八十三章 再会 3
その晩、宿屋ホワイトベルで、流衣は今か今かとディルの帰りを待っていた。
イザベラからの使いが来たので、彼女と夕食をとってから戻るのは分かっていたが、実際のところをディルから聞きたい。
「ディル、お帰り! どうだった?」
窓からディルの姿を見つけ、玄関に駆け付けた。後ろから、リドもひょうひょうとした足取りで追いつく。オルクスが流衣の肩の上で、ふわふわの胸をそらせた。
「間違いなく上手くいきましたよ、坊ちゃん!」
「どうして許してもらえたことが分かったんだ?」
話す前にオルクスが断言したので、ディルがぎょっと息をのむ。
「愛のオーラが隠せていませン」
「愛の! オーラ!」
顔を赤くしたディルが膝から崩れ落ちた。
「わあ……」
「それは恥ずかしいやつだな」
流衣が言わずにおいたことを、リドがあっさりと口にする。
「なんじゃ、つまりプロポーズが成功したのか?」
サーシャとともに、アルモニカが薄暗い廊下にひょこりと顔を出す。くあっとあくびする様子は猫みたいだ。眠たげに目をこしこしとこすっている。
「アル、疲れてるなら先に寝たらいいのに」
「こんな面白いことを見逃すとでも?」
皮肉っぽい言い方だが、アルモニカなりにディルを心配しているのだろうと、流衣はなんとなく理解した。
「謝罪して、許してもらえた。だが、一年しか待たないから、早く士官して結婚しようと言われてしまったよ」
「それを女に言わせるとは、おぬし、最低じゃな」
「アル! しーっ」
毒舌がききすぎだと、流衣は慌てて止めに入る。
「なんと言われようと、命の恩人でもある友人がどうなるか見届けるぞ。カザニフまで同行する!」
「うわあ、早くカザニフに行かないと、ディルが結婚できなくなっちゃうのか。責任重大だ……」
「ディル、ルイが気に病むから、適当に切り上げて帰れよ。それこそ恩人に失礼だろ」
深刻な顔になる流衣を気にして、リドがまともなことを言った。
「リド、貴様は本当にルイに甘いな……」
「俺としても? ここまで大恋愛してる友人が、振られるのを見るのはちょっとな」
愛のオーラとつぶやいて、リドはぷぷっと笑う。
「だ、大恋愛……?」
リドの馬鹿にした笑いよりも、ディルはそのことに衝撃を受けてよろめいた。
「これが大恋愛じゃなくてなんなのさ」
流衣は首を傾げ、とどめになったディルは頭を抱える。
「そんな風に見えているのか! 恥ずかしい!」
「わ~、本人だけが知らないやつじゃないか。面白い」
エルナーまで廊下に現れ、パチパチと拍手する。
「話が済んだんなら、そろそろ休みなよ。明日は早いんでしょ」
エルナーは大人の顔をして、流衣達に寝床に入るようにうながす。
ディルがどうなったか分かり、流衣は急に眠気を覚えた。
「ふわあ、そうだね、おやすみ」
さいわい、カザニフは王都から南西の方角にある、ルマルディー王国内にある神殿の自治領だ。人気の巡礼路なこともあって、道も整備されているし、乗り合い馬車も豊富だという。
今度こそ帰る手がかりを得られるかもという期待と、女神が言うように利用されるかもしれない不安を抱え、流衣はカザニフに思いをはせた。




