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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
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六十六章 出立準備 1



「今回、私が同行する神の園は、(あお)の山脈にある洞窟遺跡だ」

 セトの自宅に打ちあわせで集まった流衣達は、セトとともに長椅子に座り、ロウテーブルに置かれた地図を囲んでいた。その地図の一端を示し、セトは言った。ルマルディー王国西端に位置する青の山脈は、北から南へと細く伸びている。

 甘い香りのするお茶をご馳走になりつつ、流衣はあっと声を上げる。

「それ、勇者の歴史について調べた時に書いてありました」

「ちゃんと調べているようで安心した。それでだが、私は元々、今では忘れられているが、遺跡などに残っている魔法を中心に研究していてな、それで一番の研究テーマが勇者召喚の陣についてで、若い頃は、そうだな、二十代の頃は遺跡を求めてあちこち旅していたのだ」

 その結果、やっと見つけたのが案内する遺跡だという。魔法使いでありながら、考古学者みたいだなと流衣は思った。

「もちろん、それだけだと食べていけなかったのでな、魔法の簡易化や応用を研究して発表し、それで生活していた。そんな風に遺跡を求めて旅をして回っていると移動が面倒になるものだから、行ったことのある場所にひょいと戻れたら楽なのにと考えて開発したのが転移魔法だな。ちょうど十年くらい前になるのか? 画期的だということで、転移魔法の権威だと言われ、女王陛下にも名誉貴族の地位を頂いたが、身分はともかく屋敷と土地は責任が発生して面倒でな、身分と金だけ貰って、研究費にあてさせてもらった」

 名誉貴族なので、爵位は男爵らしい。だが、魔法学校で教師になるに当たり、爵位を持っているのは有効的だったようだ。魔法学校内に身分はないと言っているが、通っている生徒の大半が貴族なので、自然と身分問題が明確化する。男爵位を金で買った者は成金と呼ばれて嫌われるが、セトの場合は功績が大きかった為に逆に尊敬されているらしい。

「私は平民気質だからな、貴族扱いされると困るが、まあそれはいい。とにかく、転移魔法を開発したことで、元々の研究テーマに戻って、今に至るまで勇者召喚陣が転移に使えないかと研究しているわけだな。あちこち旅して、唯一見つけだせたのが青の山脈の洞窟遺跡だけだ。青の山脈は魔物が強いからな、死ぬ目にも遭ったよ。本気で洒落にならん」

 セトは四角い眼鏡のブリッジを、くいと指先で押し上げる。

「お陰で、魔法使いとしての力量も上がったし、魔法だけでなく杖を使った武術まで嗜んでしまったから良かったのかもしれんがな。護衛代をケチっていただけだったのだが、人間、何が功を奏するか分からんものだ」

「先生、出来れば知らないでおきたかったです。色々と……」

 アルモニカは複雑そうな顔をしている。

 まあ、それもそうだろう。移動が面倒で転移魔法を開発しただとか、護衛代をケチっていたせいで力量が上がったなんて、教師として尊敬していた生徒にとっては知らないでいたかった現実だろうと思う。

「きっかけなんてものは、意外にくだらん理由が多いものだぞ? 魔法薬調合でミスをして、庭に捨てたら植物がみるみるうちに生えて、強力な植物栄養剤になったなんていう話も聞くからな」

「それ、うちの幹部のミケーラさんの話ですよね。笑いながら言いふらしてましたよ」

 すごく嫌そうに言うアルモニカ。

「君が物質転移を応用して郵便システムを作ったのだって、元は君の父親が、手紙が届くのが遅いから一瞬でポンと届いたらいいのにと言ったのがきっかけだっただろう? 君がそう出来るように魔法を組んだら、それを組合長が金儲けに利用しただけで……」

