八十二章 凱旋パーティー 5
宿に戻ると、皆で下賜品を分け合うことにした。
金貨六十枚に、衣類が六着だ。
「どうやら一人ずつ分けられるように考えてくださったようじゃな」
中身を数えて、アルモニカが言った。
六人いるので、金貨を十枚ずつ、衣類を一着ずつ選ぶことにした。
「切り詰めれば、銀貨三枚で一ヶ月暮らせるんだよね? 銀貨三十六枚で一年でしょ。十年は暮らせるってこと? そんな大金、怖い……」
「喜ぶよりもビビるところがルイって感じだな」
後ずさる流衣に、リドが感心したように言った。
「これで良い武器を買おう。長旅で靴が傷んできてたから、新しく買えるのは助かるぜ。残りはウィングクロスの銀行に預けておけば安心だな」
「そうだね」
銀行の存在を思い出した流衣は、持ち歩かずに済むとほっとした。
服のほうは、あまり厳密にサイズを気にしなくていい、膝丈のマントだ。体格別にそろえてあった。
「この一番大きい灰色のものは、私が頂くぞ」
セトが灰色のマントを取り上げて言った。質が良いとうれしそうに目を細める。
「セトさんは灰色のセトって言うくらいだから、灰色が好きなんですか?」
流衣がセトに問うと、セトは首を傾げた。
「私が灰色のセトと呼ばれているのは、この容姿のせいだ。灰色の髪と、ダークグレイの目だろう? ヘイゼル様が、〈塔〉や学会で会うと、『灰色の』と声をかけてくるうちに定着してしまった」
「なんだ、ヘイゼルじいさんのせいか」
アルモニカは師匠の黒ウサギを思い浮かべたのか、しかめ面で言った。
「ヘイゼル様にそんなふうに呼ばれるのがうれしくてな、なんとなく合わせて灰色の服を着るようになった。まあ、灰色といえば庶民の服だな。洗いすぎて色が落ちて、灰色になる。私のような庶民派にはちょうどいいさ」
「え、それだと馬鹿にされてることにならないか? 色あせ呼ばわりじゃないか」
リドが口を挟むが、セトは気にしていないようだ。
「名誉貴族を得た時に、君の言うように馬鹿にする者もいたが、どうでもいい。ヘイゼル様が付けてくださった、誇りある呼び名だ。私が分かっていればそれでいいのだよ。今では尊敬を込めて呼ばれている。私の勝ちだな」
「セトさん、かっこいい……!」
流衣が拍手すると、セトは少し照れ笑いを浮かべる。眼鏡のブリッジを指先で持ち上げ、マントを示す。
「私のことはいいから、君達も選びなさい。体格的に、これが君のかな?」
青いマントを取り上げて、セトは流衣の肩にあてがった。流衣が試着してみると、しっくり治まる。
「本当だ、ぴったり」
他の面々も、それぞれマントを試着する。
ディルは白、リドは深緑、アルモニカは黄緑、サーシャはサンゴ色の柔らかい色だ。似合う色のものを選んでくれたようだ。
「リストによりますと、それぞれ魔法効果の付与がされていますわね。セト様とリド様は風属性強化、わたくしとディル様は光属性強化、ルイ様は地属性強化、アルモニカお嬢様は火属性強化ですわ」
「城に行く前に、どの属性と相性が良いかを訊かれたのでな、私が教えておいた。これで問題なかっただろう?」
セトに確認され、皆、いっせいに頷く。
「この羽竜のマントも気に入ってたけど、だいぶボロボロだもんなあ。寂しいけど、お別れしなきゃ」
旅を始めたばかりの頃、古着屋で買った羽竜の羽で織られた青灰色のマントを眺め、流衣は感傷にひたる。リドもマントに触れて、難しい顔をする。
「染めなおしても微妙だろうな」
「ルイ様、不要でしたら捨てずにわたくしに譲ってくださいませ」
サーシャが前のめりに頼むので、流衣は目を丸くする。
「でも、こんなのを他人にあげるなんて……」
「見える部分には使えませんが、羽竜ならば服の裏打ちにしても温かいんですよ。旅には不向きでも、神殿の子ども達――亜人の子が寒がりなので作ってあげようかと」
それは良い活用法だ。
「そんなふうに使ってくれるなら、マントも喜びます。あげます!」
「ありがとうございます!」
サーシャはうれしそうにマントを抱きしめる。流衣は慌てた。
「あの、洗ってからあげます。汚れてるので」
「失礼しました。つい、うれしくて」
そんなサーシャを微笑ましそうに見て、アルモニカは流衣に声をかける。
「ルイ、洗濯が終わったらワシに寄越せ。サーシャ、召喚魔法で実家の箪笥に送っておくから、戻ったらまた言ってくれ」
「分かりました。よろしくお願いします、お嬢様」
こうして話がまとまると、流衣はまた金貨のことが気になってきた。こんなにたくさんもらっていいのかと、気が引けるのだ。
「うーん、このお金、別にいらなかったんだけどな。お城の人も、これから大変なのに」
苦笑する流衣に、アルモニカがけげんそうに口を挟む。
