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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
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六十六章 出立準備 2



 セトお勧めの鍛冶屋は、金槌を持つ熊の絵が木彫りされた看板が目印のようだった。

 中に入ると店主がクロクマ族の獣人だったので、なるほどと納得した。見たまんま、黒い毛をしたツキノワグマが二足歩行して服を着ている姿をしている。生成り色のシャツの上に緑色のベストを着て、黒いズボンを履いている。寒い季節に半袖だが、毛皮に覆われているので寒くないのかもしれない。

「いらっしゃい。……なんだ? 冷やかしならお断りだぞ」

 カウンターに座る熊は、のそりと顔を向けて言った。声の感じだと中年男性なのだろうか。

 黒い目が、流衣とアルモニカを見ている。

「冷やかしじゃねえって。用があるのはそいつらじゃなくて俺」

 リドが一歩前に出ると、店主はリドの腰にさがるダガーに目をとめた。

「研ぎかい?」

「いや。ちょっと野暮用で青の山脈に行くことになってな、それに耐えられる剣が欲しい。ダガーで、同じ型なら尚良い」

「ふぅん、ちょっとそれ見せてみろ」

「おう」

 ダガーの鞘がおさまったベルトをカウンターに乗せると、店主は鞘からダガーを抜き、なるほどと頷いた。

「よく手入れしてる良い剣だが、青銅だな。もっと質の良い剣ってことだな? 似たような型で二本か……。そこの棚の上のやつはどうだ?」

 リドはカウンターの左手にある棚を見た。皮製の鞘に入ったダガーが幾本か並べられている。

「うちは青銅ものは扱ってねえ。鉄か鋼ばかりだ」

「へえ、見せてもらうよ」

 リドはダガーを手に取り、重さや握り、刃先を確かめる。ダガーは簡単に言えば短剣のことだ。そう言っても、刃の形は違う。リドが愛用しているダガーは錐のように先が尖った三角形だが、片刃や両刃のものもある。防御用のダガーとして、持ち手に大型のガードがついているものもある。そういったダガーは、マンゴーシュと呼ばれている。

 双剣の扱いは難しいが、相手の攻撃を受け流すという意味では便利である。長剣より軽いから、フットワークの軽いリドにはもってこいの武器なのだ。

「わあ、すごい。ダガーだけでも色んな種類があるんだね」

 流衣はリドの手元を覗きこみ、物珍しげにうなる。日本では、こういったものは博物館でしか直に見ることは出来ない。それか精巧なレプリカくらいだ。

「ルイ、アルモニカ。絶対に触るなよ。お前らなら絶対に怪我する」

 興味津々に盾に手を伸ばそうとしていたアルモニカは、ぎくっと手を引っ込めた。流衣は最初から触ろうとはしていない。曇り一つなく磨きあげられた武器に指紋をつけるのは怖く思えたし、もし間違って壊したらと思って自然と距離をとっていた。

