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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十五幕 紅の女王の帰還
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八十一章 流衣と魔王の亡霊 2

 ※残酷描写があります。暗い話なので、そういうのが苦手な人は読まないでねー。



 まるで暗い海へと落ちたようだった。

 前後左右、全てが真っ暗。それなのに、自分の存在は感じられるという不思議な感覚の中、流衣は周りを見回した。

「怖がりで気弱なくせに、頑固な奴だな」

 どこかから、魔王の亡霊の声が響いて聞こえた。

「とっとと明け渡せ。苦しみたくはないだろう?」

「勇者が来るまでは頑張ります」

「怖いくせに」

「わっ」

 目の前に、黒服の青年が現われ、流衣は後ずさる。青年はせせら笑った。声に聞き覚えはあるが、会ったことのない人だ。

「誰?」

「はっ、誰ときたか。声で分からないか」

「元魔王さん?」

「魔王にさん付け! 良い子の見本という感じだな」

 青年は流衣を馬鹿にして、額を指先で軽く小突いた。流衣は額を手で覆って後ろに下がりながら、この真っ暗闇でも相手の顔が見えることに驚く。

 青年は二十代前半くらいのようだ。背が高く、鋭い目は金色で、短い髪は黒い。顔は綺麗に整っているが、どこか野生味を感じさせる。黒衣に身を包んだ様子は、闇の魔法使いというより、暗殺者か盗賊のようだ。

 魔王の亡霊は鼻で笑う。

「暗殺者か。お前、意外と失礼だな」

「えっ、なんで!? まさか、あなたも女神様みたいに心の声を読めるの?」

「お前の心の中に居座っているんだ、聞こえるに決まってる。暗闇の中でも見えるのだって、自分の深層世界なら当然だろう」

「はあ」

 流衣はよく分からなかったが、とりあえず頷いた。

(しんそう世界? なんで心の中なのに触れるんだ?)

 首を傾げると、青年は面倒くさそうに眉をひそめる。

「俺が亡霊で、魂に過ぎないのは知っているだろう。こんな子どもにしてやられるとはな。自分ごと魔法で封じるとは、変に思い切りが良い。怖がりのくせに」

「なんで……」

 問いかけて、ここが流衣の心の中だということを思い出した。この青年は流衣の思考を読みとったのだろう。

 流衣は気を取り直し、青年と向き直る。

「僕の心から出て行ってください」

「断る」

 即答に、流衣はうなだれた。

 そもそも流衣は、他人にものを頼むのが苦手だ。それが追い出すといった過激なことになると、どうしても気が引けてしまう。

「勇者が来るとでも? おめでたい奴だ。助けなど来ない。ここは心の中だからな」

「あの短剣にあなたを封じてもらえれば、僕は助かる」

「さあ、どうだろうな。――その前にお前を叩きつぶせばこちらのものだ」

 青年は歪んだ笑いを浮かべる。

「せっかくだ。お前に俺が体験してきた地獄を見せてやろう。それでも最後まで耐えきれたら、お前の勝ちだ」

「地獄って……」

「前にとりついていたアークという奴は、最初はお前のように耐えようとしていた。だが、これを毎晩見せたら、そのうち病んで意識を明け渡した。眠っているほうが楽だからな」