「何を言っているのだ。成果には、それ相応の報酬を。でなければ、王がケチだと悪評がつくぞ。それに、こういう時のための下賜品だ。褒美に爵位や土地を与えるほうが高くつく」
アルモニカの言うことに、ディルが頷く。
「その通りだぞ、ルイ。こういった品は技巧と手間がかかるから、自然と高価になる。伝統的な技法を残すにしたって、職人は食べていかないといけないからな。王家や貴族は下賜用の品を作らせることで職人を保護して、ついでに土地を減らさずに、配下の評価もできるというわけだ。一石三鳥だな」
流衣だけでなく、リドやセト、サーシャも感嘆の声を上げる。
「おお~、そんな意味があるなんて」
「すげえな。貴族って無駄に散財してるわけじゃねえのか」
「わたくしもびっくりです」
するとディルは真面目な顔で続ける。
「散財するだけの者もいるがな。パーティーを開くことも、金の無駄遣いだとぼやく者はいるが、財政赤字の時でなければ、悪いことではないのだぞ。衣装や宝飾品、料理の材料なんかを買うから、あちこちで金が動く。ただ金が動くだけでは駄目なんだ、物と人が動くようでないとな」
お金があちこちに流れていく様子について、ディルは丁寧に教えてくれた。貴族から、それぞれの職人、食べ物を扱う商人、食器などのテーブルウェアから、明かり用の魔法道具まで、さまざまなところにお金が流れていく。そこからまた雇っている人に流れ、彼らが市場でお金を使うことで、また巡っていく。
「川みたいなものだ。上が節約なんてすると、困るのは下のほうだな。だが、領地が苦しいのに豪遊していたら、そいつはただの馬鹿だぞ。時と場合による」
「庶民には思いもつかない考え方だなあ。ディル、三男なのに領地運営についても詳しいんだね」
流衣が褒めても、ディルは至極当然のことだと不思議そうに返す。
「私は七つの時には、カイゼル男爵家に婿入りすることが決まっていたからな。家督を継ぐための勉強は義務だ。今は騎士修業の身だがな」
「そういえばイザベラさんにはちゃんと手紙を送ったの?」
「アカデミアタウンのウィングクロス宛てに、手紙を転送してもらったが……。あの方がこちらに来るには時間がかかりすぎる。会えるか分からんな」
「なんで?」
会えばいいのに。流衣が首を傾げると、ディルは眉を寄せる。
「君はこの後、カザニフに向かうのだろう?」
「うん。そうだけど、オルクスとセトさんがいるから、一度アカデミアタウンに転移魔法で顔を出しても構わないよ? でないと僕達、イザベラさんに一生恨まれるんじゃないかなあ」
流衣がごく自然に提案すると、皆もそれがいいと声をそろえた。
「お前、処刑されるかもしれなかったんだぞ。あの人、絶対に毎日泣いてたと思うぜ」
「顔を見せて安心させてあげるべきじゃ」
「そうですよ、乙女心を分かってなさすぎです」
「君は真面目すぎて、融通がきかないのが短所だな。もう少し気遣ってあげないと」
リド、アルモニカ、サーシャ、セトがそろって駄目出しをして、最後にオルクスが流衣の肩からとどめを刺す。
「わて、こういうのをなんて呼ぶか知ってますヨ。『甲斐性なし』です」
「ぐはっ」
ディルは胸を押さえ、床に崩れ落ちた。
「というか、私は転移魔法のことを忘れていただけで! 甲斐性なしなどと!」
少しして立ち直ったディルが抗議したが、流衣達はすでに他のことを話し合っている。
「ねえねえ、あっちに行くなら、ナゼル君と校長先生にお土産を買って行きたいな」
「校長になんかいらないだろう。シレーネさんとナゼルにか、なるほど、それはいいな。何が喜ぶだろうか」
流衣にセトが返し、リドは用事があると告げる。
「出立前に、武器屋と靴屋に行きたい。やっぱり良い店は王都に多いからな」
「わたくしもお買い物をしたいです」
「ワシも! 王都を歩いてみたいぞ!」
サーシャの希望に、アルモニカはぴょんぴょんと跳ねて主張する。
「は、はは……全く聞いてないのだな、君達」
ディルは顔を引きつらせ、深々と溜息をつく。
「そうだな、私もイザベラ嬢にお土産を買っていくかな」
ぽつりと零すと、皆、ディルに顔を向けた。流衣は目を輝かせて言う。
「やっぱり指輪?」
「お花じゃろ」
アルモニカがふんと鼻を鳴らし、リドが口笛を吹いてからかう。
「プロポーズしろよ、プロポーズ」
「そうなるとディルは旅をできなくなるのではないか?」
真面目に問うセトに、サーシャが笑う。
「それはそれで面白いので構わないのでは?」
ディルはこめかみに青筋を立てた。
「君達、少しは私の話も聞けーっ!」
ディルの叫ぶような怒りの声が、宿にビリビリと響き渡った。
第十五幕、終わりです。
次、ラスト(予定)の第十六幕です。




