八十二章 凱旋パーティー 2
食事の時間は楽しく過ごした。
たまにミリアナが今の幸せを喜んで泣きだしたが、悪い涙ではないので、皆、笑い合う。それよりも、マティアスがミリアナをなぐさめて、たまに見つめ合うのが、どうもお尻がもぞもぞする感じがした。
いちゃいちゃするなら、どうかよそでやって欲しい。
「あ、そういえば。あなたがたに渡すようにと、女王陛下から招待状を預かってきたんだよ」
マティアスが急に切り出した。外套のポケットから、白い封筒を一枚取り出す。
「一枚だけだが、中にはあなたがた四人の名が記されているそうだ」
「招待ってなんですか?」
流衣が問うと、マティアスは穏やかに説明する。
「以前も王弟殿下を救ってくれた礼にと、パーティーに招待したそうじゃないか。だが、前王の謀反で台無しになったとか。陛下はそれを気にしておられたようでね、今回の凱旋パーティーには是非来て欲しいとのことだ。だが、無理はしなくてもよい、とも」
「旦那様は行政のほうの高官でらっしゃるの。つまり、文官ですわ。お忙しいのですけど、義弟の顔を見がてら、返事を預かるようにと言付かったそうですのよ」
ミリアナが補足すると、セトとリドの表情に緊張が走る。
「陛下とじかにお話できるとなると……かなり上の方ですな」
「一緒に食事してますけど、大丈夫なんでしょうか」
「ははっ、何をおっしゃいます。あなたがたのおかげで、多くの貴族の子息子女が救われました。子を人質にとられていた貴族は皆、あなたがたを尊敬こそすれ、罵倒などしませんよ。ネルソフのトップを倒したそうですね、成果から見ても、英雄と言っても過言ではない」
ちょうどお茶を口に含んだところだった流衣は、マティアスの言葉でむせた。
「げほっごほっ」
「おいおい、しっかりしろよ、ルイ。英雄だってよ、良かったな」
「リド、面白がってるでしょ」
「ああ。すげえ面白い」
「ひどいっ」
そんなにはっきり言わなくてもと、流衣は眉を寄せる。
「参加しなくても、何か望みがあるなら、叶えてくださるそうだ」
「望み……」
マティアスの言葉に、流衣は思うところがあった。
「ルイ、カザニフに紹介してもらったらどうだ」
セトがそう言ったが、流衣は首を振る。
「他にお願いしたいことがあるんです。皆も一緒に戦ってくれたけど、どうしても叶えたいんだ。いいかな?」
流衣が問いかけると、仲間達は顔を見合わせる。
リドは口端を引き上げ、ニッと笑う。
「ああ、元魔王を還したのはお前だ。当然、ルイに権利がある」
「そうだ。精神汚染までされて、後遺症があるかもしれない。それに見合うものだろう」
セトも静かに言い、ちらりとディルを見る。ディルは肩をすくめた。
「私は救われた身だ、何も言うことはないよ」
「アルモニカやサーシャも、同じことを言うさ。何を頼むつもりなんだ?」
リドの問いに、流衣は元魔王との約束を口にする。
「今回の元魔王との戦いのこと、原因がこの国の過去にあったこと、全部、包み隠さず歴史書に残して広めるって約束してもらう」
流衣の答えに、皆、顔に驚きを浮かべる。
エルナーが恐る恐る問う。
「君はそれでいいの?」
流衣は大きく頷いた。
「うん。約束したんだ、フェルナンドさんと。人が魔王になることは、確かに怖いことかもしれない。でも、あの人達は、それでもがんばって生きようとしたんだ。方法は間違っていたかもしれないけど、無かったことにして欲しくない」
「きっと反対されるぞ?」
リドが真剣な面持ちで問う。
「それでも、望むよ。約束は守らなきゃ」
流衣の返事を聞いて、皆の顔がほころんだ。リドが右腕を流衣の肩に回す。
「おう、それでこそ俺の親友だぜ!」
「そうだな、約束は大事だ。だが、ルイ。冷たい目を向けられる覚悟をしておきなさい」
「はい、セトさん」
気遣うセトに、流衣は素直に返す。ふと見ると、ディルが目を潤ませていた。
「君と親友であることが誇らしい。微力ながら手を貸そう」
「そうね、まずはパーティーの衣装が必要だわ。また旦那様のお古を用意してあげる」
ミリアナも応援する態度になって微笑んだ。
「お願いの件が駄目だったら、吟遊詩人に物語として流しておけばいいよ。その時は手伝ってあげる」
エルナーが愉快そうに言った。黒さと悪戯っぽさが混じった笑みである。
一人、マティアスだけ席を立つ。
「そういうことならば、陛下に伝えて根回しをしておこう。パーティー会場で突然言われては、パニックが起きるかもしれない。高官の何人かや警備責任者にも伝えておけば、騒ぎを鎮められるだろう。――ミリアナ、すまないが、彼らの手助けを頼んだよ」
「ええ、もちろんよ。いってらっしゃい、あなた」
ミリアナがあいさつすると、マティアスは椅子にかけていた外套を手にして出て行った。
最後にエルナーが会計をしようとしたら、マティアスがすでに払っていたことが判明した。
あまりのそつの無さに皆が驚き、さすがは仕事のできる文官だと感心するのだった。