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誰もいない。人っ子一人の気配すらない。
俺だけしかいない。だから、何も起こらない。
この街にまだ怪人は生きているはずだが、藤堂がいない以上連中がここを襲いにくることはないだろう。ここにいても、どんな出来事も起こりはしない。
でも俺は、ずっとそこにいた。
木々の風に揺れるざわめきばかりが鳴り響く、名残神社の建物の影に潜む。
でも別に何にも起きない。
「暇なことは悪いことじゃないんだ。人生にとって、暇とは幸福な時間だ」
寒さに震えながら、そんなことをつぶやき、コーヒーを飲む。
まったりとした幸福な時間だ。
そう、これは幸福なんだ。
「藤堂は別の街に行ってしまった。怪人たちはもうここには現れない。本部にあった様々な高価そうな機械も破壊したのだから、ひとまずこの街も安全のはずだ。それのおかげでやってきた暇だ。もっと、幸福を噛み締めるべきなんだ」
『本当はそう思っていないだろう』
声が脳内に響いた。慌てて届けてもらった薬を一錠飲み込んだ。まさか再発するとは思わなかった。しかし、それも薬を忘れずに飲めば、おさまるのだ。
『おさまって欲しくないんじゃないのか』
「なんでそうなるんだよ。俺は平和が街に訪れて俺自身も平和な日常に戻って、それで満足な気分だよ」
『じゃあなぜ、この神社にやってきた』
「それは……」
『お前は待っているんだよ。ただ待つことしかできないから、待っているのだ。それしかできないから!』
「待ってちゃ悪いのか。そうだよ、俺には待つことしかできない。怪人と戦うこともできないだろうし、藤堂を手助けすることもできない。あいつには俺の手伝いなんていらなかったんだ。あいつは自分と、あと他の怪人0号だけで世界平和を実現しようとしてる。俺なんていらないんだ」
『怪人になればいい』
「あんな経験は二度とごめんだ」
本当は、興味があった。俺は薬を服用していたが、もしこれをやめて怪人のまま生き続けたらどうなるのか、何度か考えた。
俺には多少の、怪人になってもいいという気持ちがあるのだ。
あんな経験は最低に最悪だが、しかし同時に、最高にはじけていた。
またそんな経験ができるんじゃないかと期待する気持ちがあるから、こうして神社に赴いているんだ。
そう、怪人0号に俺もなりたい。
そんな幼い子供じみた思考回路がある。
「なあ、こういう考え方って俺だけかな。聞いてるかな、声」
しかし返事はこない。
さっきは急に現れて話しかけてきた癖に、もういなくなってしまったらしい。
ため息が出る。
「そんなことありませんよ」
急に背後から話しかけられた。振り向くと、そこに燈名くんがいた。
俺の独り言を聞いてたのだろうか。とすると、だいぶ恥ずかしいが。
「僕も藤堂さんを手伝いたいと思ったんです。役に立ちたいって」
「燈名くんは、藤堂のような人が羨ましく思うことはある?」
「自由で、力があって、世界平和という大事に挑戦している。そう考えるだけで、すごいと思ってしまいます」
「俺はね、羨ましいよ」
じゃあ一緒に僕の住んでる街に出向いて、彼女を探しませんか。と燈名くんは俺を誘ってくれた。彼はひとりでも藤堂を探しに行くのだろう。俺は、首を横に振った。
怪人でもなんでもない俺が出向いた所で、彼女の手伝いはきっとできない。コンビニで食料調達をしてあげる程度しか無理だと思う。それは、残念ながら格好悪いし、退屈だ。
「やめたほうがいいよ燈名くん。藤堂なら一人でもやっていけるさ。悪党は、怪人0号に何とかしてもらおう。きっと彼らなら、世界を平和にできるよ」
「しかし彼らは怪人0号が戦いに挑んでくることを計算済みで」
そうだとしても、きっとやってくれると俺は思う。だから、いかない。
そう告げると、意気地なしなんですね、とハッキリ軽蔑された。
俺はにわかに腹が立ち、何か燈名くんが傷つくことを言ってみようかと思ったが、クソガキとかそんな馬鹿みたいな言葉しか浮かばないので、黙り込む。
すると彼も黙り込んでしまって、互いに睨み合う形になってしまった。
先に口火を切ったのは、若輩の燈名くんである。
「僕、もう行きます」
別れの挨拶というわけだが、彼が背を向けた途端に、言いたいことが湧いて、口走っていた。
「俺も行く」




