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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十五幕 紅の女王の帰還
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八十二章 凱旋パーティー 1

 


 王都に戻って宿で一泊すると、流衣の体調も戻った。

 翌朝、遅めの時間に起きた流衣は、日の当たる窓辺に立ち、ぐぐっと伸びをする。

「ふう、すっきり!」

「夜、うなされてたぞ。大丈夫なのか?」

 隣のベッドでは、まだ寝間着姿のリドが顔だけこちらに向けて、心配そうに問う。昨日は頑張ったから、今日はそれぞれゆっくり過ごすことになっている。

「うん、大丈夫。体の調子は良いし、悪夢はしかたないよ。でも、眠れないほどではないから」

 ゼノの心配通り、フェルナンドに見せられた記憶は、流衣の頭にしみついていて、悪夢という形であらわれた。だが、これは夢だと妙に冷静に気付くので、心配したほどのダメージはない。

「どれどれ」

 ラフな部屋着姿のセトが流衣のほうにやって来て、流衣の額に右手を当てる。机には図書館から持ちだした禁書が積んであり、書き物をしている跡がある。セトの「のんびり過ごす」は読書のことらしい。

「ふむ、熱は無いし、顔色も悪くはない。しばし様子見だな」

 流衣をよく観察して結論を出すと、セトは人差し指を立てて注意をひく。

「いいか、ルイ。嫌な記憶というものは、思い出しては忘れてというように、振り幅を少しずつ小さくしながら、記憶から薄れていくのだ。今はつらいだろうが、そのうち無くなるだろう。――だが、つらい時は我慢せず、私達に話すんだぞ。話すという行動は、ストレスを軽減させるからな」

 そして子ども扱いをして、流衣の頭をぽんぽんと軽く叩いた。リドは目を丸くする。

「すごいな、セトさん。完璧な処置だ」

「私にも話してくれて構わないからな、ルイ」

 間に合わせで用意した安物のシャツとズボンを着こんだディルが、この部屋では一人だけぴしっとした態度で力強く言う。すると、枕元で丸まっていたオルクスが顔を上げ、ばっさばっさと羽ばたいた。

「わても! おりますから!」

 小さな姿で少しでも存在を主張するため、オルクスは枕によじ登り、ピョンピョンと跳ねる。その仕草が可愛らしくて、流衣はほっこりと癒された。

「ありがとう、オルクス。ああ、可愛い」

 ベッドに戻ってオルクスの頭を撫でると、オルクスは撫でられるままで目を細める。

「坊ちゃんの癒しのためならこのオルクス、何回でも撫でられて差し上げまショウ! さあ、もっと撫でるのデス。もっと、もっとです!」

「てめえが撫でられたいだけだろ、うぜえ」

「まあまあ、リド。使い魔と仲が良いのは良いことだ」

 渋面のリドに、ディルが苦笑交じりになだめる。

「しかし、昨日はさすがにくたびれた。君達は一晩寝れば回復するようだが、私はあと三日は休みたいよ。年はとりたくないものだ」

 セトは椅子に座り直し、やれやれと息をつく。

 王都に戻ってきた後、セトは女王軍や〈塔〉への連絡係をしてくれたので、帰りが遅かった。

 ディルはずっと牢にいたし、流衣は魔力不足で疲れていた。強がってはいてもアルモニカも疲れており、自然とリドとサーシャが護衛として傍にいることになったせいだ。

「肉を食べたいぜ、肉!」

 ベッドにうつぶせになりながら、リドが主張する。つられて流衣のお腹がグウッと鳴った。

「分かったから、腹で返事をするなよ、ルイ」

「正直だな」

「皆で、食事をとりに行こう」

 笑いながら、それぞれ微笑ましそうに言うので、流衣は顔を赤くする。

「そんなに笑わなくてもいいでしょ!」

 ルイの抗議を、彼らは気にしない。

「こういう時に腹が鳴るってのが、お前の良いところだな」

「私も、久しぶりにまともな食事をとりたいよ。昨晩の煮込みスープもおいしかったが、ステーキは格別だ」

「今日は豪勢にいこう」

 セトの言葉に、流衣達はわっと盛り上がる。

「でも急にがっつり食べて大丈夫なの? ディル」

「ああ、大丈夫だ。心配に感謝する、ルイ。病気をしていたわけではないし、閉じ込められていただけで、牢でも鍛錬は欠かさなかった。食事が悪くて少し痩せたが、そのうち戻るだろう」

「良かった。拷問でもされてるんじゃねえかと不安だったんだ」

 リドが改めて問うと、ディルは首を横に振る。

「政治犯ではなく、不安要素のある領地への人質だ。貴族なのだ、利用価値があるうちは手出しされない。まあ、弱い立場の者の中には、看守のいじめにあう者もいるようだが、私のいた牢ではありえないよ。個室だったしな」