 アルモニカはむすっとする。

「その話、今でも腹が立つので言わないで下さい! あのクソジジイ、杖連盟内で連絡するのに便利だからネットワークを広げるなんて言うから使用を許可したというに、気付けばウィングクロスに技術付与して代金せしめおって! 本気で腹が立つ。なにが、“この郵便システムで魔法使いの地位向上じゃー!”じゃ。クソボケウサギ爺っ」

 悔しそうにうなり、だんだんと長椅子の取っ手を叩くアルモニカ。

(そういえば、ヘイゼルさんてお金儲けが好きだって前に言ってたなあ)

 流衣は黒々しい気配を放つアルモニカを見ながら、そんなことを思い出した。

「だが仕事にあぶれる魔法使いが減ったのも事実だ。流石はヘイゼル様、抜け目がない」

 一方、セトはうんうんと頷いて、ヘイゼルの手腕を褒めている。

「たった四年でこれだけ広まっているのだから、周りもその利便性に気付いたようだしな。あの鍵を作るのに魔法道具屋に依頼を出すから、お陰で仕事が増えたと感謝されているし、なかなかのものだ」

「もういいです、その話は! 青の山脈の話に戻して下さい!」

 バンとロウテーブルの盤面を叩くアルモニカ。テーブルに乗っている茶器がガチャンと音を立てる。

「暴れるなよ、お前」

 セトの左隣に座るリドが呆れて口を出すが、アルモニカに睨まれ、ひょいと肩をすくめた。

「ああ、そうだったな。とにかく、そういう経緯で青の山脈に洞窟遺跡があるのを知っている、というわけだ。転移魔法を交えて行くが、私の魔力だと、四人纏めて転移は隣町に行くだけで底をつく。遺跡までは、転移魔法を使って急いでも、最低で二ヶ月はかかる計算だ。徒歩と馬車なら三ヶ月だから、随分マシだが」

「すごいっすね、転移魔法ってのは」

 リドが目を丸くしているのに、アルモニカが口を出す。

「風の精霊の子であるお主なら、精霊に頼めば運んでくれるやもしれぬぞ?」

「それは実験したことがないな。記憶伝達の術と、風の魔法の応用だから、もしかすると……」

 セトが顎に手を当ててぶつぶつ言い出すのに、オルクスが嘴を突っ込む。

「エアリーゼまででしたら、わてが転移でお送りしますヨ。リドの実験はともかく、旅程を詰めましょう」

「実験するのかよ……」

 言葉の不穏さにリドが引き気味にぽつりと呟き、その瞬間、びくっと肩を揺らした。

「……うわ、風の精霊達が面白がってる。これは試さなきゃいけなくなりそうだ」

 顔を手で覆って溜息を吐く。面倒臭そうだ。

「ねえねえ、リド。精霊の子って、術を使うのに魔力はいらないんだよね? 転移魔法って結構魔力を使うみたいだから、もしいるんなら大変だと思うけど」

 流衣が心配して問うと、リドは答える。

「魔力は減らねえよ。でも気力を使うから、あんまり使いすぎると疲れるんだ。細かい作業して気力を使うようなもんだ」

「そうなんだ?」

「そ。えーと、魔法使いは魔力を通して精霊に意志を伝えるらしいけど、俺はそこを省くからな、魔力は使わない。頑張れば嵐だって起こせると思うが、そこまでのことをしたことはねえな」

 リドはさらっと言っているが、かなりすごいことだと思う。

「流石じゃの」

 アルモニカが誇らしげに頷いた。

「では試すのは後にして、ルイの使い魔はエアリーゼまでしか転移出来ないのかね?」

 セトの問いに、オルクスは頷く。

「はい。わては地上に下りたのはこの主人で初めてですから、転移出来ない場所の方が多いのです。北部ではエアリーゼが限度ですネ」

「分かった。では、エアリーゼからが徒歩か馬車になるか……」

「馬車ごと転移でしたら、一度行った場所ですし、往復すれば出来なくはありませんが……」

 オルクスはおずおずと言う。あまり良い案ではなさそうだ。流衣は左肩に乗るオルクスに問う。

「何か問題あるの?」

「はい。馬は臆病な動物なので、転移した後に怯えて使い物にならなくなるかもしれません」

「私としても、馬車はなくていいと考えている。使うとすれば、乗り合い馬車の方が面倒がなくていい。世話をする手間が省けるし、いざという時に馬を放置するのも可哀想だ。転移魔法を中心に使う旅として、基本は徒歩だな」

