何でも知ってる」
「そうなのそうなの。ちょっとずつわかってきてくれたみたいだね」
「わかるのと、信じるのとは別だよ」
「信じてくれないの?」
小首をかしげながら、そんな風に言う彼女が実はかなりの美人というか、そこら辺のアイドル顔負けに可愛いということに、俺は気が付いた。髪の毛とかからだろうか、いい匂いがした。
思わず、少しの間ポーッと見つめてしまうほどだ。
いやいや、と首を振り、視線をノートパソコンへと向ける。
危なかった。俺が毒電波で頭をやられるところだった。
「とにかく物知り村長さんが、君の中で生活しているわけだ」
「彼だけじゃないよ。百二十人ほどはいます。私の中で住んでる」
「で、その人たちは人間なの?」
「人間だと思うよ。だって言葉が通じ合うんだもの」
「宇宙人かもしれない。言葉が通じ合う機械を使っている宇宙人。で、君を騙すためにいろいろと嘘の情報を与えてるのかもしれない」
「そんなはずない。たしかに今日は村長の情報がうまく機能していないみたいだけど、たまたま。いつもはこう、しっかりとした情報を私に与えてくれてて……この間も、学校の同級生を私は救ったんだ。その人は自分は病気なんだって言ってたけど、村長によればその人は毒電波を受けているだけだったから、私は彼女を説得したの。病気じゃない。薬、飲まなくていい。私が毒電波を出している張本人をおびき寄せて倒すから、それまで待っててって。そしたら変な顔してどっかいっちゃったけど」
「救ってないと思うぞ、それは」
「少なくとも、私の内部にある世界を私は救ったの。その経験を元にして、この外の世界にはこびる悪を蹴散らして、平和な世界にするの」
「別に君がやらなくてもいいじゃん。そんなこと。しかも十分この町は平和だし」
「そんなことないの。問題は山積みです」
「例えば?」
「首吊りで自殺してしまいそうな人がいること、とか」
俺は吃驚して、その場から逃げ出した。
なんだあの女、と思いながら。