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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十五幕 紅の女王の帰還
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八十一章 流衣と魔王の亡霊 3

※残酷描写あります。今回は特に注意です。




 それはどこかの山奥に建てられた城だ。

 高い岩山の上に、武骨な(とりで)さながらに、木々に紛れるようにしてそびえている。

 二十代ほどの年齢になったフェリが、槍を手にして廊下を走っていた。兵士や黒服の者達の亡骸(なきがら)が、血にまみれて横たわっている。

 それは地獄にふさわしい、凄惨(せいさん)な有様だ。

「いたぞ! 魔王の配下だ!」

 前方にいた兵士が叫び、武器を手に襲いかかってくる。フェリは槍と魔法で彼らを撃破した。

 あっという間に死体が五つ増える。

 フェリは何も無かったかのように、再び走り出した。

 やがて、謁見の間に飛び込む。

「××××!」

 フェリは誰か、女の名を呼んだ。まるで白い百合の花のように、長い白髪を持った女が床に倒れている。 

 他には誰もいないが、壁際にいくつもの死体があった。

 彼女が敵を排除したのだと、フェリはすぐに分かった。

「どうして……どうしてだ! 勇者はあちらには来なかった! この有様、ここに来たんだろう!」

 女の傍らにひざまずくと、彼女は虫の息ながら生きている。

 血濡れの右手を伸ばして何か言おうとしているので、フェリはすぐに女の口元に顔を寄せた。

「魔王様……逃げて。……生きて、欲しい」

 それだけ言うと、女は満足げに目を閉じた。体から力が抜け、深い沈黙が落ちる。

「おい、××××! ××××!」

 フェリは慌てて女を起こそうとしたが、彼女はすでに息を引き取っていた。呆然と、恋人の遺体を抱えるフェリの前で、謁見(えっけん)の間の扉が開く。

「そこにいたのか、魔王」

 カツンと足音を立て、白銀の鎧に身を包んだ男が入ってくる。

 そして、何かをこちらへと投げた。

「お前達……」

 首が二つ、ごろりと転がる。

 フェリの仲間にして側近の二人だ。女と同じくフェリに嘘をつき、侵入者の撃退に向かったはずだった。

「お前が無様に生き延びようとするから、こうして仲間が死ぬ。いい加減、諦めろ。世界の害悪」

「貴様ぁぁぁっ」

 フェリの怒りは爆発し、槍を手にして勇者へと飛びかかった。



 あまりに凄惨な光景に、流衣は吐きそうになって胸元を手で押さえる。

 並ぶ死体だけでなく、切り落とされた頭部を見た瞬間、無理だった。

 だが、ここは精神世界。気分が悪くとも、実際に吐くことはない。

「本当に生きていて良かったと思うのか?」

 フェルナンドは自嘲(じちょう)気味に笑い、ふと気付くと、流衣の左肩を掴んでいる。

「さっさと負けを認めてしまえ。――どれだけ耐えられるかな」

「え? 何を……」

 流衣がけげんに問うと、フェルナンドの姿がふっと消える。

 そして、代わりに流衣が槍を手にして、死体の中に立っていた。

「これは、さっきの?」

 訳が分からないうちに、体が勝手に動いて、フェリの記憶通りの行動をとり始める。

 そして勇者と戦い、殺され、魂が短剣へと封じられるまでを、それから繰り返し見せられた。



 何回目か分からないが、もう見聞きしたくなくて、流衣は耳を手で塞いで目を閉じ、体育座りをして丸くなる。

 なんとかフェリの役からは抜け出したが、映像は容赦なく続く。

「いい加減、諦めたらどうだ? ここは心の世界だ。助けなんか来ない」

 フェルナンドが目の前にしゃがみ、悪魔のささやきを零す。

 こんなことを毎晩繰り返されれば、あのアークという男が白旗を上げるのも頷けた。

 確かに、ものすごくつらい。

 フェリの体験した不幸や絶望にさらされるのは、ほとんど拷問(ごうもん)だ。

(こんな日々を送ったんだ。この人は)

