八十三章 再会 2
「ディル様!」
ディルがアカデミアタウンのとある屋敷を訪ねると、イザベラが玄関ホールまで飛び出してきた。
以前よりもやつれて見え、ディルの胸は痛んだ。身なりに気を遣う彼女らしくもなく髪も整えず、青白くて不健康な顔をしている。
「ほ、本物ですの……? まさか幽霊になって会いに来たのでは」
ディルから少し離れた所で、イザベラは立ち止まった。
もし幽霊だったら、イザベラが近付いた時に消えるのではないかと、恐れているかのように見えた。
ここまで心配させて申し訳なく思いながら、ディルはイザベラに近付いて、イザベラの右手を取った。貴婦人へのあいさつとして、手の甲にうやうやしく口づける。
「幽霊にこんな真似ができるだろうか?」
少しの冗談を混ぜて言ってみたが、イザベラは笑わない。真紅の目に、水の膜がはった。イザベラはディルの手をぎゅうっと握る。
「ディル様がお元気なら、わたくしはそれでいいのです」
イザベラの気持ちが痛いほど伝わってきて、ディルは衝動的にイザベラを抱きしめた。
「すまない。本当に。君には気苦労をかけて、申し訳ないと思っている」
「ええ、ひどい方ですわ! でも、今はいいのです。お帰りなさい!」
イザベラも抱きしめ返し、しばらく泣き止まなかった。
彼女が落ち着くと場所を応接室に変え、ディルは詳しく話す。イザベラは離れたくないと言って、隣にぴったり座っていた。
婚約者とはいえ、恋人らしいふれあいなどしたことがないので、ディルは変な汗をかいてしまう。一人前になってから彼女を嫁にしたいだけで、ディルもイザベラが好きなのだ。そもそもイザベラは美人で、社交界でも人気がある。
(いいにおいがする。いやいや、落ち着け。ここで手を出したら、カイゼル男爵にシメられるぞ)
イザベラはもっと恋人らしくしたいと不満をうったえるが、結婚まで適切な距離をたもつというのは、彼女の父親との約束だ。騎士として絶対に守らなければならない。
そういうわけで、イザベラを右腕にくっつけたまま、ディルは内心の動揺を必死に押し隠して説明を終えた。
「つい先日のことですから、こちらにはまだ連絡は来ていないのでしょうね。女王陛下が国を取り戻されたのです」
「では、もう人質にならずにすみますのね?」
「そういうことです。それから、他にも良い知らせがありまして」
ディルがリドの正体について教えると、イザベラは目をキラキラと輝かせる。
「リディクス様がご存命でしたの? アルモニカ様が風の精霊から祝福をもらえなかったのは、あの方が生きていらしたからなのですね。ああ、でも、アルモニカ様は複雑ではないかしら。今まで、次期当主として勉学に励まれてきたのですし」
風の姫君と尊重されていても、風の精霊からの祝福がなかったせいで、彼女をグレッセン家の出来損ないと悪口を言う貴族もいる。
イザベラが心配するのは当然のことだ。
「アルモニカ様はまったく気にしていませんでしたよ。あの方は魔法の発明が好きだから、そちらに専念できると喜んでおられた」
「好きな仕事につけるということ? それは良かった! 兄妹仲は大丈夫そうでした?」
「ああ、仲が良さそうに見えました。リドが兄だと分かる前から、親しくしていたおかげかもしれませんね」
「ルイ様がアルモニカ様を助けてくださったおかげだわ。これでこの国は安泰ね! あとはわたくし達のことでしてよ。挙式はいつになさいます?」
「ぐっ」
あっさりと放り投げられた爆弾に、ディルはぎしりと身じろぎをする。イザベラのほうを見下ろすと、彼女は獲物を狙う獣のように、目をギラギラさせていた。
「いや、だから、私は未熟で! それにこれから、ルイの旅を見届けるために、カザニフまで行くのです」
「ここはスパッと決めるところでしてよ、ディル様! わたくし、一年しか待ちませんからね! 早く旅を終えて、とっとと士官なさいまし!」
そんなに簡単なことではないと言いたかったが、さんざん心配をかけた手前、とても口にできなかった。
「……はい、分かりました」
観念して返事をすると、イザベラはにっこりと勝利の笑みを浮かべるのだった。
ちょっとだけ更新。久しぶりすぎてすみません~;