「大丈夫だよ、触らないよ。こんなに綺麗なのに、手あかついたら悪いし……」

「使ってくれなきゃ錆になるだけだが、冷やかしならそれが正解だな」

 店主は鷹揚に頷いた。

「んで、どうだい? 試し切りするんなら、裏庭に案内するぜ?」

「そう急かすなよ。もう少し待ってくれ」

 重みがちょうどいいダガーを手に取り、比べては戻す。リドはうーんとうなる。

「青銅より軽いんだな。慣れるまで時間がかかりそうだ」

 そして、比較的重みが近いものを二本選び出し、鞘に入れたままでその場で構えたり振ってみたりする。

「……うん、よし。試し切りさせてくれ」

「じゃあこっちだ」

 裏庭に行き、藁を試し切りして納得したリドは、結局、そのダガーを買うことにした。

「そういや値段は幾らだ?」

「二本で銀貨七枚だ」

「流石はセト先生のオススメの店、いい値段するぜ」

「なんだ、お前さんら、セトの紹介かよ? それ先に言えよな」

 店主が急に愛想よくなった。どうやらセトと親しい間柄らしい。

 念の為にセトの書いたメモを見せると、店主は頷いた。

「おお、間違いない。セトの字だな。よし、それなら銀貨六枚にまけてやるよ」

「そんなにいいのか!?」

「おう。セトの紹介だからな」

「助かるよ、ありがと!」

 銀貨一枚の差は庶民にはかなり大きい。

 リドは驚いたものの、儲けものだと思って礼を言った。値引き交渉の手間が省けて万々歳だ。

 そして、前に使っていた剣は店主に下取りしてもらい、銅貨五十枚で売れたので、それを引いて銀貨五枚と銅貨五十枚を支払うことになった。



 その後は、食料を買い、エアリーゼで衣料品も足りていないことを考えて防寒着類を新調した。リドの上着や流衣のマントは良い品なのでそのまま使えるが、軽くて暖かい羊毛のセーターを買い、毛皮で裏打ちしたコートや靴などを買った。流衣はスニーカーを捨てるのは忍びなく、革袋に入れて紐でぐるぐる縛って小さくして鞄に入れた。

(そういえば、僕の制服、王城の客室に置きっぱなしだよ……)

 どうにかして返してもらえないだろうか。それとも、もういらない物として処分されていたりして。それはとてもへこむが、知り合いは誰もいないから返してくれと頼む相手も分からない。

 荷物を一通り揃え、流衣とリドはゴーストハウス、アルモニカとサーシャは寮に一度戻ることにする。

 別れる前に、アルモニカに声をかけるのを忘れない。リリエノーラとヴィンスに挨拶して、借りていた服を返さなくてはいけないのだ。

「アル、僕らは鍵を返したら、その後に訪ねる場所があるから、セトさんの家で会おう」

「ワシも一緒じゃまずいのか?」

 その問いにはリドが答える。

「おう、かなりまずい。まあなんていうか、見つかるとまずいやんごとなき方の家に行かなくちゃいけなくてな」

「……そうか。首を突っ込むと面倒なことになりそうじゃな。分かった。気を付けてな」

 社交界での権力者達のドロドロした争いを知るアルモニカは、あっさり引き下がり、サーシャとともに魔法学校へと戻っていった。

「よし、僕らも帰らないとね」

「そうだな。洗濯は昨日、掃除は今朝がた終わらせたけど、まだ荷物纏めきってねえし。鍵も返しにいかねえと」

「鍵って校長先生? 役場?」

「さあ。でもあのおっさんが可哀想になるから校長に返しておこうぜ」

 管理人のヨーザを思い出し、流衣は即座に頷いた。また毛根の危機を心配しなくてはならなくなるのは辛い。

 流衣達は片付けをして昼前には屋敷を引き払い、魔法学校を訪ねて校長に鍵を返した。

「気を付けて行ってらっしゃい」

「お気を付けて」

 グレースは長椅子でだらだらと金色の蛇と戯れながら、けだるげに手を振り、トーリドはきちっと一礼して送り出してくれた。

 やはりグレースの態度はおかしいと思う。まず、校長としてどうなんだ。

 疲労を覚えながら魔法学校を出て、アカデミアタウンの食堂で軽く昼食を摂り、貴族の邸宅が並ぶ区画へ足を踏み入れる。そして、目当ての屋敷を訪ねると、相変わらず隙の無いエイクが出迎えてくれた。

