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 退院してからの一番の出来事は、藤堂の姿が見えなくなってしまったことだ。

 夜の神社にも姿を見せない。

 薬の礼をしようと思うのだが、俺は藤堂の自宅がどこにあるのかも知らないのだ。向こうから現れてくれない限りは、会うことはできない。学校に張り込んだりとか、藤堂の家を探したりだとか、そういうことをするほど切羽詰まった用もない。

 いまや真っ赤な景色も見えなくなり、健康体そのものだ。

 自殺したいという精神の不調はあるが、以前よりも激しくはない。

 俺は山に登って、街を見下ろす。

 この頂上から藤堂の姿でも見えたりしないかな、とも思うが、そんなことは残念ながらない。

 家に戻るが、することがない。

 神社にも言ってみるが、人っ子一人いない。拝殿の中を覗いてみたが、ノートパソコンもすでに置かれてはいない。忽然と、彼女は姿を消してしまった。

 まさか、新たな怪人にやられてしまったとか。あるいは、他の街に出向いて活動を始めたのだろうか。後者の方が可能性が高いような気はする。

 とりあえず今の俺にできることは、彼女の安全を願うことくらいだ。

 神社でおみくじを引いた。そしたら大吉だった。

 公園でブランコを漕いでみた。そしたら子供連れの親に怪しい目を向けられた。

 自動販売機で飲み物を買ったら当たりだった。大吉の効果が早速現れた。

 そんな程度で、他にすることもない。

 平和な日々を送ることになった。首吊りも入院生活を送ったばかりなのでしばらくはする気にならない。

 毎日ネットサーフィンして、映画を見たり、ドラマを見たり、アニメを見たりする。ブログを見て回ったり、ブログを書こうと思うがやっぱりやめてしまった。

 旅行にでも行ってみるかとも思ったが、行きたい場所が思いつかない。

 買いたいものもない。買いたいという気持ちにならない。

 軽度のうつ病かよ、と自分でも自嘲するほど、行動力や生命力が湧いてこない。

 手伝いたいな、と漠然と感じる。

 藤堂の手伝いをすることは、俺にとってはかなり楽しいことだったと、彼女がいなくなってからそれを実感する。怪人になって怪人と戦った経験は、正直、刺激的だった。

 毎日夜に神社で怪人を待ち伏せしていたのも、家にこもっているよりは、実のある経験だった。

 失ってからその大切さに気が付くとか、そんな感じかもしれない。

 俺は毎日のように神社に通った。現れるはずもないのだが、怪人か藤堂かのどちらかの登場を待つ。いつもコンビニでパンを買って腹ごしらえする。深夜になる頃に家に帰る。何をしているのか親に尋ねられても適当に答え、俺は部屋に篭ってまたノートパソコンを開き、『夢見ヶ島』にアクセスする。『声が聞こえる』というスレッドは相変わらずのびている。

 世界に平和はまだ訪れていないのだ。世界各地で怪人たちは活動しているということだ。しかも世の中の暗いところでのっそりと動いている。

 もしかしたら、俺一人でも何かできることがあるのではないか。

 せめて良い返信を行えればと思うのだが、なかなか言葉は難しい。

 結局ろくな返信ができないまま、眠くなり、ベッドに横たわってしまう。

 一時間くらい考え事をして、その間に眠気が濃くなり、気が付けば眠ってしまい、次の朝がやってくる。そしてまた同じような繰り返しをする。そんな生活だ。日々だ。

 昼は親が作ってくれる料理を食し、食べ終わるとネットに熱中し、夕方頃には神社へと向かっていく。夜の寒い間にジャムパンを食ったり、暖かいコーヒーを飲んだりしてる内に、結局誰も現れないまま深夜になる。

 進展のない毎日だ。次第に俺は神社にも行かなくなり、家に完全にひきこもった生活を送るようになった。こんな生活を送っていては駄目なのだとわかりつつも、他にどうしようもない。社会で上手くやっていける自信もない。アルバイト?できるはずがない。入院している時に勧められたデイケアというヤツに通うのもありか。いや、どうだろう……。

 今まではこうやって悩むと、首吊りをしようという結論に至るのがいつものことだった。だがそれが封じられている今、結論はなかなか出てこない。

 現実逃避に等しいことしか、思いつかない。藤堂と神社で見張りをするのもそうだ。あれは逃避だ。

 社会復帰ができないから、俺は現実から逃げ出していた。

 アルバイトでもすればいい。

 デイケアに通えばいい。

 そうすれば一歩前進ということになる。

 だけどそれが恐ろしいから、現実逃避を続けている。

 深く考え、悩んでいる途中。チャイム音が鳴った。

 まさか、と思った。

 俺は一階へと降り、インターフォンを覗く。

 映っていたのは、藤堂 風羽美、ではなかった。

 知らない男だった。



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