 魔王ではなく人間として向き合い、流衣はフェルナンドをちらりと見上げる。

(かわいそう。それに悲しい)

 心の声が伝わったのか、フェルナンドの顔に再び苛立ちが浮かぶ。

「なんなんだ、お前は。かわいそうは分かるが、その悲しいっていうのは!」

 流衣はフェルナンドに、思ったことをそのまま告げる。

「だってあなたは、生きていて良かったと、誰かに言って欲しかったんでしょう?」

 フェルナンドは(きょ)()かれたように、ぴたりと動きを止める。

 彼の動揺に呼応して、映像が止まった。

「本当は、あなたが一番、生きたことを後悔してるんだ。でもそれと同じくらい、生きることを認めて欲しかったんだ!」

 流衣の目から、ほろりと涙が零れ落ちる。

「だから……悲しい。僕はやっぱり、あなたは生きていて良かったと思う!」

「う、うるさい。なんでそんな」

「だって、あの女の人は満足そうだった。仲間だって、嘘をついてまであなたを守ろうとしていた。皆、あなたに生きていて欲しかったからだ。あの人達の気持ちまで無視しないでよ。かわいそうだ!」

 たまらなくなって、流衣は泣くしかない。

 元々泣き虫だけれど、これはつらくてたまらない。

 彼らの気持ちも、憎悪という形でしか愛を表現できないこの男のいびつさも。全部、悲しい。

「うるさい! お前に何が分かる!」

「分からないよ。でも、想像はできる。それに、ここで嫌ってくらいあなたの体験してきたことを見た。もう、終わりにしよう、フェルナンドさん。同じことをし返して、こんな悲しい人を増やしていくのは、本当にあの人達の望みなの?」