 そう言うと、青年はまるで舞台の上の道化師のように、大袈裟に右手を広げてみせる。

「さあ、案内しよう。――悪夢の始まりだ」

 流衣が身構えた瞬間、真っ暗だった世界が一変した。

「え? 森の中?」

 拍子抜けだった。青年のこの口ぶり、きっと悲惨な戦場ど真ん中の光景でも見せられるのかと思った。

 いや、もしかすると悲惨さのある森なのだろうか。

 注意深く観察するが、ピーチルルルと鳥のさえずりが聞こえてくるだけだ。

「のどかだ……」

 流衣はきょろきょろした。どう見ても平和な田舎である。

「ここは俺が七つの時にいた森だ」

「うわっ」

 左隣に青年が立っていたので、流衣は飛びのいた。青年はふんと鼻で笑う。

 流衣が嫌な感じだなと思ったら、彼は当たり前だろうみたいな顔をした。心を読まれるってつらい。

 すると、そこで映像が変わった。


「フェリ、ああ、いた。もう、勝手に離れては駄目じゃないの」

 豊かな黒髪を持った二十代半ばくらいの女が、森の奥から現われた。

「魔物が出たらどうするの?」

 女が歩み寄る先には、黒髪の男の子がいた。男の子は振り返り、にこりと笑う。

「大丈夫だよ」

「何をして……」

 フェリという子どもが抱えているものを覗き込み、女は目を見開く。男の子は昆虫の魔物を抱えていた。そうだと気付いた女はカッと頭に血を上らせ、子どもの頬を平手で打った。

「馬鹿! 魔物に触っては駄目だと言ったでしょ!」

 わーんと泣き出す男の子の肩を、女は容赦なく掴んでさらに注意する。

「あいつらと仲良くしちゃ駄目と言ったでしょ? どうして普通の子と同じになってくれないの? どうして……お母さんの言うことを聞いてくれないの?」

 昆虫の魔物はその場を去り、フェリは大泣きしている。だが、女も泣きそうに顔を歪めている。

「ねえ、お願いだから普通になって! そうしたら、あなたも私も、生きていけるの。殺されなくて済むの! 誰にも追われずに済むのよ」

 女はフェリを抱きしめて、すすり泣く。

「魔王だなんて神託を受けたせいで、あの人はお前を殺そうとしたわ。成長したら、良い子に……ううん、普通に育てば、あなたは悪いものではなくなると思ったのに。どうして魔物に近付いていってしまうのよ」

「ごめん、ごめんなさい、お母さん」

「……ううん、こっちこそごめんなさい。叩いて悪かったわ。さ、帰りましょう」

 女はフェリの手を引いて、森を歩き出す。だが、ガサリと聞こえた草の鳴る音に、びくりと肩を震わせた。(おび)えを顔に浮かべ、子どもを抱えて傍の木の影に隠れる。

 それが動物によるものだと分かると、女はほっと息をついた。

「さあ、行きましょう、フェリ。また住処を変えないと……。あなたのお陰で魔物には襲われないけど、追手はしつこいわ。あの人も家族も、村の人も皆、あなたを殺そうとするんだもの。私だけは守ってあげる。――たった一人でも味方がいれば、私だけでも愛してあげれば、きっと悪い大人にはならないはずよ」

 女は周りを怖がって震えているが、子どもの手を掴む手には強さが秘められていた。


「あれは俺の母だ」

 魔王の亡霊がぽつりと言った。

「俺が三歳の時に、村の神官が魔王だという神託を受けた。父親や親族、村の人々は俺を殺そうとしたらしい。それを一人で守って逃げた。ああして、幼い頃から転々と逃げて回る日々だったよ」

 魔王の亡霊は自嘲混じりに笑う。

「幸い、俺が魔王だったから、魔物は全て俺の味方だ。人が来ない山奥に逃げても、奴らのおかげでなんとか生き延びられたっていうのが皮肉な話だ」

「フェリさんっていうんですか?」

「本当の名は、フェルナンドだ。だが、どうでもいい」

 流衣の問いに、魔王の亡霊――フェルナンドは本当に興味がなさそうに返す。また映像が変わる。


 フェリはもう少し成長していた。十二歳くらいだろうか。

 彼ら母子は、山奥の洞窟で暮らしていた。

 母親が咳き込んで、口を手で覆う。その手が赤に染まった。苦しそうに咳をしながら、泣いている母親に、ちょうど果物を手に戻ってきたフェリは慌てて駆け寄る。

「母さん、寝てて。俺、薬草を――」

「フェリ、待ちなさい」

 母親は青ざめた顔のまま、フェリを悲しげに見つめた。

「私はもう長くない。私ね、だんだん分からなくなってきたの。私が間違っていたのかしら。ただ生きているだけで害悪になる魔王を育てて、世界の命運を傾けて……。あなたはちっとも普通にならないし、私がこのまま死んでは、責任すらとれなくなってしまう」

