勇者がやって来ました
完全にとはいえなくともとりあえず平和なこの日本において、はっきり言って「勇者」なんてものは不必要だと思う。
魔物なんていない。死人もうろついていない。盗賊もいない。
そもそも「勇者」ってなんだ。ゲームの世界か。
ゲームや本の世界にしかそんなものは存在しない。
私は漫画も読むし本も読むしゲームもするが、あれはあれ、これはこれ、とはっきりと分別はついている。
自分でいうのもなんだが、私はかなり現実主義で冷めている部分があると自覚している。友人にも太鼓判を押された。
だから、はっきりと言わせてもらう。
「帰れ」
というか、なんで私が図体はやけにでかい癖になんでか怒られている大型犬みたいな錯覚が見える男にこんなことを言っているのか。
ちなみに腕を組んで仁王立ちしている私は身長150センチ。牛乳飲んでたのに伸びなかった・・・おかげで骨は丈夫だけどね。
目の前に正座している(正確には正座させた)やけにキラキラしい金髪の男は多分二メートル弱。
立っていても大して見下ろせないこの身長差ってなんだ。
しかも日本人離れした長身のくせにモデル張りな均整のとれたスタイルと、金髪碧眼のどこの王子だといった風貌。笑う顔はそりゃあ女性の心を鷲掴み!!ってくらい整っている。映画のスクリーンの画面越しでの目の保養で十分である。
そんな美青年と私は現在睨みあい中・・・ただし睨み付けているのは私だけで、相手はただ真剣な目で見返しているだけだけど。
バリトンボイスで奴はきっぱりと言い放った。
「帰らない」
「帰れ」
「帰るならヒナコも一緒だ」
「断る」
「断るのを断る」
このやり取りも疲れてきた。キリがない。
「レオ・ルーデンス!」
びしっと指を指して(本当は人を指差しちゃいけない)私が男の名前を呼ぶと、男――レオは嬉しそうに「何だ、ヒナコ」と笑った。
そこ!!笑うところじゃないから!というか私が怒っているのがわかっているのかこの男は。
「あんた自分の立場解ってるでしょう?勇者よ勇者!世界を救った勇者様!英雄!聖女様か王女様を妻に迎えて将来安泰!先は国王大神官!そんなあんたがどうしてこっちにいるのよ」
「ヒナコを迎えに来たんだ。何も言わずに帰るなんてひどいじゃないか。それにヒナコも共に世界を救った仲間だろう」
この電波みたいな台詞を美形が言うと、冗談に聞こえないのが不思議だ。というか、そもそも相手の服装が非現実的だった。
中世ヨーロッパのコスプレかと聞きたくなる、まさしく甲冑姿である。新品のように汚れ一つ、傷一つなく、銀色に輝いている。それがしっくり似合っているので違和感がないのが逆に違和感。
対する私は淡い黄色のワンピースに黒のボレロ。普通の服だ。
そして現在私たちがいる部屋は、1LDKの私の住んでいるアパートである。
フローリングの部屋に金髪の甲冑男と、純粋日本人の黒髪の私。ちなみに私はただの女子大生。
異様だ。
明らかに異様な空間だ。
「救うも何も、私はあんたたちが言うとおりにしただけ。向こうの世界は平和になったんでしょう?なら私はお役御免。必要ない。私も居たくも無い世界にいる理由は無い。というか、何も言わずに帰ったというか強制送還されただけだし」
「それは俺の意志じゃない」
「あんたの意志じゃなくても、それ以外の人間の全員の意志なの」
他人に言えば、「え・・・ちょっと病院でも行った方がいいんじゃない?」と言われそうなので絶対に言わないが、約一年前、私は異世界召喚という非現実的な出来事に巻き込まれ、約一年間リアルファンタジーを体験した。
なんでも魔族によって世界は滅びかけ、そんな世界を救うために勇者と仲間が選定された。そして、魔族の住む世界と人間の世界を分断するための扉を作り出す巫女が、異世界から召喚された。
それが私だった。
どうして私だったのかというのかいまいちよく解らなかったけれど、向こうの世界の神様が選んだらしい。
神様。もっと適した人間いたんじゃない?と言いたい。
巫女召喚は聖女様とやらが行うらしく、わけのわからないまま呼ばれた私の前には、超美少女な聖女様がいた。
