第十三話 第十部 又の名を、「努力しないイチロー」
瞳がある雑誌に手を出した。それは高校野球の専門雑誌だった。そこには前年度優勝の富良野学院高校の写真がでかでかと表紙を飾っていた。
亜弓「由紀、もしかするとこの人たちとも戦うかもしれないの?」
由紀「もちろんだよ。…大変な相手なのはわかっているけど戦わないといけないことになるかもね。初戦で当たらないことを祈るだけね。」
亜弓「でも当たったら思いっきりやらないと。」
由紀「……。」
突然由紀が驚いた顔をしてこちらをみた。そして再び笑って肩をたたく。
由紀「亜弓、変わったね。そんな強気の亜弓を見るなんて普段の生活で見たことないし…これなら大会も期待できそうだね。」
亜弓「ありがとう…。」
真希「あれ? この子由紀に似てない?」
真希が指差した写真にはたしかに由紀そっくりの女の子がいた。低めの球をまるでゴルフスイングのように当てている写真だった。由紀を見ると険しい目つきに変わっていた。何かあるのだろうか?
亜弓「どうしたの、由紀。」
由紀「巴美羽…。」
亜弓「これが…巴美羽?」
私はもう一度雑誌を眺めていた。由紀とは正反対の独特なスイング、そしてよそ見しながらの送球。なんと適当な人なんだろうか。でも…一年生の大会打率9割は伊達じゃない。決勝でも4打数4安打なんてありえない。そしてこの異名、「努力しないイチロー」内野手でもこの名前がつくということは本当に恐ろしいセンスの塊なのだろう。由紀でさえこの表情を見せる人…いったいどんな人なのだろうか。
亜弓「この人とソフトボール一緒だったんでしょ?」
由紀「全国代表はね。…そんな全国代表になった所で練習は適当にやっていたからね。」
真希「そんな人がこれだけの実力を持っているの?」
由紀「生まれ持った才能だけでやっているってやつね。相当な努力をしているかつ、すごく才能のある人ならすぐそこにいるけど。」
そういって由紀は瞳の顔を見た。私と真希も瞳を見た。たしかに瞳はジュニアオリンピックの金メダリスト。しかも練習の鬼と呼ばれるぐらい一生懸命柔道をやっている。これだけ素晴らしい人なんて他にいない。
瞳「え、私なんて才能は…。」
由紀「いえ、努力の才能があるのよ。元の才能は気付いていないだけ。……うらやましい限りだよ。」
瞳「あ、ありがとう。」
瞳は照れていた。でも私たちもそれに負けられない気持ちだってある。だから…。
亜弓「それに負けないように私たちも頑張らないとね。」
由紀「もちろん!!」
真希「そうだね…私も美術頑張る!」
瞳「私も練習するよ!!」
真希「でも今日は目一杯楽しもう!」
その声に私たちは「おー!」と掛け声をかけて、腕を高く上げた。今日は思いっきり楽しもう!!




