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しかし、陽が昇っても、藤堂 風羽美は帰ってこなかった。
待てど暮らせどではいられないと、俺は真っ赤な朝日を眺めながら、自分を縛り付けている鎖を弾き飛ばすことに決めた。
さすがに怪人になっただけあって、力はすごい出る。鎖は、本気を出せばすぐに壊せた。
「藤堂が危機に陥っているかもしれない」
そんな予感が強い。藤堂は殺したい存在などではない。俺はあいつを手伝うって約束したはずじゃないか。今なら大丈夫だ。視界は真っ赤なままだが、きっとあいつを手助けできるし、途中で誰かに危害を加える前に、早朝なら人の数も少ないから、急ごう。
『本当に大丈夫かな?』
そんな声が聞こえたが、シカトする。
俺は傘を拾い上げ、さらに傘に鎖を巻き付けることで、即席の武器とした。
走り出す。
道ははっきりとではないが、覚えている。どこまでも走り抜ける。
人が途中何人かすれ違ったが、そのどれもを殺したくなりそうだった。そうなる前に目を背けて対処した。こんな調子で大丈夫か、と我ながら思ったが、とにかく今は急ぐことだと自らに言い聞かせる。
陽が昇ってからでは遅すぎたかもしれない。もっと早く、危機感を持っていれば。
いくら藤堂 風羽美が強い女子高生だといえども、多くの怪人蔓延る本部を潰すのは、あまりにも無謀だったのではないか。というか、そもそも、なぜ藤堂はあんなに強いのだろうか。
まさかあいつも、怪人なのだろうか。
いや、そんなはずはない。
怪人と敵対関係にある藤堂が、怪人のはずもない。
『藤堂はスペシャルなのさ』
「スペシャル?」
『ちょっとしたことで記憶は簡単に修正される。あいつ自身が忘れているのさ』
「お前は知ってるのか」
『知っているさ。藤堂は世界平和のために戦う女の子。そんなんじゃないってさ』
「だったら何者なんだよ」
『お前が会いに行って自分で聞いてみろ。だが、ヒントをやろう。ヒントは、0だ。数字の0』
「0?」
『これ以上はやめておこう。さっさと彼女を助けに行くことだな』
「言われなくても」
そうするに決まってる。
再び走り出す。
しばらく街中を駆け抜けた。怪人になったおかげで息はなかなか切れない。
しかし、幻覚が見えた。真っ赤な景色の中で、唯一それだけがしっかりとした色彩を保っている。
それは俺だった。それは俺自身が首を吊っている光景だった。首が長く伸びきってしまっていて、絶望的に虚ろな表情、つまり死んでいる俺だった。何でこんな時にそんな幻覚が見えてしまうのか、意味がわからない。
吊っている俺は、弱者そのものだった。
弱っちい俺が世間の荒波に揉まれ、あるいは揉まれる前に、人生をドロップアウトしている姿そのものだ。
そして首を吊っている俺が、俺に向かって話しかけてきた。
「「「「「「お前には、ムリだ」」」」」」
無理じゃない。俺は女の子一人助けにいけない程、弱っちくなんかない。たしかに今の俺は危険な犯罪者予備軍のようなやつだ。いまも真っ赤な景色の中を歩く人間を、殺してしまいたいという衝動が内心で疼いてる。
しかし、俺はこんな幻なんかに負けない。
そうだ、こんなのへっちゃらだ。
鎖を巻きつけた傘で、首を吊っているその男を斬った。何度も繰り返し、一度や二度では済まずに斬り裂いた。すると鮮血のような赤が、その男の体内から溢れ出て、景色に溶けた。それを何度も行うと、やがてその赤は止まり、吊っている俺は周囲の景色と同じ、真っ赤に染まった。
何とか心を落ち着かせて、俺だって彼女を救える、と頭の中で暗示をかけるようにして何度も呟いた。
その回数が百を超えた頃に、走るのを再開した。
街の外れにやがて到着する。
そして、廃工場がある。
そこの裏口の方へと回っていく。
音を経てぬように慎重に、連中の本部と思われる空間に足を踏み入れる。
もぬけの空だった。