「あ、エイクさん。この服、ありがとうございました」

「俺も、この間は手を煩わせてすみませんでした。貸してくれてありがとうございます」

 流衣とリドが礼を言って服を渡すと、エイクは静かな笑みを浮かべて頷いた。

「お役に立てて光栄にございます」

 そして、エイクは通りすがりの侍女に服を渡し、奥へと案内してくれた。

「坊ちゃまは、本日は学校にお出かけになられていますので、不本意かとは思いますが、我らが団長にだけお会いして下さい」

「くぉら、なにが不本意なのよ」

 扉越しの声が聞こえたのか、部屋の扉を開けた途端、リリエノーラのどぎつい睨みが飛んできた。

 しかし、リリエノーラは客人が誰か分かると顔をほころばせる。

「あら、あんた達じゃない。どうしたの?」

「僕達、今日、この町を出るので挨拶に来たんです。出来ればヴィンス君にも会いたかったんですが、無理なようなので、よろしくとお伝え下さい」

 腰を低くして頼むと、リリエノーラは快活に笑う。

「そんな固くならなくていいわよ。ちゃんとお伝えしておくわ。それにしても急ね。この後はどこへ?」

「青の山脈を目指して旅を。そこにある勇者召喚の魔法陣を見に行くんです」

 リドの返事に、リリエノーラは目をまん丸くする。

「お伽噺を探すなんてよくやるわねえ」

「そこの遺跡に行ったことのある人が一緒なので、大丈夫です」

 流衣は控えめに言う。

「ふぅん。気を付けてね。あ、そうだ。ウィングクロスのアドレス、教えておいてくれる? ディルから何か連絡来たら、そちらに回してあげるから」

「ほんとですか!」

 流衣はパッと表情を明るくする。

「ま、あの子、筆不精だから期待しない方がいいけどね」

 リリエノーラは肩をすくめ、隣部屋に行って紙と羽ペンとインクを持ってくると、流衣とリドに記すように促した。

「リリエノーラさん、俺達からあいつに連絡するのって、あいつに不利になりますか?」

 リドが慎重に問うのに、リリエは首を振る。

「旅先で知り合った友人が手紙を書いてる形式で書けば、そう問題にはならないわ。でもね、検閲されてる可能性を考えて、殿下のことやネルソフのこと、杖連盟のことは書かない方が良いわね。旅行記っぽく書けば大丈夫よ。あとは、あんた達にしか分からない言い回しで書くとかね」

「なるほど」

 リドは顎に手を当ててうつむく。

 一方で流衣はショックを隠せない。

「検閲なんて、そんな真似されるんですか……」

「人質の立場というのはそんなものよ。まだ王城暮らしでないだけマシね。針のむしろみたいなもんだし、いつ毒殺されるか分かりゃしないわ」

 リリエノーラはさばさばと言い切る。壮絶な中身なのに、淡々としていてすごい。流衣はディルの今後を思って不安になる。

「助けることって出来ないんでしょうか?」

「それは無理でしょうね。まず、あの子自身が拒否すると思うわ。クソ真面目なのは知ってるでしょ? これが貴族たるものの勤めなんて言い出すに決まってる」

「………確かに」

 何故だろう。すごく大変な中身のはずなのに、ディルがそう言ってると思うだけで暑苦しくなるのは。

「だから、あんた達に出来るのは、あんた達が元気に過ごしていて、旅先の話を教えてあげることよ。たまにでいいから、旅先の話を書いて送ってあげなさい。そうやって心配する友人がいるというだけで、だいぶ心の慰めになるものよ」

 私は出せないから。

 リリエノーラは寂しげな顔をして、ポンと流衣とリドの肩を軽く叩く。

「まさか、あの日の出会いがこんなに大きなものになるとは、私も思ってなかったわ。でも、あんた達と友達になったことは、あの子にはかけがえのない支えになる。そういう知り合いって貴重なものよ。だから、出来ればあんた達にはあの子を見捨てないでやって欲しいわ」

 流衣はきっと眉を吊り上げる。

「見捨てません! 僕は、ディルと友達ですから!」

 リドも胸を手で叩く。

「俺だってそうだ。友人を見捨てるクズにはならない」

 二人の目にある意志の炎を見てとって、リリエノーラは笑う。少しだけ泣きそうな、でも嬉しくてたまらないという笑み。

 その勢いのまま、がばっと流衣とリドの肩を抱く。

「あんた達の気持ち、しかと受け取ったわ。私も私の出来ることを頑張る。そして、あの子が見せしめにされる前に、きっと取り戻してみせる! なんたって、あたしの弟子第一号なんだから!」

 にっと笑うリリエノーラの笑顔は陽気そのもので、流衣もリドも不安が消えた。

(そうだ。自分に出来ることを、それぞれ精一杯頑張る。僕らの道は違くなったけど、そうしていたら、また会えるよね?)

 流衣は心の中でディルに問い掛けて、めいっぱいの笑みを浮かべて頷いた。


 2011.2.18. 青銅の方が鉄より重いそうなのでそこを訂正しました。


 ちなみに、リドのダガーはケルトのものをイメージしてます。

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