生憎私は「貴女の力が必要なんです、巫女様!」と言われて「わかった!私が世界を救う!私がやらなきゃ!」なんてやる気にあふれるような人間では無い。そんなもの求められても困る。
けれど、「役目を果たさなければ元の世界に戻れません」と言われて仕方なく。本っっ当に仕方なく巫女とやらを強制的に引き受けることになった。
そして、魔族討伐の為に人間の中から選ばれた精鋭。
勇者。魔女。神官。騎士。戦士。そして聖女。
はっきりいって人間離れした人間達ばかりである。しかも全員無駄に美形だ。
そこに現代日本人な、何の特技も無い私が入る。
もう私いらないんじゃない?あんたらだけで魔族とやら滅ぼせるんじゃない?ってくらい、彼らは強かった。
というか平和な日本で生まれ育った私にとって、戦いなんて無縁なもの。ずっとびくびくしながら隠れてました、はい。
だって怖いよ!?
普通に見たことない動物とか(魔物というらしい)、盗賊とかゾンビとかいるんだよ?
ゾンビとか超怖いよ?ホラー映画で見るようなゾンビが気持ち悪い虫とか液体とか振りまきながらこっち走って来るんだよ?アレを見た時数日間うなされていた。
大きな熊とライオンが混ざったような三メートルくらいの生き物は岩とか木を投げつけてきた。目の前に自分の二倍はあろうかという岩が降ってきた時は本気で「あ、私死んだかも」と思った。
漫画なんかで、魔族には美形がいたりするけど、実際そんなのほとんどいないから。魔王とやらは人間に姿が近いらしいけど、私は見ていないから知らない。赤黒い肌で目が濁った緑色の、関節の位置がおかしい生物が、気持ち悪い魔法陣とやらを描いて、何もない空間から炎とか鎌鼬とか起こすんだよ?あんなものよけるの普通の人間には絶対無理だから。
ファンタジーに憧れる方々に言っておく。
リアルファンタジーは憧れるようなものじゃない。
まじでサバイバルだから。
巫女とやらで召喚された私は当然役立たずである。
剣を握ったことも無ければ弓を触ったことも無い。
そもそも、何かを傷つけるなんてことしたことないし、したくもない。
一応目的を果たすまでは必要な巫女だから死にそうな場面では守ってくれたけど、それ以外は放置。おかげで生傷は絶えなかった。
一緒にいるのも嫌そうな雰囲気はひしひしと感じた。
空気読む日本人なめんなよ。
どうやら私が黒髪黒目っていうのも原因だったのだろう。日本人の大半はこの色なんだけどね。
向こうの世界では黒は魔族に繋がる色だから。という理由らしい。
実際、初めて異世界に行ったとき、殺されかけました。でも神様が選らんだという印があったのでどうにか助かった。
神様。そんな事実があるのなら日本人以外を選んでくださいと言いたい。
ちなみにその時私に剣を突き付けていたのが、勇者パーティーの一人である騎士だった。妙なことをすれば即切るという視線がずっと痛かった。というか怖かった。まじで。
どこへ行っても人に白い眼で見られるので、私は始終フードを目深に被って過ごしていた。
目立たないよう髪を染めろと言われたけど、断固拒否した。そっちの勝手で異世界に召喚されて、どうして何もかも言うとおりにしなきゃならないんだ。
今まで一度も染めたことない黒髪は、私にとって何となく譲れないものである。それを他人の都合でどうこうしろと言われる筋合いは無い。
不本意な異世界での旅ということもあり、私は周りの人と距離を置いていた。
そんな中、唯一勇者であるレオだけは、私に普通に接してきた。
困っている人がいたら、全身全霊をかけて助けるし、種族が違っても分け隔てなく接する。自分の信念を決して曲げない。
最初は「どうせ勇者って言う肩書だし、良いところ人に見せなきゃなんないんでしょ」と思っていたけど、どうやら素であるということが解った。
できた人間って本当にいるんだなーと、その時は素直に思った。
でも逆にそれがさらに私を窮地に立たせることになる。
