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今日もうまくできなかった。首吊りは頚動脈と椎骨動脈をばっちり紐で押さえ込まないと意識を失えないのだ。使用道具を電気コードからロープに変えてからというもの、何度やってもうまく意識の喪失を体験できない。

 かといって、電気コードは途中で切れてしまう強度の問題がある。それに首吊りに手頃そうな電気コードはもう手元にない。

 希望がみるみるしぼんでいく。

 このままではだめだ。死ねない。

 死んでるようにして生きてる俺。これは生きろという意味なのだろうか。生き恥を晒せという意味なのだろうか。

 それは違う。俺は死ななくてはならないのだ。

 タオル、ネクタイ、ギター用のシールド、ベルト、ロープ。様々なもので、死ぬために首をくくってみる。

 しかしやり方が悪いらしく、どれを使っても死ぬところか、意識すら飛ばない。

 なんで死ねないんだ。

 虚しさが募り、やるせなさが一杯に満たされる。仕方がないので階段から離れ、自室に戻ってノートパソコンを起動した。そして悔しさと共にネットサーフィンしたり、エロ動画を漁ったりした。そしたら体が長針で串刺しにでもされるような、虚無。虚しさが増した。うすら寒さすら感じるほどに、自虐的な気分に陥った。

 どうにかなりそうになりながらチャンネルを手に取り、テレビを点ける。

 そこにも俺を虚無化させる要素がてんこ盛りだった。

 幸せそうにグルメリポートをする芸能人や、俺より若い年齢なのに活躍しているオリンピック選手たち。すべてが成功者であり、俺に虚無攻撃を与える。俺はひどいダメージを受けて、チャンネル再度手にとり、テレビの電源をオフにした。

 こんな時は気分転換だ。

 外に出る。

 昨日の雪がまだ残っている中、夜道をグイッ、グイッ、と音をたてながら進んでいく。

 月が夜道を照らし、虚無をも巻き込んで光をあまねく大地にもたらしていた。

「寒い」

 道を歩いて、どこまでも行きたい気分だった。

 歩き続ければ体も暖まり、寒さを忘れることができるだろう。

 

 そのことは神社で起きた。

 その神社は家から近くで、徒歩二十分にて到着するところだ。

 名残神社、という。

 街灯一つついていない公園で懐中電灯を使いながら足元を確認しブランコをしたり、ジャングルジムに登ってみたりしたし、それに加えて長い道のりを歩いた。体は十分に暖まった。そんな中到着した名残神社で、お賽銭を投げておこうと思い、立ち寄ったというわけなのだが。

 やはり街灯が一つも設置されていないその場所で、賽銭箱に五円を放り投げたその時、俺は気がついてしまった。幽霊がいる、と。

 拝殿の扉の合間から、うっすらとした光が漏れている。まるで、人魂が発するぼやんとした光だった。とても不気味だ。

 こんな時間に人がいるはずもない。さらには人の喋り声のよなものも聞こえてこない。肝試しの学生が暇つぶしに拝殿の中に入り込んでいるという訳でもなさそうだ。

 幽霊がいるのかもしれなかった。

「ひゃぇえ」と俺は典型的な声を漏らして、数歩後ずさってから、すぐ近くに箒が立てかけられているのを発見した。神社の人が仕舞い忘れたのだろう。

 妙に馴染むそれを手に取って、武器とし、両手で構えて、ごくりと唾を飲んだ。

「いける、いける、大丈夫、なんの問題もない」

 強く言い聞かせながら、自分でも腰が引けているのがわかっていながら、俺は拝殿へと突き進んだ。俺がひきニートだからといって馬鹿にしないで欲しい。こんな俺でも勇気を振り絞る時はあるんだ。もしかしたら幽霊じゃなくて賽銭箱泥棒の可能性だってある。ぼやんとした光は懐中電灯の可能性もよく考えたらある。いろんな意味で、危ないというか、とにかく危険だ。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 いや、やっぱり危ない。引き返そう。拝殿の閉じられた扉を開く必要はどこにもない。もし中にいるのが幽霊だとしたらトリツカレテしまうかもしれないし、賽銭箱泥棒だったらナイフで襲われてしまうかもしれないのだから。

 しかし何故だか、どうしてだか、こういう時には足が進んでしまうものらしい。怖いもの見たさというヤツだろう。一歩、一歩、俺は突き進んで扉に手をかけた。

 が、扉が勝手に開いた。

 俺が力を込める前に、何らかの力によって扉が。

「だ、だめだこりゃあ!」

 俺は恐ろしさのあまりそう叫んでしまってから、後ずさりしてしまい、そして階段を踏み外し、賽銭箱に頭の後ろから突っ込んでしまって後頭部を痛めた。だが問題は後頭部どころではない。急いでこの場から逃げ出そう。こんなところひきニートには敷居が高すぎて来るべきではなかった。幽霊にしろ泥棒にせよ、俺の手には負えない!

 箒を投げ捨てて、走って逃げようと思った。

 全身全力で名残神社から距離を置こうとした。

 しかし、だ。

「待って!」

 思わぬ声に驚く。無理をしてはいない自然な調子での、いくらかの甲高さを持ちつつも、柔らかさを内包しているかのような声だ。案外にも、まさしくそれは女の声だった。

 俺はそれで気が緩み、走り出そうとしていた両足の向きを、その人の声が聞こえてきた方角に向き直す。彼女がどんな人間なのかはわからないが、拝殿の中に隠れていたところを見ると、やはり賽銭箱泥棒なのだろうか。

 そう見当をつけた頃に、彼女はゆっくりと告げる。まるでスローモーションのように。

「……私は、ここにいる」

「へ?」

「私は、ここにいる!」 

 歯を噛み締めるようにして彼女は言うのだった。ワタシハココニイル。

「待ち侘びたわよ、諸悪の根源! あるいはその部下!」

 マチワビタワヨ?ショアクノコンゲン?

「意外にもどこにでもいそうな貧相な男だけど、まんまと引っかかったみたいね。女が一人でこんな場所にいることはお前たちにとっては好機。でも甘かったわね、私は十分な用意をしてきた。あなたが諸悪の根源か、あるいはその部下ということはもうわかっているわ。おとなしく、成敗されなさい!」

「ちょ、ちょっと待って、何を言ってるのかわけわかんね……」

「黙れ、このくず!」

 洒落にならないと思った。

 なぜなら、彼女が手に持っているのは金属バットだったからだ。

 俺は再び箒を手に取ったのだが、そんな俺に容赦なく振り上げてきた。金属バットをである。俺は正直、失禁する寸前だった。が、あっけなくやられるわけにはいかない。軌道さえ見切れば、箒を使って攻撃を受け止められるはずだ。

 自分でも意外に思うほど冷静な心持ちで、俺は女の攻撃を箒の柄の部分で受け止めた。だが一撃でぐしゃりとひしゃげてしまう。もう箒ガードはできない。

 こうなれば言葉で説得するしかない! 

「ま、待ってくれ。俺は何も」

「うるさい化物! 本当の姿を現しなさいよ!」 

「うおお! マジでストップ! やめて!」 

 がきーん。

 すごくいい音が鳴った。俺の頭頂部にかなり気持ち良いであろう一撃が入った。

 金属バット。

 

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