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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
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六十六章 出立準備 3



 リリエノーラにいとまを告げる際、頼まれ事をした。

 現王領でもある元エダ公爵領である西の地に赴いた際、現地の様子を教えて欲しいというものだ。それから変わったことがあったら教えてくれとも言われた。架空の人物の名義になっているというウィングクロスのアドレスも教わった。

 密偵の真似ごとみたいだとリドが眉を寄せて言うと、ただの旅行記で構わないとの返事が返った。身動きが取れない現状では、各地の情報が得られるのは助かるのだという。

 屋敷を出た後も、リドは政治に利用されるのは気にくわないとぶつぶつぼやいていた。流衣には旅行記がどうして政治に利用されるのか飲み込めず、疑問符を飛ばしまくっていたせいか、リドが注釈してくれた。女王派の敵である現王派の根城みたいな場所が、次に行く場所だ。だから、そこの情報を教えろというのは、内情を簡単に探れというようなものなんだそうだ。だが、現状が打開してディルが少しでも安全になるとしたら、何やら裏で動いているらしいリリエノーラにかけるのが一番近道だろうから、これくらいは協力しようということで話が纏まった。

 そして、ボルド村のセトの家を訪ね、さあ旅立とうかという時になり、問題が起きた。

 セトが旅立つと聞き、ナゼルが嫌だと泣いてわめいてセトにくっついて離れなくなったのだ。

「……ナゼル、何も今生の別れではないのだから、そんなに嫌がらなくてもいいだろう?」

「やだ!」

 困り果てたセトは、腰にナゼルを張りつかせたままで旅の準備を終えた。お陰で、元々大雑把な家の中が、もっとひどいことになった。本の山が崩れ、紙束が下敷きになったせいだ。セトは見なかったことにして、荷物を持って家の外に出る。

 そのあっさりとした動作に、ナゼルはますます目を潤ませる。

「ひどいよ、おじさん! 僕のことを完全にスルーするなんて! こんなに嫌がって泣いてる子どもを放置なんて、おじさんの血は青いの!?」

「普通に赤いがな。いい加減に離れなさい」

「やーだー。だって、青の山脈に行くんでしょ! 死んじゃうよ! 僕、おじさんが死ぬのは嫌だ!」

 嫌だ嫌だとまた泣きだすナゼル。

(うわあ、すごい光景だ……)

 あの大人じみたナゼルが、年相応に泣いているのを見て、流衣は愕然とした。リドやアルモニカ、オルクスは、この光景に何も言えずに口を閉ざしている。サーシャは困ったものを見る目で、あいまいに微笑んでいる。

「だって、おじさんには母さんと結婚して、お父さんになって貰うつもりなのに!」

「はあ!? なんだそれは、初耳だぞ!?」

 ぎょっと身をのけ反らせるセト。

「言うわけないでしょ、こんなこと。僕の希望! でも、おじさん、母さんのこと好きでしょ? 僕、知ってるんだからね!」

「んなぁっ!?」

 ますますうろたえるセト。顔が赤いところを見ると、図星らしい。

 が、そこは大人の貫録か、セトは一つ咳払いをすると、ナゼルの肩をがしっと掴んだ。

「……ナゼル、誰に吹き込まれた?」

「ネイトのお父さん」

「そうか、ネルのせいか」

 眉を寄せ、ぎらりと眼鏡を光らせるセト。怒っているのか、どす黒い気配を発する。

「でもほんとなんでしょ? 見てれば分かるよ、それくらい。母さんに近付く害虫退治は僕の仕事なんだから!」

「確かにお前はよくやっている」

「おじさんがいない間に、また虫が寄ってきたらどうするのさ! 村の人達、頼りにならないんだよ!?」

「誰だって貴族は怖いだろう? 私は名誉貴族だから、まだ抵抗出来るというだけだ」

 セトの反論に、ナゼルは頬を膨らませる。

「知らないよ、そんなこと」

 セトにひっついたまま、むくれて黙り込むナゼルを、セトは困り果てて見下ろす。ぽんと頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃに髪を掻き回した。