奴はモテる。勇者ということを指しい引いても、モテる。美人なエルフ(エルフは確かに全員美人だった。でも性格が・・・)にも町娘にも、ハーレムホイホイなごとくモテていた。
勇者パーティーにいた魔女と聖女にも当然のごとくハートの矢印を向けられていた。なのに全く気付かない、或る意味猛者だ。
魔族や人の悪意や殺気にはかなり敏感なのに、女性からの好意に関してはワザとかと言いたくなるくらい鈍感だった。
そして、勇者への好意は、目をかけられている(らしい。ある国で王女に言われて投獄されかけた。知らんがな)私に対する嫉妬心となって向けられた。
はっきり言って迷惑である。
女の嫉妬ほど醜いものはないと、身を以て知りました、はい。
まぁ世界を救うために召喚された巫女という立場上、殺されそうになるようなことはさすがになかったけど、ねちねちねちねち陰湿な嫌がらせはしょっちゅうだった。
平静を装っていたけど、たまにそれがばれると頼んでいないのに勇者が庇う。女性がそれを見てまた嫉妬する。私に嫌がらせをする。
嫌なループの完成である。
魔女にいびられ、神官に虫を見るような視線で見下され、騎士に殺気を向けられ、戦士に威嚇され、聖女に無視されて。
よくまあ私は一年も耐えたもんだ。
自分を誉めたい。
空気が悪いったらありゃしない。
実際きついよー少人数だけど一人針のむしろみたいな状況に居座らせられるのは。
それに加えて慣れない旅にいつ死ぬんじゃないかという毎日の恐怖。
胃痛が持病になりました。
唯一勇者であるレオは、本当に私をずっと守ってくれた。
彼が居なければ、私は多分日本に戻ってくることも、旅を続けることもできなかった。
初めて顔を合わせた時、「命を懸けてヒナコを守る」と、騎士のように誓われた。正直重かったけど、彼はその言葉を守ってくれた。
まぁ、精神的なものは完全に、といわけにもいかなかったけどね。
でも、守ってくれたことには感謝してる。
何とか目的を果たした私は、その場で聖女に強制送還された。まあとどのつまり用済みってわけだ。
一言二言三言文句を言ってやりたかったけれどその時間も無かった。
気が付けば私は自分の部屋に居た。
一年も行方不明になっていたらニュースになっているんじゃないかと思ったけれど、カレンダーは何故か私が召喚された日と同じ。時間も一時間くらいしか経っていなかった。
念のため実家に電話したら、いつも通りに母が出て、拍子抜けした。
それから暫くは時差ボケみたいになっていたけれど、執着心皆無だったので日常にはなんとか戻れた。たまにうなされるけど・・・。もうホラー映画は見ない。特にゾンビものは絶対に。
そして、約一年が経った。
春休みが終わって実家からアパートに戻ったその日。
いつぞや見た魔法陣が部屋に突然現れ、勇者が現れたのだ。
向こうの世界は三年の月日が流れていたらしい。時間の流れについては考えるのを放棄する。解んないし意味ないし。
そして少しだけ雰囲気の変わった勇者は、私を連れ戻しに来たという。
意味が解らない。
そして怒った私はレオを座らせて(身長差がありすぎて首が痛くなったから)、冒頭の状況となったのだ。
私はため息をついて、レオの前に座った。
「仲間、というのはあんただけが思ってたことだよ。扉を封印したら向こうの世界での私の存在意義はない。でも、レオ。あんたは違う。世界は平和になったかもしれないけど、あの世界にはレオを必要としている人がまだまだたくさんいるでしょう。完全に魔物がいなくなったわけじゃないんだから。だから帰って。レオを待っている人がいるでしょう?魔女とか王女とか聖女とか妖精女王とか」
「確かに世界は平和になった。完全に、とはいかなくとも、人びとは笑って暮らせるようになった」
「ならいいじゃない」
「だが、ヒナコが居ない」
そこになんで自分が出てくるんだ。
「そりゃあそうでしょう。私は元々こっちの人間だもの」
「ヒナコが居なければ、意味がない」
「?」
意味が解らない。
「どういう・・・ひっ!?」
レオは真剣な目をして、いきなり私を抱きしめた。
というか甲冑!!地味に硬い!