 流衣の問いに、フェルナンドは呆然と立っている。

 まるで出会いがしらにいきなり水をかけられたみたいな、拍子抜けした顔だ。

「あいつらの……望みは……」


 ――魔王様……逃げて。……生きて、欲しい。


 死に際の恋人の声が、深層世界に響く。

 フェルナンドはそこで急に後ろを振り返り、眩しげに目をすがめた。

「周りの人がなんと言おうと、僕は、あなたは生きていて良かったと思います」

 流衣はフェルナンドの手を取って、励ますように言った。

「お前……」

 フェルナンドは唖然としていた。

 しばらくぼんやりと流衣を見下ろしていたが、徐々にその表情が和らいでいく。それはまるで、雪解けの野に花が咲き始めたような、そんな温かなものだった。

 やがて憑き物が落ちたように、フェルナンドの顔が穏やかなものになる。

 その瞬間、止まっていた映像に、ヒビが入った。

 そして、凄惨な映像はガラスのように飛び散り、世界はまばゆい光に包まれた。

 次に目を開けると、流衣達は春の野原に立っていた。のどかな青空の下、色とりどりの花々が地平線のかなたまで咲き乱れている。

「ふふ、はははっ」

 突然、フェルナンドは笑い出した。

「はははははっ」

 おかしくてたまらないというような、子どもじみた笑い声を立てる。

「……まったく、俺もやきが回ったな」

 そして、降参だとでもいうように、肩をすくめた。

「こんな子どもに諭されるとは。俺は生きていて良かったのか。ははっ、そうか。そうだな。――どうして忘れていたんだか、あいつらもそう言ってくれていた」

 懐かしそうに目を細め、フェルナンドは遠くを見つめる。

 流衣がフェルナンドの見るほうに目を向けると、花畑の向こうで、三人の人影が手を振っていた。姿ははっきりとは分からないが、その姿は光り輝いている。

「叶うなら、次は優しい両親のもとで、穏やかに暮らしたいものだ」

 ぽつりと呟き、フェルナンドは光の影のほうへと歩き出す。

 ようやく彼は旅立つのだと、流衣は目を細める。

 世界が光に染まっていく。

 遠くから、フェルナンドが礼を言う声が聞こえた気がした。



 はっと目を開けると、大勢の人が流衣を見下ろしていた。

「あ、気が付いた」

 誰かの声がしたと思ったら、横から誰かと一羽が飛びついてきた。

「ルイ! 良かったぁーっ」

「坊ちゃんーっ」

「ぐえっ」

 思い切り首にしがみつかれ、流衣はうめく。アルモニカは泣きながら、流衣にぎゅうぎゅうとしがみついた。オルクスは頭にひしっとくっついている。

「魔王の亡霊にとりつかれて、全然、目を覚まさないから、もう駄目かと思った!」

『わても心配しましたーっ』

 オルクスは良いが、アルモニカの絞めっぷりがやばい。流衣は慌ててもがく。

「あ、アル、やめ、苦し……っ」

「こらっ、アルモニカ、落ち着けって!」

 リドの声がして、アルモニカを引き離してくれた。流衣は咳き込み、よろよろと身を起こして周りを見回す。

「どうして? 僕は確かに魔法で封じたはず……」

 結界に閉じこもったはずなのに、生身で接しているのは不思議だ。

「目が覚める時に、消えたんですよ。あなたの魔法は成功していました。安心してください」

 何を心配したのか分かったのか、倒れたはずのゼノがそう教えてくれた。

 なんと流衣の仲間だけでなく、勇者一行も傍にいる。

「あっ、ゼノさん。無事だったんですね」

「ええ。しかし申し訳ありません、あなたに大変ご迷惑を……。その様子ですと、大丈夫のようですが」

 ゼノの言葉に被せるようにして、リンクが身を乗り出す。

「いったい何があったんです? 不思議なことに、短剣に封じられていた禍々(まがまが)しい気配も消えてしまいました」

 流衣は勇者である達也が持つ短剣を見た。

 リンクの言う通り、黒いもやが消えている。流衣はほっとして、微笑みを浮かべた。

「魔王の亡霊さんと――フェルナンドさんと、僕の心の世界でお話ししたんです。その後、旅立って行きました」

 空を見上げると、雲間から光が差し込んでいる。天の階と呼ばれる光を見つけて、流衣は嬉しくなった。天国に行けたしるしだろうか。

「いや、意味分かんないから!」

「説明しろっ」

 達也とリドの声で、あっけなく情緒から引き戻される。流衣は困って苦笑をしつつ、彼らに話して聞かせることにした。



「いやあ、相変わらず、お前はすげえわ」

 話を聞き終えると、リドがうなるように評した。

「思ったことを言っただけだよ」

 流衣はそう返し、お茶を飲んでほっと息をつく。

 魔法学園の時みたいに、ゼノが敷物を取り出し、お茶の用意をしてくれたのだ。魔力が減りすぎてふらふらしていたので、ありがたくご相伴(しょうばん)にさずかっている。