 セトの説明に、皆、なるほどと頷いた。

「それでしたら、学校の厩舎(きゅうしゃ)に馬車を預けておくことにしましょう。構いませんよね? お嬢様」

 部屋の隅に立っていたサーシャが、すっとアルモニカの側に寄って問う。

「それは構わぬが、お主も来るのか?」

「当たり前です。わたくしはお嬢様の専属護衛兼侍女でしてよ。第一、殿方ばかりの旅に大事なお嬢様を一人で向かわせるなど恐ろしくて出来ませんわ!」

 大袈裟に嘆くサーシャ。

「ついて来るのは構わんが、侍女服はやめてくれ。目立つからな」

「かしこまりました、セト様」

 優雅に一礼するサーシャ。

(すごい……。アルよりお嬢様みたい……)

 流衣は違う方面で感心する。

「話を続ける。エアリーゼを出た後は、西のエダ公爵領……、今では王領の一部になっているが、そこを通過しなくてはいかん。北一帯の無爵(むしゃく)領と比べ、重税で荒れ地になっている場所が多いから荒れている領だ。注意しなさい。特にルイ。アルモニカ嬢より危なっかしいからな、君は。税金を身売りで賄う家が多いから人買いが横行しているし、盗賊が出るのは当たり前の土地だ」

「確かに真っ先に狙われそうだな。盗賊のいいカモっぽい」

「うむうむ。良い感じにカモだな、確かに」

「ちょっと三人してじろじろ見て頷かないで下さいよ」

 へにょりと眉を下げて抵抗を試みるが、ふと肩を見てオルクスまで頷いているのに気付き、がっくりする。情けなくて泣きそうだ。

 しかし、セトの言葉に引っかかる。

「無爵領って、北部一帯には領主がいないんですか?」

 流衣の問いにはアルモニカが答える。

「北部は北の大山脈が近いし、そこに住む竜の生息域が近いからな、昔から彼らを刺激しない為に領主は置いていないのだ。代わりに、ワシの家が統括しておる。初代王の分家であるから血筋的にも問題無いしの、神官じゃからそこまで刺激はせぬというわけじゃな」

「領主の代わりをしてるってことでいいの?」

「そうじゃ。昔から北に魔王が誕生することが多いからの、エアリーゼは防衛に関しては国内一を誇っておる。一種の要塞でもあるのじゃ。だから避難民が多い。そのせいで、都市内は少々混乱しておってな、お父様はその救済処置を求めて王都に行かれたが、反乱のせいで結局は無駄足になってしもうた。現王陛下が知らぬふりをされるから、お父様は毎日頭を抱えておる」

 避難民が多くて大変だと聞いてはいたが、そこまで酷いのかと流衣は目を瞬いた。その状況下で流衣の面倒まで見てくれていたとは、グレッセン卿はなかなか懐が広い御仁らしい。

「エアリーゼはそこまで困窮しているのか?」

 セトは驚いたように身をのけぞらせる。

「はい。アカデミアタウンは貴族の子どもが多いですから、物資は余裕がありすぎる程ですが、他の土地はかつかつですよ。村は自給自足なだけマシですが、食料を村に頼っている町の方は食料が不足気味です。まあ、場所によりけりですが」

