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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十五幕 紅の女王の帰還
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八十一章 流衣と魔王の亡霊 1

 


 影に落ちたと思ったら、瞬きをすると、原っぱに立っていた。

 転移酔いをして気分が悪く、流衣は胸に手を当てる。その時、オルクスが左腕を振り払って、大きく飛びすさった。流衣が驚く暇もなく、地面に下ろされる。

「坊ちゃんに近付くんじゃありませんよ。瘴気が体にさわるでしょう?」

 オルクスがにらみつける先には、〈蛇使い〉が倒れていた。まるで枯れ木に黒いボロ切れが引っかかっているだけのような頼りなさだ。何故か怖くなって、流衣はオルクスの背後に隠れる。

 オルクスは冷静な態度で、流衣に教える。

「あの者、身の内の瘴気が濃すぎます。もう限界のようです」

「限界って……?」

 問いかけはしたものの、流衣はなんとなく意味を感じ取っていた。

 命がすり減り、からからに乾ききっている。これからあの老人を待ち受けるのは、死なのだろう。

「まだだ、まだ終わらぬ。わしは高みに行くのだ」

 骨と皮ばかりの指先で、〈蛇使い〉は地面をかく。

「高み? そこは上ではなく、下でしょう」

 オルクスが呆れを込めて呟いたが、〈蛇使い〉の耳にはもう届いていないようだ。うわごとのようにぶつぶつ言っていたが、一際苦しげにうめくと、ふっと体から力を抜いた。

「え……?」

 流衣は目をみはる。

 〈蛇使い〉の体が石のように固まったかと思えば、そのままボロリと崩れ落ちたのだ。灰に近い。その時、強い風が吹いて、灰は飛ばされる。残ったのは黒いボロ布だけだった。

「どういうこと? あの人はどうなったの?」

 混乱する流衣に、オルクスは息をつく。

「限界だと申し上げたでしょう? 闇の魔法は体をむしばむのです。最後には体が灰になって消えてしまいます」

「そんな。どうして、こんなになるまで……」

 流衣はその場にへたりこむ。

 あの憐れな老人の執着が、流衣には理解できない。自分自身を痛めつけて、最後には苦しんで消えてしまう。そんな恐ろしい魔法を使いたがるのが心底分からなかった。

「さて。ただ、ネルソフには力を求める輩が多いのですよ。ですが、決してそれてはいけない道です。――この世界では」

「本当に、くそくらえな縛りだ」

 怒りを押し込めた静かな呟きが、ぽつりと落ちた。

 流衣とオルクスが声のほうを向くと、二十代後半ほどの、くすんだ金髪を持った青年が立っていた。サングラスをかけており、耳は魚のひれになっている。勇者の連れである、ゼノ・リューゲルだ。

「ゼノさん?」

 流衣は恐る恐る名前を呼ぶ。なんだかゼノが不穏に見えて近寄りがたい。

 オルクスが流衣の前に出て、後ろ手に流衣の腕を軽く引いて、立つようにうながす。足に力が入りにくいものの、流衣も苦労して立ち上がる。

「貴様、中身は別ですね?」

 オルクスの指摘に、ゼノは口端をゆがめて笑う。

「ご名答。そうだ、魔王の亡霊ってやつだ。女神の使い魔にはお見通しのようだな。だが、ばれても問題ない。こいつはただの繋ぎだ」

 ゼノの体を叩き、魔王の亡霊は不敵な面持ちをした。オルクスは不愉快そうに言葉を紡ぐ。

「繋ぎ。なるほど、あの老人が坊ちゃんをここへ連れてきたのは、次の器にするためですか」

 流衣は息を飲んだ。

 青の山脈で目をつけられたのは知っているが、本気だったとは。

「いったい女神に何をさせられてるんだか知らないが、お前のその魔力量の多さは便利だ。俺と共存しないか? 力を貸してやる」

「必要ありませんっ。僕は女神様に恨みはないし、ここで友達もできました。悪い人もいるけれど、良い人もいるのを知ってます。なんの罪もない人達の中に魔物を放すような、悪い人に協力したりしませんっ」

