八十三章 再会 1
ひらひらと粉雪が降ってくる。
辺り一面、真っ白だ。
アカデミアタウンを囲む壁の前で、流衣はディルにエールを送る。
「それじゃあ、僕らは宿をとっておくから、ディル、がんばってきてね」
「男を決めてこいよ!」
リドがディルの背中を叩き、ディルはむすっとして返す。
「プロポーズをするわけではないぞ! 謝罪だ!」
「お前な、好きなら告白くらいしてこいよ。情けない奴だな」
「う、る、さ、い!」
ディルは肩を怒らせ、アカデミアタウンへ入っていった。
「リドってば、あんまり言っちゃ駄目だよ」
「そうじゃ、兄貴。ああいう輩は、意識すると失敗する」
流衣とアルモニカの言葉に、セトとオルクス、サーシャがうんうんと頷いた。その一方で、同行しているエルナーは、物珍しげに周りを見ている。
「ここが有名な学生の町かあ。僕、アカデミアタウンに来たのは初めてだよ。今日はここに泊まるんだろ。観光してきていい?」
エルナーはアルビノなので、日差しに弱いそうだ。素肌をさらさないように服をしっかり着込み、白い髪と紅茶のような目をフードで隠している。
はかなげな外見のせいか、単独行動で大丈夫なのかなと流衣は不安になった。
「一人で大丈夫か? 私が案内しようか」
セトも心配したようで、そう気をきかせた。それをエルナーは笑顔で断る。
「大丈夫だよ、灰色のセト。呪いのせいで不老になっていただけで、見た目より年齢は上だから。紳士的な人だね、ありがとう」
スマートにお礼を言って、エルナーはディルの足跡を踏むようにして、アカデミアタウンのほうへ歩いていく。
白いマントが雪にかすんで消えてしまいそうに見えた。
「それでも、私より年下だろうが……」
セトはぽつりとこぼす。
エルナーは見た目こそ十六歳くらいだが、実際は二十二歳だ。やっと呪いが解けたから、これからは普通に老いていくのだろう。
「セトさん、エルナー君のこと、知ってるんですか?」
「〈霧の魔女〉の息子だろ。あの魔女は〈塔〉の幹部で、エルナーは対闇魔法使いでの働きで有名だ。親子そろって、天才魔法使いだよ」
「へえ、そんなに有名なんですか」
魔法使い事情は、いまいちピンとこない。
「ルイ、君の魔力の多さに追随できるとしたら、彼くらいだよ。君の場合、技量がまだまだだからな。天才的なセンスを持つエルナーを相手にしたら、あちらの魔力量が少なくても、君は負けるだろう」
「そもそも喧嘩したくないですよ」
「はは、そうだな。ルイは戦う前に逃げるだろうな」
セトが笑い出し、流衣はなんとも言えない気分になる。
「素晴らしい魔力を持つ魔法使いなのに、なぜか弱く見えるのが不思議だ。性格か?」
「性格だろうな」
『坊ちゃんは優しいですから』
リドが頷いて、オルクスはなぐさめるように言った。
「ははは……」
平和なほうが好きなので、まあいいかと、流衣は笑っておいた。
「おじさん……!」
宿屋ホワイトベルに近付くと、ナゼルが薄着で飛び出してきた。そのままセトへ飛びつく。
「うおっ! 転ぶだろうが!」
凍りついた地面で転びかけたものの、セトはナゼルを受け止め、なんとか踏ん張る。
「生きてたー! よかったー!」
ナゼルはわんわん泣いて、セトの無事を喜ぶ。
青の山脈に行くと聞いて、セトを止めようと泣いていた姿を思い出した。セトは困り果てた顔をしながらも、ナゼルの好意には照れくさそうにしている。
「心配してくれてありがとう。だが、ほら、言った通り、無事だっただろう? 中に入ろう。風邪を引くぞ」
グズグズと泣いているナゼルの背を、セトが優しく押して、宿のほうへ誘導する。
「僕、言い付け守ってたからね。勉強もしたし、おじさんの家の掃除もしたよ。洗濯物をためこむのはどうかと思う」
「うっ、それはすまない」
手厳しいナゼルの言葉に、セトは苦笑いを返した。急な旅立ちだったので、洗濯まで手が回らなかっただろうと、流衣にも予想がつく。
宿の出口では、ほっそりした女性がにこにこして立っている。顔立ちは平凡なのだが、雰囲気が優しく、草むらにのぞく清楚な野花を思わせる人だ。宿の女主人で、ナゼルの母親シフォーネだ。
「セトさん、お帰りなさい。ナゼルがごめんなさいね」
「いや、いいんですよ。ははは。ええと、ただいま戻りました。とはいえ、明日には旅立つのですがね」
「そうなんですか? でしたら、今日はごちそうを用意しないといけませんね。食べていかれるでしょう?」
「それはありがたい。ははは」
むやみに笑いながら、セトは照れて顔を赤くしている。
どう見てもシフォーネに気があるので、流衣達の目は微笑ましいものになった。
シフォーネは準備をすると言って、楽しそうに宿に戻っていく。
「ええーっ、明日には出かけるの? もっといてよー! 学園の仕事はいいの?」
ナゼルは不満たらたらで、セトの腕を引っ張ってさいそくしている。
「女王陛下の王都奪還の手伝いまでしてきたんだぞ。校長も怒りはしないさ。ルイ達がカザニフに行くというから、旅の最後まで付き合うことにした」
「王都……だっかん? うーん、何それ。今日はたくさんお話してよね! それと、ルイ。あんまりおじさんを引っ張り回さないでよね!」
「引っ張ってるのは、お前だろう、ナゼル。転ぶからやめなさい」
ナゼルが手を引くので、セトは困り顔をして、最終的にはナゼルを抱え上げ、左腕に座らせた。普段から重い鉄製の杖を持っているあたり、腕力はあるらしい。
「少しは成長したか? 変な客は来ていないだろうな」
「そんな心配するなら、早く母さんと結婚してよ!」
「ぐっ。落とすぞ!」
セトはしかめ面をし、宿のほうへ歩いていく。
「私は自宅に戻るから、上着を取っておいで」
「先にお茶にしようよ。僕、お茶を淹れるの上達したんだよ!」
「そうかそうか、それは素晴らしい」
どう見ても親子にしか見えないのだが、二人に血のつながりはない。
リドがぼやく。
「すっかり俺らをよその世界に追いやってるな、あいつら」
「幸せそうだから、いいんじゃないかな」
流衣は苦笑を浮かべ、ナゼルににらまれないうちに、部屋に入ってしまおうと決めた。
久しぶりの更新です。五か月ぶり…? すみませんね; 他の作品もあわせて、ぼちぼち書きます。