「母さん?」

 フェリは恐る恐る問う。

 母親の様子は尋常ではない。目を血走らせて、覚悟を決めた顔をしている。母親はナイフを掴んだ。

「ねえ、フェリ。母さんと一緒に死にましょう。ごめんね、ごめんなさい。あなたを生かしておいたのが、共に生きようとしたことが、私の罪だった」

「何言って……嫌だよ、母さん。俺は死にたくない!」

 フェリは暴れたが、恐ろしいほどの力で右腕を押さえこまれて動けない。それがますます恐怖に陥れた。

 ナイフを振り上げた母親の手をどうにか止める。

 病気で痩せ細った母親と健康な少年では少年に分があるが、弱っているどこにそんな力があるのか、母親の腕力は強い。

 それからしばらく争い、フェリは抵抗した。それがどうしてそうなったのか分からない。何かの弾みで母親の胸にナイフが突き刺さったのだ。

「ああ……」

 更に苦しげにうずくまり、母親は血を吐きながら涙を零す。

「フェリ……私の愛する……息子。お願いだから……私と、死ん、で……」

 途切れがちなその声を最後に、母親はぱたりとその場に倒れ伏す。

「うああああ。そんな、母さん! 母さん!」

 フェリは母親にすがりついたが、すでに物言わぬむくろと化していた。

 唯一の味方に殺されかけたこと、殺してしまったこと。そして母親の死に際の言葉が呪いとなって、フェリの耳奥にこびりつく。

 一瞬、母親の言う通りにすべきだと、ナイフを手に取った。

 だが、結局、フェリは死ねなかった。

 母親の墓を作り、埋めた後もぼんやりと座り込んでいる。心配した魔物達が果物を置いていってくれたが、手を付ける気にもなれない。

 どれくらいそうしていたか分からない。失意はだんだんと怒りに変わっていった。

「なんで……どうして。俺が何をしたっていうんだ! ただ生きたいだけなのに!」

 今まで世界に対し、何かを思ったことはなかった。

 だが、今は。

「そちらがその気なら、俺は生きてやる! そして害悪になってやるよ!」

 虫けらのように、潰されてやる気はない。

 蜂のように、死に際に一矢報いて、この世界に深い傷を作ってやる。

 それ以来、憎悪と怒りの炎はゆらゆらと心の奥底で燃え続けている。




 流衣はいつの間にか泣いていた。

「どうして泣く? 憐みか? 同情か?」

 フェルナンドの問いに、流衣はゆっくりと首を横に振る。

「悲しくて」

 その答えに、苛立ったように、フェルナンドの眉が寄った。

「何故だ。前の奴が抱いたのは恐れだった。人が魔王として追われる事実に、その魔王に取り込まれていることに怯えていた。そして、俺が死ななかったことを責めていた」

「僕は死んだほうが良かったとは思わない。僕も同じ状況だったら、きっと抵抗して、そしてああなってた。でも……悲しいよ。フェリさんはお母さんが好きだったんだ。そんな人に殺されそうになって、死を望まれて……つらかったに決まってる」

 もし流衣がこんな目にあったら、三年くらいはどこかに引きこもって外に出られなくなりそうだ。

「お母さんは立派な人だったと思うけど、だからって言うことを聞かなくたっていいと思うんだ。僕は、あなたは生きていて良かったと思う」

 流衣は自分の思ったことを、そのままフェルナンドに告げた。

 するとフェルナンドは、何かを恐れるように後ずさる。

「う、うるさい。なんなんだ、お前は。生きて良かった? ――これでも言えるのか?」

 そして再び、映像が切り替わった。


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