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元が外出をほとんどしない人間なので、自転車がひどく懐かしい。
燈名くんと一緒に隣の地域に向かう。阿漕、と言う名前だ。
「これは現実逃避そのものだ」
「現実逃避、ですか。僕も、逃避してますか」
「燈名くんもしてるよ。ていうか、世間の大勢が現実逃避してるに違いないよ」
「じゃあ、いいんですかね。みんなやってるんだから、いいんですかね」
「しすぎは厳禁なんじゃないかな。きっとだけどね、俺なんかは現実逃避のプロ級だよ」
「やばいっすね」
「燈名くんが今からする藤堂捜索だって、俺と同じくらいプロ級の逃避者がやることだぜ」
「僕はこれが逃避だとは思ってないです」
「じゃあ、何なんだい」
「わかりません」
そんな会話をしてから、漕ぐこと約一時間。阿漕に到着した。
藤堂の居所に心当たりはあるのか、と燈名くんに尋ねると、僕が捕まっていた場所なら覚えていますと返される。まあ、まずはそこだろう。だが以前と同様のパターンだとすると、当然、本部は別にあるから自分たちで探さなければならない。
藤堂は本部を襲撃するはずだ。なら、俺たちも本部で待ち受けていればいい。
それとも神社を手当たり次第に探した方がいいだろうか。いや、神社で待つという手法はあまり効果的ではなかった。藤堂ももう神社を利用していないだろう。
とりあえず、燈名くんに案内され、人気の少ない商店街にたどり着いた。
シャッター商店街だ。燈名くんはここの建物の一つに運ばれ、怪人への改造手術をされそうになったのだそうだ。
この近くに本部もあるのだろうか。
「あればいいですけどね」
燈名くんの口調はやけに暗かった。その日の事を思い出してしまったのだろうか。
かわいそうなことだ。
大人の俺でさえ、あれはトラウマになる。
そういう犠牲者を生まないためにも、藤堂は阿漕を救うのだろう。
いや、違う。
あいつが救おうとするのは阿漕や俺の街だけじゃない。本当に怪人0号だけで世界を救おうとしているのだろう。彼女たちは奴らに作られてしまったからこそ、作った張本人どものチェッカーを滅ぼさずにはいられないのだろう。
たとえ計算された紙上で踊らされているとしても、用意されたステージだとしても、だ。
そうだ。だから、計算外の存在がいても、オッケーなはずだ。
むしろ計算外の存在がいた方が、怪人たちにとって都合が悪いんじゃないだろうか。俺や燈名くんのように悪に気がついた者がいる。
これから更にその人数は増えていくだろう。
そういう人たちの力が結束さえされれば、怪人たちにも引けを取らないんじゃないだろうか。危険だが、やる価値はあるかもしれない。そうなるための手段を俺はわからないが。
ともあれ、今は優先するべきなのは、本部の発見だ。あるいは藤堂を見つけ出すことだ。
俺と燈名くんは、シャッター街を、何気ない風を装って通り過ぎた。そして一度通り過ぎたのをまた戻っていく。
「ここです」
燈名くんが小さな声で教えてくれる。
何の変哲もない、シャッターの閉まった店舗。
自転車から降りて、シャッターに耳を当てて、中に誰かいるかどうか調べるが、どうやら音が無いので誰もいないと思えた。
いい作戦を思いついたので、「中に入ろう」と燈名くんに告げる。裏道に回ってそっから入れそうな所を見つけようと思ったのだ。作戦名は、「THE 待ち伏せ」。
都合良く裏口を見つけることにも成功した。戸に鍵が掛かっていたが、窓ガラスを割って内側に手を伸ばすことによって開錠に成功。
二人で侵入し誰もいないことを確認してから、息をふぅと付いた。
今の所、怪人はいない。手術台がスペースを多く取って設置されている。元は服屋だったらしく、いたるところに服が散乱していたり、ハンガーにかかっていたり。
長丁場になるかもしれない。
何時連中がやってくるか、わかったものじゃない。
だが、うまくいけば連中の本部がどこにあるのか判明するかもしれない。
「ここで待とう。悪いけどコンビニで食料を調達してきてくれ。刑事みたいにここで張り込みだ」
「そうですね。これなら、うまくいくかもですね」
燈名くんもわかってくれているらしい。「THE 待ち伏せ」の作戦内容を説明する手間が省けるというものだ。頭がいいんだな、燈名くんは。
というわけで待つ。
日をまたぐ程待つことになったらどうしようとは思う。なにせ雪も降る寒い季節だから、こうやって外で息を潜めていたら、寒さばかりが敵だ。
だがこうするのがもっとも早い。
誰かが怪人に改造されるのを指を咥えてみていなければ、いけなくなるのかもしれないが。
連中が改造を終えて出て行くのを追跡して、本部を突き止める。
とにかく今は、根気強く待つだけだ。
そして、その時は案外にもすぐに訪れた。
たったの数時間で、人気のないシャッター商店街が騒がしくなる。
おそらく十人程度はいるだろうか。
「楽しい楽しい、改造ターイム」
「怖がらなくていいよー」
「ちょっとチクッとしちゃうけど我慢してねー」
連れてこられたのであろう何処にでもいる普通の人に好き勝手いいながら、連中は程度の低い遊びに興じている。これからその人を改造するつもりなのだ。
俺と燈名くんは顔を見合わせてから、互いに神妙に頷いた。この場で彼を救うことは難しいが、きっと本部に行けば薬もある。俺たちだけでは何もできないが、きっとその場に藤堂も現れるに違いない。そして俺たちは藤堂を援護し、それで連中を撃退する。勝つ。薬もGET。
キュイイイインンンと音が鳴り響き始めた。
地獄の深淵で聞くかのような絶望を感じる。そんな音だ。改造がはじまった。
ガチャ、ギャ、グ、キュイイイイイン
ゴ、ギ、ガチン、キュイイイイインン
ガラ、ン、ギ、ヴ、キュイインン
心臓が太鼓に叩かれているように脈打つ。
あるいは心臓マッサージを受けているかのように。
燈名くんの表情もわさびでも塗りたくったみたいに真っ青だ。
バレれば一貫の終わり。
今改造されている人と同様、捕まって怪人にされてしまうだろう。
手足が寒さとは別の理由で震える。
約一時間程度だろうか、俺たちは怯えながら手術の終わりを待った。
しかしそれもやがては終わる。
一時間と三十分ほどだろう。
「あーもう終わりとかマジつまんね」
「改造成功かー。失敗したら廃人だぜ、よかったねー」
「んじゃ戻るとすっかー。祭りは終わりだー」
連中はそんな会話をしながら用具などを片付けて、手術台だけ残して立ち去っていく。俺たちはその後をつけるべく、音もたてず慎重に立ち上がり、自転車の方へと向かう。だが連中は歩きなので、自転車は都合が悪い。
かといって何処かに自転車を寄せておく暇もないので、裏口のところに置きっぱなしにして、通りに出た。
後を追跡する。