 ゼノは心配そうに流衣を伺う。

「あなたも彼の記憶を見せられたのでしょう? ゆっくり休んだほうがいい。精神汚染には治癒は効きませんし、後遺症もありますから」

「ゼノさんは大丈夫なんですか?」

 流衣の問いに、ゼノは頷く。

「私は神官として精神的な鍛錬を積んでますし、対処法も学んでますから。眠れないとか、何か心配なことがあったら、神殿で治療を受けてくださいね」

 そう言うものの、彼の顔色はあまり良くない。フェルナンドに乗っ取られている間、散々だったのだろうと推測できた。

 ゼノの心配を聞いて、アルモニカとリドが流衣に口々に言う。

「もし必要なら、エアリーゼに帰ろう」

「そうだよ、あそこなら充分に手当てしてやれる」

 ディルもそれは良いと手を打つ。

「元魔王を昇天させた功労者なのだ。神殿が労わるのも当然だな。しかし、目が覚めて良かった。以前のように、一年寝たままでは我々の心労のほうがひどいからな」

「ごめん、ディル。あのー、ところで皆はどうしてここに?」

 今更ながら、流衣は彼らのことが気になってきた。達也が空を示す。

「俺は風の精霊からの情報を得て、すぐに転移してきた」

「こっちもそうだぜ。オルクスが派手に暴れてたから、風の精霊が気付いてな。セトさんに頼んで……って、セトさん、なんで泣いてんだ?」

 セトはこちらに背を向けて、ずびずびと鼻をすすっている。その隣で、サーシャが苦笑交じりに返す。

「元魔王のお話がかわいそうで、胸にきたみたいですわ」

「死を望まれるなど、憐れだろう! ルイ、君は本当に良い子だな。生きていたことを認めてあげるとは、彼はどれだけ救われただろうか。ううう」

 ハンカチを取り出し、顔を覆って本格的に泣き始めたセトには、流衣も困った。

「セトさん、涙もろいところがありますよね……」

 一同はセトの様子に、明るい笑い声を上げる。

 やがて達也が改まって姿勢を正し、流衣にお辞儀をする。

折部(おりべ)弟、お前のお陰で、ようやく行方不明の聖具も奪還できた、ありがとう。あとは残りの聖具を手に入れて、魔王を討伐するだけだ。と言っても、北の山脈に行くのが一番大変なんだけどな。お前と次に会うのは、あっちの世界かな?」

「そうだといいですけど」

「もし戻れたら、お前の兄さん――怜治(れいじ)さんを通して連絡してくれよ。頼んだぜ?」

「ええ、分かりました」

 達也が右手を差し出したので、流衣も握手を返す。サーシャが口を挟む。

「あら、親友の交わしですか?」

「ん? いや、よろしくってあいさつ。ああ、この国ではそういう風習があったな、そういや」

 流衣も忘れていたが、ルマルディー王国では、右手での握手は互いに親友だと認め合う儀式を示すのだ。だが、流衣は達也と同郷なので、彼が言いたいことは分かる。

 達也が立ち上がったので、流衣は問いかける。

「もう、行くんですか?」

「ああ。どうやら女王が城を取り戻したようだぞ。凱旋(がいせん)パーティーに誘われる前に、トンズラしねえとな」

「ええっ、どうして?」

 達也の理屈が分からない。驚く流衣に、リンクが呆れ混じりに教える。

「タツは女性が苦手なの。ああいったパーティーは着飾った人が多いから、特に苦手なんですって」

「それでトンズラ……」

 ぽかんとしている流衣達の様子に、達也がばつが悪そうにリンクをにらむ。

「おい、余計なことを言うなよ」

「そういえば、勇者様のパーティにはもう一人いたと思いますけど、どうしたんですか?」

 リドの問いに、達也は苦い顔をする。

「魔王の亡霊がとりついてたアークって奴が、瘴気(しょうき)にむしばまれたせいで限界が来て、死んだんだ。それで一人になりたいからって、パーティを抜けたよ。アークはエマイユの幼馴染だったんだ。……時間が必要だ」

 場の空気がしんみりとなる。彼が憐れな被害者にすぎないことは、流衣達はよく分かっている。

「でも、俺は止まってられないんだ。こうしている間にも、魔王の影響が広がっていくから。これ以上の不幸の連鎖を止めるためにも、勇者として仕事を終えてくる。折部弟、お前も頑張れよ」

「はい! 川瀬先輩も気を付けて」

 それぞれあいさつをすると、勇者一行とはここで別れた。

 彼らを見送ると、流衣達も王都に戻ることにした。


私信

 魔王の亡霊の過去話の件、さっそく教えていただいてありがとうございます。

 そうです、それそれ。だいたい合ってましたけど、ちょっとだけ修正しておきます。助かりました。

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