「まったく、困った奴だ」

「こんなことしたって、離れないからね」

「――ナゼル。私は若い頃にも青の山脈は旅していたのだ、勝手は分かっているから、心配することはない」

「魔王が現れてから、魔物が強くなってるのは知ってるよ!」

 いかにも困ったなあというように、セトが空を仰ぐ。顔を右手で覆い、息を吐く。

 それを呆れたととったのか、ナゼルの顔が泣きそうに強張った。それでいて、頑迷に口を引き結んで腰にしがみつく。

 セトはナゼルの前にしゃがみこむと、ナゼルと目線を合わせる。

「いいか、ナゼル。男には、一生で一つは成し遂げたいものがある。お前の父親はシフォーネさんと結婚する為に、それは苦労して金を稼いで宿屋を手に入れた。この地方は雪の時期が長く、春と夏の間の稼ぎで食いつなぐのがやっとなのは分かるな?」

「うん……」

「だからお前の父親は、王都に出稼ぎして資金を作った。シフォーネさんはそれを知ってるから、あの宿を守ろうと必死なのだ」

「知ってるよ。母さん、その話、よくするもん」

 覚えていない父親の話に、ナゼルはややむくれる。話をはぐらかされると思ったのかもしれない。

「分からないか、ナゼル。お前の父さんは、シフォーネさんとお前に居場所を残した。女手一つで子どもを育てるのは難しい。この地方ならもっとだ。ナゼル、君はアカデミアタウンの孤児院で育ってもおかしくない状況だったのだ」

「…………」

 そうなのか。ナゼルの目をまん丸く見開かれる。

 セトはやんわり苦笑して、ナゼルの頭を優しく撫でる。

「なあ、君の父親が一生をかけてなしたのは、そういうことなんだよ。そして、私は勇者の召喚陣について、若い頃からずっと研究し続けている。私の一生をかける命題は、あの魔法の解析なのだ。言っている意味は分かるな?」

「…………」

 ナゼルはぐっと口を引き結び、セトにしがみついていた手を放し、自身のズボンを両手で握りしめる。そして足元を睨みつけるように見下ろした。

「心配してくれるのは嬉しいよ。私にももう身寄りがないから、君のことは隣人ではなく、本当の息子のように感じている。だが、良ければ笑って応援してくれないか?」

 ナゼルの翠色の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。雪の積もった地面に、雫が落ちてすぐに溶けて消えていった。

「ずるいよ、おじさん。そんな言い方されたら、僕、応援するしかないじゃない。これだから、大人って、ほんと、卑怯……っ」

 ひっくとしゃくりあげるナゼル。

「お兄さんが言ってた……。僕、弟子なんだって。ねえ、息子みたいで弟子なら、ちゃんと戻ってくるよね……?」

 涙を零して別れを惜しむ子どもの姿に、セトは耐えかねた様子でナゼルを両腕で抱きしめる。その背中を、ナゼルの小さな手がぎゅっと掴む。

「ああ。戻って来る。安心しなさい」

「手紙書いてよ。僕、字、読めるもん」

「ああ、君は賢いからな。だが、私が戻るまで、魔法の実験は禁止だ」

「じゃあ本を置いてってよ」

「そうしよう。読み終わったら手紙を書きなさい。ウィングクロスのアドレスを書いて渡す。私からの手紙は、アカデミアタウンのウィングクロスに届くようにするから、取りに行ってくれ」

 そして、セトとナゼルは約束の証として右の拳を突き合わせ、笑い合った。セトはふと思いついたように上着のポケットから真鍮製の鍵を取り出すと、鞄から出した皮紐を結わえて輪にし、ナゼルの首にかける。

「私の家の鍵だ。君だけは、自由に出入りして構わない」

「お母さんは?」

「駄目だ」

「僕だけ?」

「そうだ。中にある本は幾ら読んでも構わないが、家から持ち出すのはいけない。私は君を信用して、留守を任せることにする。だから君も私を信用して、帰りを待ちなさい」

 セトなりの最大限の譲歩に、ナゼルの顔がみるみるうちに明るくなる。嬉しかったのか、がばっとセトの首にしがみつく。

「ありがとう、おじさん! 最高のプレゼントだ!」

 村で一番大好きな隣人の男に信用されたことがナゼルには一番嬉しいことだった。

「留守番、任せて! 出来るだけ掃除もしておくよ。おじさん、ほんとに片付け下手だから!」

「……ああ、そうだな。頼む」

 気まずげに目を反らし、セトは言う。さっきのナゼルとの遣り取りの間で、惨状が増したのを思い出したせいだ。

「危険な魔法書には触らないようにな。場所は分かっているだろう?」

「分かってる。鍵付き戸棚の本でしょう? あんな怖い本、触らないよ。血の染みついてたり、開いたらうめき声が聞こえるんだよ? おじさんが手に取ってるの見てた時に怖さは分かったから」