 それを聞いて安堵するが、流衣はふと気になることが浮かんだ。ディルに問う。

「そういえば、ディルは家族に連絡したの?」

「……あ」

 ディルがしまったという顔をした。

「すぐに連絡してくる」

「おう、そうしろ。王弟殿下から連絡がいってるかもしれないが、昨日はばたばたしてたからな」

 リドの言葉に、流衣も追加する。

「婚約者の人が心配してたよ。安心させてあげないとかわいそうだ。リドはちゃんと神殿に連絡したの?」

「そっちはサーシャさんがしてくれてたよ。あの人は、その辺はきっちりしてるから」

 リドがそう言った時、宿の従業員が部屋に訪ねてきた。

 まさにこのタイミングで、ディルを探す家族がやって来たようだ。



「ディル! ああ、良かった。無事なのね」

 ディルの姉であるミリアナは、宿の一階にある食堂で待っていたが、ディルを見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

 長い銀髪を結い上げ、切れ長の目は水色をしている。薄水色のドレスがとても良く似合う美女だ。

 ミリアナはディルを抱きしめて、安堵のあまり泣き始めた。姉の抱擁に、ディルがたじろぐ。

「ちょっと、姉上っ」

 人の目を気にして離れようとするディルを、ミリアナががっちり押さえこむ。ミリアナの後ろから、茶色い髪をしたハンサムな男が言った。

「ディルクラウド君、我々に心配をかけたのだから、もう少し我慢しなさい」

義兄上(あにうえ)まで……」

 ディルが苦笑してそう呼んだ。どうやらミリアナの夫のようだ。

「うんうん、家族の感動のご対面っていうのは、いつ見ても良いものだね」

 ディル達を横目に、エルナーが嬉しそうににこにこして言った。

「エルナー君!」

 びっくりした。いつからそこにいたんだろう。驚く流衣に、エルナーはすぐ傍のテーブルを示す。

「王弟殿下から連絡をもらってね、僕もここの宿に泊まったんだ。お礼を言いたくて探してたんだけど、疲れてるだろうから遠慮してたんだ。その様子だと大丈夫そうだね」

 ちょうど食事していたようで、まだ器にスープが余っている。

 流衣がエルナーのほうへ歩み寄ると、彼は感激した様子で、流衣の両手をぐっと掴んだ。

「ありがとう、ルイ君! 〈蛇使い〉を倒したのは、君なんだろう? お陰で、やっと(のろ)いが解けたんだ!」

「それじゃあ」

「うん、僕はもう不老ではないよ」

 小声で付け足し、エルナーは感極まった様子で、流衣の手をぶんぶんと上下に振った。

「ええと、僕が倒したというより、あの人の限界だっただけなんだ。僕にお礼を言われても……」

「消えたのを目撃したということかな。それでもいいよ、これであいつの影におびえなくて済むんだ! ありがたい知らせだ!」

 なんでもいいから喜び合いたいみたいなので、流衣は一緒になって()ねてみる。

「わ、わ、ぎゃっ」

「あっ、ごめん、オルクス」

 肩にいたオルクスが跳ね飛ばされたので、流衣は慌てて床からすくい上げた。

「エルナー、嬉しいのは分かったから、俺達も食事させてくれ。こいつは腹をグーグー鳴らしてるんだ」

「それならお礼も兼ねて、僕がご馳走するよ。もちろん、他にもお礼させて欲しい」

「エルナー君、お礼なんていらないって。それに、君のお母さんが人助けしていて、それどころではないだろ? 僕はエルナー君に助けられたし、エルナー君も僕に助けられたなら、もうそれでいいんじゃないかな」

 近くの六人かけの席に座ると、エルナーがすかさず移動してきた。

「そういう欲の無さは素晴らしいね。でも、それじゃあ気が済まないから、やっぱり手助けしたいな。灰色のセトなんて杖連盟の幹部が共にいるなら、僕の助けなど不要だろうけど」

 エルナーは少しだけ嫉妬のようなものを込めて、セトをちらりと見た。

「人手は多いほうがいい。また相談させてくれ。それより、食事だ」

 セトはメニューを眺める。リドがすかさず注文を付ける。

「肉がいい!」

「分かっているとも。ステーキと、肉の入った煮込み料理にしようか。それからパンと」

「野菜も食べないと駄目ですよ。ゆで卵のついたサラダ!」

 流衣も身を乗り出す。

「君達、私のほうを少しは助けてくれ!」

 ディルが抗議するが、皆、食事のことで頭がいっぱいだ。

「お前の分は頼んでおくから」

「ねえ、甘いものを頼んでもいいかなあ、エルナー君。この果物ジュースを飲みたい」

「なんでも頼んでよ。危険な任務が多いから、僕は結構、高給取りなんだ。友達との食事に使えるなんて嬉しい」

 エルナーがにっこり笑い、オルクスがピョンとテーブルで跳ねた。

「わても果物や種を食べたいですぞ!」

「ベリーがいいんじゃない?」

 わいわいと話す面々の横で、ディルだけがミリアナに泣きながら謝られている。レヤード侯爵家からの人質にディルを出したことが、ミリアナにはこたえているようだ。

 ディルの顔がほとほと困り果てているのを見て、流衣は助け舟を出す。

「ディルのお姉さん達も一緒にどうですか?」

「まあ、よろしいんですの? 是非。こちら、夫のマティアスですわ」

「お邪魔するよ」

 足りない椅子を横に持ってきて、皆で食事することにした。


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