第三話 第十五部 意地、希望、仲間 そして…決着
次は五番の田辺先輩からだ。疲れは感じられない。ストレートがもしストライクゾーンに入らなくても投げるしかない。後ろには仲間がいる。だから思いっきり投げられる。
シュゴーーバシン! ストライクワン!
ど真ん中だがストレートが決まった。もうこの試合は変化球を一度も使わずに終わるだろう。だから思いっきり投げられる。
シューーーズバン! ボール!
良いコースかと思ったが、微妙に外れてボールだった。
シューーウバスン! ボールトゥ!
今度は明らかにストライクゾーンから外れてしまった。腕は振り切れているはずなのに…。
シューバシン! ボールスリー!
三球連続でストレートが外れてしまった。バッターはタイミングが合っていないはず。だからストライク球を投げれば打ち取れるし、上手くいけば三振だってできるがストライクが入らない。かといって手を抜くとおそらく打たれるだろう。キャッチャからのサインは全力でなげろ。
シューーー バシン! ボール、ファーボール!
芦毛「おっしゃ、よく見た!」
府中「こっから続いていこう!」
友亀「ドンマイドンマイ! 切り替えていこう!」
四級連続で外れてファーボールになってしまった。何が悪いのかさっぱり分からない。指先なのだろうか、それとも投げ方なのだろうか。とにかく今は考えている暇はない。次の打者に集中しなければ。
次は六番の杉地先輩だ。ソレもノーアウト、一塁にはランナーがいる。杉地先輩はすでにバッターボックス内でバントの構えをしている。確実に送ってくるだろう。キャッチャーからのサインは…決めさせてOK、守備はできるなら一塁ランナーを二塁で刺せという指示だった。当然私は全力でストレートを投げるサイン。大きく踏み込んで全力で!
シュゴーーー コツン
やや上がったバントは私とサードの間に飛んでいった。しかし、飛びついても届かない距離だ。
新天「俺が取る!」
新天が声をかけた。私はボールを追わず新天に任せた。新天がボールを取るとセカンドをチラッと見たが、
友亀「ファーストだ、間に合わない。」
と友亀が指示を出した。新天も間に合わないと判断して、ファーストに丁寧に投げた。池之宮はしっかりと捕球してワンアウトとなった。そしてファーストランナーは二塁に到達した。
府中「ナイスバント!」
卜部「よっしゃ芦毛、打てよ!」
栗山「芦毛先輩、意地を見せてやってください!」
そして次は七番の芦毛先輩だ。一打席目で一度当てられている。でも私だって負けられない。一打席目の結果としては三振を取っている。私にだって意地はある。
シューーズバン! ストライクワン!
低めにストレートが決まった。ストレートでどんどん押していこう。
シュー バシン! ボールワン!
シュゴォーー!ズバーーン! ストライクツゥ!
一球ボールの後にストライクが入った。ツーストライクワンボールで追い込んだ。ランナは動きを見せず、二塁にいる。しっかり投げなければ。思いっきり腕を振り切って!
シューーー
三塁ランナーコーチャー「ゴォオ!!」
伊沢「ランナー走った!」
私が投げたと同時に走り出した。盗塁ではない、もしかして…。
芦毛「うらっ!」
キーン!
亜弓「あっ」
私が声を上げて振り向くと、強い打球がライト線上に飛んでいった。ファールかフェアかギリギリのラインだ。お願い、切れて。
友亀「ライト!!」
芦毛「きれるなあぁ!」
ボールが落ちていく、まだ切れない…切れない…。
トンッ
フェア!!
府中「よっしゃ! 田辺、楽に帰れるぞ!」
卜部「芦毛二塁だ! 回れ!!」
打たれた。ヒットを打たれた。しかもセカンドランナーは余裕でホームインした。一点取られて四対一、私の球は打たれる。最初は良かった、でも投げていくうちに打たれていくんだ。嫌だ…嫌だ。
友亀「ライト、取ったらセカンドだ! 間に合う!」
呆然としていた私ははっと気がついた。まだインプレー中だ。そのときにはライトがボールを捕球していた。
米倉「沖田、そのままカットなしでダイレクト送球だ!」
沖田は捕球した体勢から助走をつけた。
沖田「っらぁあ!!」
矢のような送球がセカンドベースについているショートの伊沢のもとへ飛んでいく。タッチプレーになりそうだ。
パシン!
きわどいタイミングで伊沢が芦毛先輩にタッチをする。
伊沢「審判!」
アウト!!
沖田「おっしゃ!」
芦毛「クソッ!」
綺麗な送球でバッターランナーがアウトになった。すごい肩だ。
米倉「ナイス沖田!」
友亀「よし、ツーアウトだツーアウト!」
海鳳「後一つだ、しっかりいこうぜ!」
皆がまとまっている。私もあの中に入りたい。でもどうやって…私は打たれたピッチャーだ。こんな私なんかあの輪の中に入れるわけが無い。私は…、
由紀「亜弓! あと一人だよ、頑張って! 一点はしょうがないよ、踏ん張って!」
私の心の闇を裂くような言葉が私の胸に突き刺さった。
新天「あと一人だよ頑張って!」
池之宮「さっさとしとめちゃおうぜ。」
皆は全く怒っていなかった。打たれた私を受け入れてくれるかのような様子だ。
亜弓「えっ…私打たれたはずなのに。」
私はそういって立っているだけしかできなかった。
友亀「あんなに良いピッチングしているのに日高を攻めるわけがないよ。みんな応援してるぜ。」
応援してくれている…。私はこのときどうすればいいのだろう。声をかける? そうじゃないはずだ。皆はきっとこの先のバッターを抑えてくれることを期待している。私もその応援に答えなければならない。後一人なんだ、頑張れ私!
ツーアウトランナー無しで八番の野中先輩だ。私は期待に答えてみせる。それを投球で示すことが私の役目だ!
シュゴォオオオ!! ズバーン! ストライクワン!
今までの中で一番良い球が友亀のミットに飛び込んでいった。これなら…。
シューーーーブン! ズバン! ストライクツゥ!
友亀「よっしゃあと一球!」
由紀「頑張れ!!」
府中「頼む、打ってくれ!」
皆から声をかけてもらっている。相手ベンチからもバッターに対する応援の言葉がかけられている。
真希「亜弓さん!」
瞳「頑張って!!」
その声が聞こえるほうを見ると、真希と瞳が観客席から応援していた。私を応援してくれている人がたくさんいる。だから思いっきり投げれる。最後の一球だ。大きく振りかぶって、腕を振り切って!!
シューーーーブシィ! ズバン!!!
ストライクバッターアウト!
ゲームセット!!
亜弓「やったあああ!」
私は両腕を高く突き上げた。