「それから、私宛ての手紙は開けないで机に置いておいてくれ」

「分かった」

 そんな遣り取りを経て、なんとか旅立てることになった。

 鍵を握りしめて上機嫌なナゼルは、笑顔で手を振る。

「じゃあね、おじさん! お兄さん! 気を付けて行ってきてね!」

 それに皆して手を振りながら、ボルド村を出た。



「良かったですね、セトさん」

 村を出てほっと息を吐くセトに、流衣はあったかい気持ちで微笑みかける。

「そーそー。あんなに泣いて別れを嫌がるなんて、可愛いガキじゃねえか」

 リドがにやにやと言う横では、アルモニカが貰い泣きしていて、ぐじゅっと豪快に鼻をすする。

「セト先生、もう、シフォーネさんとやらと結婚するしかないと思うぞ」

「その話はひとまず忘れなさい」

 決まり悪げにセトはぴしゃりと言った。

「いやあ、忘れるのは無理だろー。あれだけ強烈なの見せられちゃ」

 リドが首を振るのに、セトが金属製の杖を構える。

「なんだったら強制的に記憶を飛ばしてもいい」

「忘れた! 忘れました!」

「僕も!」

「わ、ワシもじゃっ!」

 本気の色を感じ取った三人は、慌てて叫ぶ。セトがちらりと残るサーシャを見ると、サーシャは涼しげに笑う。

「まあ、何かありましたか?」

 優雅にとぼけてみせるサーシャの言葉に、セトは話が分かる女だと頷いた。

(こ、怖い……! 今の、絶対、本気だった。目がやばかったよ。アルといい、魔法使いって実は危ない人が多いのかな……)

 流衣はごくりと唾を呑みこんだ。

 ドキドキしながらセトとアルモニカを見比べる流衣には気付かず、セトはアルモニカをじっと見ている。

「アルモニカ嬢、その話し方は何だ? “ワシ”と聞こえた気がするが……」

 アルモニカはきりっとした顔でセトに言う。

「セト先生、ワシは、学校を出た今は、ただのアルモニカじゃ。“嬢”などと語尾につけないで下され」

 セトは変な顔をして、ぐるりと周りを見回し、流衣で目を止めた。

「……これは何かの遊びなのかね?」

 普段のお嬢様言葉を知るセトには、アルモニカの話し方は奇妙奇天烈に思えたのだ。しかも仮にもグレッセン家の跡取り娘が爺のような言葉遣いだったので余計に。

「いえ……。ぶっちゃけ、こっちが素です」

 流衣のカミングアウトに、セトはひくりと引きつり笑いをする。

「そ、そうか……。つまり君は、旅の間は一般人扱いをしろと言ってるのだな?」

「その通りじゃ」

 こっくりと頷くアルモニカ。

「確かに、旅の間、ずっとこうやって肩の凝る会話をするのも疲れるからな。旅の間だけは一般人同士としようか」

「アルと呼んでくれればよいぞ」

 にっと笑うアルモニカ。

「ではそう呼ぼう。他の者も名前呼びでいいな? 私は流石に若輩者に呼び捨てされるのは気にくわぬからな、さん付けか先生と呼んでくれ。だが、話し方は敬語でなくて構わん」

 ぐるりと見回して言うセトに、四人と一羽は頷いた。

「では、坊ちゃん。わてに血と魔力を下さいませ。エアリーゼまでひとっ飛びいたしまショウ」

 流衣の左肩の上でオルクスが翼をばさっと広げて言う。

 そして、人型になったオルクスにより、四人は転移魔法で運ばれ、街道から姿を消した。



 六十六章完結。

 次はエアリーゼ再びです。

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