第三話 第十部 チャンス&センス
ワンアウト二塁、チャンスで新天に打順が回ってきた。彼のバッティングなら池之宮を返すことができるだろう。新天は肩をグルグルと一回、二回と回して構えた。
海鳳「なあ、新天って見た目と体格のわりにはかなり遠くまで飛ばすよな。」
沖田「あいつの下半身はがっちりしてるからな。」
ブン! バシン ストライーク!
米倉「今のスイング見たろ、腰の回転が速いから長打になりやすいというのもあるよ。」
海鳳「見た目子供っぽいのにすごいよな。」
沖田「それ、本人の前で言わないようにな。」
バシン ボール!
二球目は外れてボール、これでワンストライクワンボールとなった。新天はいたって冷静な表情で構えている。それとは対象に芦毛先輩は動揺を隠せていない様子だ。その動揺を抑えきれないまま芦毛先輩は投げた。
シューー
そこから放たれた球は棒球だった。それを新天は見逃すわけがなかった。
キィーーン!
快音を残してセンターへ。しかし弾道は低く、センター前がやっとという当たり。当然池之宮はホームに帰れず、ワンアウト一三塁となった。しかし、塁を進めて自分も生きたので良い結果だ。そしてこのチャンスに伊沢が回ってきた。伊沢ならスクイズやセーフティースクイズも考えられるだろう。
府中「タイム!」
府中先輩がタイムをかける。芦毛先輩のところにかけより、二人ともグローブを口に当て隠しながら作戦を立てていた。話し終えるとプレイが再開し、伊沢がバッターボックスに入った。
ググググッ ブン! ストライクワン!
芦毛先輩は先ほどとはまるで別人のような球を投げてきた。ここで一気に流れを断ち切って、自分たちに流れを持っていく作戦だろう。しかし何故伊沢はバントをしないのだろうか。
海鳳「やられたな。」
ベンチの人たち「えっ?」
私たちは海鳳の言葉に驚いた。
沖田「何がやられたんだよ。」
そういうと海鳳は頭をかきむしりながら言った。
海鳳「サードランナーを良く見てみろ、池之宮だ。つまりスクイズをやっても池之宮は返せない。スクイズをしたところで、フライなんか上げてしまったらダブルプレーは確実だろう。セーフティースクイズだってそうだ。仮に池之宮がスタートしなくても捕ったやつはすぐにファーストに投げるだろう。確実にアウトがとれるだろうからな。それを狙って池之宮がホームに走ったとしても、池之宮の足で帰れるとは到底思えない。下手すればダブルプレーだ。しかもバントが強ければすぐにセカンドに投げて一塁ランナーとバッターランナーがアウト、ダブルプレーになるだろう。」
亜弓「そしたらファーストランナーを盗塁させたらいいと思うよ。」
友亀「実はそれもダメなんだ。」
亜弓「えっ。」
友亀「新天の足の速さと府中先輩の肩の強さを考えると、おそらく盗塁失敗してしまうだろう。仮に新天が盗塁し、キャッチャーがセカンドに投げたとして池之宮がホームに突っ込んできても、あいつの足だとホームでさされてしまう。下手すればファーストランナーもアウト、サードランナーもアウトでダブルプレーになってしまう。」
海鳳「どっちみち池之宮をホームにかえすには歩いて帰らせるか、高いバウンドになるような打球をうってかえすかしかないぜ。」
シューーー ズバン ストライクツゥ!
思い切りの良いストレートは内角いっぱいに入った。これでツーストライクと追い込まれてしまった。どっちにしても伊沢はバントができない状況。伊沢表情が硬くなる。これはまずい。
シューーーー ズバーン! ストライクバッターアウト!
味方ベンチ「あぁー…。」
このプレッシャーに耐え切れずに伊沢は空振り三振。ツーアウト一塁三塁で七番の由紀に回ってきた。
伊沢「すまねえ。」
沖田「ドンマイドンマイ、次があるよ。」
伊沢は悔しそうだった。それもそのはず、三振という最悪の結果に終わってしまったからだ。私は由紀もプレッシャーに負けてしまうのではないかと思って由紀に声をかけた。
亜弓「由紀! リラックスしてね!」
そういうと由紀は振り返って親指を立てた。
由紀「大丈夫、私はいつでも楽しんでるよ!」
私のアドバイスとは何かずれた返事がかえってきた。
海鳳「あいつ、野球を楽しんでるのか。それならプレッシャーとか何も感じないだろうな。」
そう海鳳がつぶやいた。
由紀は一打席目と違う右バッターボックスに入った。
由紀「よっしゃああああ!」
由紀が男の人みたいに気合を入れて構えた。芦毛先輩も気合の入った表情で思い切り投げた。
グググググッ
今日の中でも一番の曲がりともいえるぐらいのスクリューだ。
キーン!
芦毛「なっ!?」
府中「うそっ!?」
由紀はいとも簡単にスクリューボールを真芯で捕らえて、打球をセンター前へと運んでいった。この間にサードランナーの池之宮は帰ってきて二点目、ファーストランナーの新天もセカンドに進んだ。これで2対0でなおもツーアウト一塁二塁となった。由紀はセンスの塊なのではないかと思った。