「ちょっなっなにすんの!?ていうか痛い!」
「ああ、済まない」
そう言って甲冑を身に着けている宝石に仕舞った。勇者便利グッズの一つだ。
「ちょっっ」
そしてレオは私をぎゅうっともう一度抱きしめた。どうやら鎧が邪魔だと思ったらしい。違う!服越しにも分かる引き締まった体に、こういったことに慣れていない私はパニックになる。
というかなんなのこの状況は!?
「ヒナコが居ない世界に、俺は興味は無い」
「は?」
「ヒナコがいらない世界なら、俺もいらない」
何言ってんのこの人は。
仮にも世界を救った勇者が、世界をいらないとか言ってどうするの!
「ちょっと!意味わかんない!というか離しなさいよっっ」
体格差は歴然。
暴れてもびくともしない。
もがく私をレオはますます強く抱きしめる。
「好きだ、ヒナコ」
「はあ!?」
一瞬何を言われたかわからなかった。
何と言ったこの男。
というかその無駄に美声なバリトンボイスで耳元で喋るのやめて!
「ヒナコが嫌う世界なら、俺は滅ぼしても構わない。ヒナコを厭う世界なら、俺はその世界を壊す」
何この人微笑みながら怖いこと言ってるんだ。
「ヒナコ。俺と共に異世界へ行くか、俺と共にこの世界で生きるか。選んでくれ」
「何その究極の選択。というかあんたといっしょにどうして私がいなきゃなんないの?ってかいい加減離して」
「嫌だ。離したら逃げるだろう」
当然だ。
脱兎のごとく逃げ出したい。
「・・・・・ちなみにその好きってどういうこと?友情みたいな?」
「違う。こういうことだ」
「ぎゃー!!いいっっわかった!態度で示さなくていい!」
近づいてきた顔に、私は身の危険を感じた。
何をする気だ、何を。
「え、というかなんで?」
「ずっと好きだと言っていたと思うぞ。気付いていなかったのか?」
いいえ全く。
いつそんなの言ったんだ。
というか、抱きしめられているのがいい加減恥ずかしくなってきた。
それよりそれどころじゃない。
いきなり好きとか言われても「はぁ・・・」と他人事のようにしか思えない私は乙女としてどうなのかとは思うが、相手は外人どころか異世界人。
ありえない!
「・・・えっと、あんた一人が元の世界に戻るっていう選択は?」
「無い。そんなことをするくらいなら両方の世界を滅ぼした方がマシだ」
世界を救った勇者が言ったら洒落にならない。実は奴は勇者の皮を被った魔王だったと言われても納得してしまう気がする。
というか、有言実行をモットーにしているらしいレオが言うと、これは本気だ。
怖っっ!
「ヒナコ・・・選んでくれ」
甘い顔で囁かれ、そんじょそこらではお目にかかれないような超美形に抱きしめられている私。
私自身は勘弁してくれと言いたい状況である。
というか選択肢の幅を広めてださいよ!
どっちに転んでもレオと一緒にいるしかないという結果じゃないか。
もしくは世界が本当に勇者と言う名の魔王みたいな男に滅ぼされかねない。
ある意味これは得体のしれない化け物に襲われた時より、色々とピンチな気がする。
抱きしめられたまま身動きが取れず、一時間。
私は観念して口を開いた。
「―――――私は――――・・・・・・・・・・」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
この後の話をシリーズでひっそりと書いてみたので、よろしければお付き合いください。
ちなみにタイトルは少々変えて「勇者がやって来た!」です。