「なるほど。では、出来るだけこの町で補給しておいた方がよさそうだな。それから装備も整えよう。ルイとアルモニカ嬢は杖があるからいいとして、リドは……」

 リドが腰に提げているダガーを見て、セトは武器を見せろと言う。鞘から抜くと、先が尖った刃先が現れる。赤銅色に輝くダガーを見て、セトはうなる。

「ふむ。これは青銅製だな? だいぶ使いこんでいるようだ。少し歯零れしている」

「木こりの持ち物なんで、大した品じゃないですよ。それでも得るのに苦労したくらいです」

 リドが言い訳し、気まずげに身じろぎする。

 青銅製の武器は、武器類の中でも劣る部類だ。鉄や鋼の方が強度がある。それでも、大事に使えば長く使えるものだ。リドは盗賊をしていた頃に剣技を身に着けたのもあり、あまり剣を扱うのは好きではなかったから、買い換える気も起きず、ずっと同じ剣を使っていた。風を纏わせれば強度と切れ味が上がるので、困ったこともない。好きではないが、状態の悪い剣が身を滅ぼす要因になるのも分かっているから、手入れだけは欠かさずにしていたのだ。

「いや、良い剣だよ。大事にしているのが分かる。だが、これは青の山脈に行くには役不足だな。一撃で折れそうだ」

「そんなに強いんですか? 青の山脈の魔物……」

「強いし、固い。竜に近いものもいるし、甲殻を身に着けている種類が多いのだ。魔法の方が有効だが、時には身体の周囲に結界を張る種類もいて、魔法が効かない場合もある」

 これには、リドだけでなくアルモニカやサーシャ、流衣も顔をしかめた。

「どうしても困る時は、魔物を結界で封じて逃げたものだ。懐かしい……」

 セトは遠くを見る仕草をした。苦労が滲みでている顔をしている。

「あのぅ」

 流衣が恐々声をかけると、セトは我に返る。

「ああ、すまない。では今日の午後三時までに物資を調達して、装備を整えよう。リドはもっと良い武器を買ってこい。良い鍛冶屋を教える。もし調節に明日までかかるというなら、出発は明日に延期だ。そうでなかったら、ここに集合後、そのまま出立する」

「分かりました」

「了解」

「はい」

 流衣とリドとアルモニカはそれぞれ答える。セトが紙片に鍛冶屋の位置を書いたメモをリドに渡すと、では早速と揃って席を立つ。

 戸口に向かいながら、流衣はリドに浮き浮きと問いかける。

「リド、鍛冶屋に行くんなら僕も一緒に行っていい?」

「金ならこないだの給料あるから平気だぞ?」

「それもあるけど、鍛冶屋ってあんまり行ったことないからまた行きたい!」

「ずるいぞ、ルイ! ワシも行く!」

 アルモニカが憤然と参戦し、リドが苦笑する。

「遠足なら他所当たってくれますかね、お坊ちゃんにお嬢ちゃん」

「なんで子ども扱い!?」

「失礼じゃぞ、お主! ワシのような淑女を捕まえて、何だその言い草は!」

「「淑女?」」

「喧嘩売っとるのか、お主ら!」

 わいわいがやがやと外に出て行く三人と、静かについていくサーシャ。

 全員が退室すると、セトは苦笑する。

「そうか。私は保護者位置になるのか……」

 全員纏めて子ども扱いし、セトは先を思って一つ溜息を吐く。

「はあ、準備か。旅装はどこに置いたかな」

 そして、準備をすべく、研究室と同じくカオス状態の自室へと足を向けるのだった。


 王国内で一番落ち着いてて安全なのが、東の領、ディルの実家の領地一帯です。ご実家、領主としてはやり手です。しかもクソ真面目な人が揃ってる家なので堅実。

 どこかで書いたと思いますが、(第二部?)西と南の領地は荒れてます。

 ツィールカさんもちゃんと考えて、流衣を放り出す場所を決めているのです。


 馬車がある方が女性連れだと野営時は便利ですが、転移魔法を駆使しての旅だとちょっと邪魔。徒歩が基本だとアルモニカが足手まといになりそうだけど、体力の無さでは流衣もアルモニカより少しあるくらい程度の差なので、たぶん問題無し。

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