八十二章 凱旋パーティー 3
それから一週間後。
流衣達は凱旋パーティーに参加するため、久しぶりに王城の土を踏んだ。
グレッセン家の正装である白いドレス姿のアルモニカが、カチコチに緊張している流衣の脇を小突く。
「そう心配せずとも、陛下から許可が下りたのだ、安心しろ。もしもの時はワシが助けてやる。ワシはまだグレッセン家の跡取りじゃからな」
「う、うん。ありがとう」
「たびたび驚くことをやらかすわりに、本当に小心者じゃな」
「うう……」
廊下を歩きながら、小声でずけずけと言うアルモニカに、流衣は苦笑を隠さない。
「ねえ、なんで僕がエスコートするの? ディルに頼めばいいのに」
青い詰襟の上着と黒いズボンを身に着け、藍色の短い丈のマントを付けた格好で、流衣は左腕をちらっと見下ろす。白い手袋をはめたアルモニカが、流衣の左腕に手を添えている。
以前と違い、流衣は十六になり、この国では成人している。衣装が変わり、リドやディルと似たような服になった。武器の持ち込みはできないが、肩にはいつも通りオルクスがとまっている。
「話を聞いてなかったのか、ルイ。グレッセン家が後ろ盾についていると示すためだと言ったじゃろうがっ」
「そんな話をしたっけ? お父さんはそんなことして良いって言った? 大丈夫?」
「もちろん許可を取っている。おぬしは我が家の大恩人じゃぞ、大船に乗ったつもりでいるのじゃな!」
アルモニカはふふんと胸を張る。
そうしながらも、見かけは優雅さを装っているので、とんだ詐欺だ。
「猫、かぶらなくていいの?」
「おぬしにしか聞こえない声で話しておるから、平気じゃ」
「うーん、そうなのかなあ。でも、ほら見てよ、ひそひそ話してるでしょ」
廊下を通り過ぎていくたび、周りの貴族や使用人が何かささやいている。微笑んでいるから悪いことではなさそうだが、流衣はアルモニカの本性が筒抜けになりはしないかと気が気ではない。
「さようじゃな」
アルモニカも周りを気にすると、後ろからディルとともについてきていたリドが口を挟む。
「大丈夫だ、微笑ましくて可愛いカップルだって言われてるだけだよ」
驚くアルモニカに、リドはなんてことがない様子でさらに言う。
「俺は耳が良いんでね。お前らの会話も聞こえてるぞ」
「でもリド、僕らはカップルじゃないよ」
周りにそう思われているのだと思うと、流衣の顔に血がのぼる。
「恋人という意味ではなく、二人組というほうだ。周りもそれくらいは分かってるさ。グレッセン家の姫君の婚約者は、まだ発表されていないからな」
ディルも言い、面白そうに笑みを浮かべる。
「なんだ、照れたのか?」
「思春期真っ盛りの僕には厳しいよっ。やめて!」
流衣の抗議に、リドとディルは分かりやすく破顔して、流衣の声が聞こえている周りもにっこり笑顔になった。
「ははっ、可愛いなあ、おい。しばらくネタにしよう」
「リド、からかってやるな。かわいそうだろ」
悪い顔をしているリドを、ディルが止める。
他人事だと思って。流衣はリドを軽くにらんだが、笑い返されただけだった。
(ん? そういや、こういう話題なのにアルが大人しい……)
まさか何も言わないほど怒っているのかと焦って隣を見る。アルモニカは頬を赤くして、むすっとしていた。
「あ、あのう、アルモニカさん?」
「うるさい!」
「えええ」
めちゃくちゃ怒っている。
流衣はアルモニカを見ないようにして、背筋を伸ばす。
「姫さんも照れて可愛いな」
「やめろと言ってるだろう、まったく」
リドがつぶやくと、ディルが同情を込めて制する。まったくもって流衣も同意見だ。
あからさまに不機嫌でも、パーティー会場に入るとアルモニカは別人のようだった。姿勢が良く、凛としてたたずんでいる様子は可憐な花だ。
流衣はなんとなく態度に困りながら、テーブルでジュースのグラスを取る。
「アルもいる?」
「いいえ、わたくしはいりませんわ」
よそ行きの態度でアルモニカが答えるので、流衣達はテーブルを離れる。そこへ、大きな猫の獣人が声をかけてきた。
「おお、あなたがたが我輩の息子を助けてくださった方々ですか!」
真っ白な毛をした猫の獣人は、紫色の上着と薄紫色のマントを付けている。いかにもふかふかしてそうで、動物好きな流衣の心がそわっとした。
「ヘルム、こちらへ来なさい」
「はい、父上。おおっ、あなたがたはあの時の!」
父親に比べれば、いくぶんか小さく見える猫の獣人は、にまっと破顔した。真っ白な毛は、明かりを反射して銀色にも見える。
「ヘルムというと……でも毛の色が……」
流衣の記憶にあるよりも、毛の色が明るい。
「さよう、そのヘルムです。風呂にあまり入れなかったせいで、汚れてくすんでしまっていたのですよ。ルイ・オリベ殿でしたか、あの時は水と食べ物を分けてくださってありがとうございました。空腹もありましたが、とてもおいしかったです」
「良かった! サンドイッチを作ったの、僕なんです」
「なんと、素晴らしい料理の腕ですな」
「パンに具材を挟むだけですよ」
料理を褒められるとうれしい。にこにこしていると、ヘルムの父親がヘルムの方をつつく。
「せがれや、我輩を紹介してくれ」
「これは失礼しました、父上。お二人とも、こちらは私の父です」
「ロダン伯爵だ。人は見かけによらぬとは本当のようですな。このように小さな少年が、あの時、巨大な結界を作って囚人を守ってくださった魔法使いとは。息子の命の恩人だ。本当にありがとう」
大きな猫の手が流衣の右手を包み、ぶんぶんと振られる。肉球の感触に、流衣は笑み崩れそうになるのを必死に我慢した。
ヘルム達と話していると、他にも子どもを助けられた貴族達が集まってきた。それぞれ礼を言うのに返事をしているうちに、女王との謁見の時間になった。