 ものすごく怖いので、オルクスの背に隠れながらだったが、流衣は勇気を振り絞ってそう返した。

「坊ちゃん、よくぞおっしゃいました! わては誇らしゅうございますぞ!」

 こんな時だというのに、僅かに振り返ったオルクスの横顔が輝いた。反対に、ゼノの眉はひそめられる。

「そうか、断るというなら、乗っ取るだけだ。奥底に魂を封じられ、闇に染まっていく恐怖を味わい続けるというならば、それも一興」

「ふん。意識があるかどうかの違いで、貴様を受け入れた時点で、そうなる結果は見えています。そもそも、わての主人をみすみすと危険にさらしませんよ」

 オルクスは髪の毛を一本引き抜くと、女神ツィールカに武器を使う許しの祈りを呟いた。そして、髪の毛はいつか見た時のように、刃に炎を纏う槍へと変わる。

 炎槍をしっかりと掴むと、オルクスはゼノを見据える。

「待って、オルクス! ゼノさんに怪我をさせるの? あの人は良い人だよ!」

 流衣はオルクスの左腕にしがみついた。

「坊ちゃん、そんな場合では。ちっ」

 舌打ちが聞こえるとともに、流衣はオルクスの左脇に抱えられていた。飛びすさって着地した時、流衣は魔王の亡霊に攻撃されたことに気付いた。魔王の亡霊が持つ杖は、先が槍のようにとがっている。それで刺そうとしたらしい。

「痛い思いをしたくなかったら、素直に言うことを聞くんだな」

「どうして! あなたは元々人間だったんでしょう? なんでこんなひどいことばっかりしようとするんですか」

 今の流衣には、怖いよりも悲しさのほうが勝っていた。

 自分も他人も傷つけて、進む先にあるのは底なし沼ではないだろうか。自滅しかない場所へ向かっていくように見えて、かわいそうだった。

「ルマルディー王国を滅ぼすまで、俺は止まらない! 死にゆく仲間達に誓った。俺は、ただ放っておいてくれれば良かったのに! この国の連中は勇者を送り込んで、仲間も恋人も皆殺した。同じことを仕返して……」

「そしてどうするんですか? 誰もいなくなって終わり? 今度は次の国に向かうんじゃないですか。この国を止めなかった他国が悪いとか難癖をつけてっ」

「お前に何が分かる! 子どものくせに!」

「分からないよっ。でも、巻き込まれてる。もう他人事じゃない。僕はこの国の人が好きだ。オルクスやリド、ディルやアルモニカとは友達だし、サーシャさんやセトさん、たくさんの人に助けられてきたんだ。僕の体を乗っ取って、皆にひどいことをするんなら、僕は負けないっ。絶対に!」

 両手を握りしめ、足を踏ん張って言い放つ。

 言葉を紡ぐごとに、体から震えが消えた。流衣は覚悟を決めた。魔王の亡霊とはいえ、他人を傷つける覚悟を。――そうして周りを守る覚悟を。

 オルクスの左手に触れ、魔力を分け与える。

「オルクス、ゼノさんのことは出来るだけ助けて。――でも、僕と戦って欲しい」

 オルクスは肩をすくめる。

「はは、まったくわての主人は無茶を申しますな。ええ、いいでしょう。後で治癒すれば治る程度にとどめます」

 不穏な宣言だったが、流衣はそれで良しとした。目の前のこの男を止めるには、無傷では済まない。

 杖・水の七を構え、オルクスにこくりと頷く。

 魔王の亡霊はかけていたサングラスを外し、放り投げる。ライトグリーンの目が、一瞬、金色に光った。

「女神の手先め。もう手加減などしない。覚悟しろ!」

 暗い怒りを秘めて呟いた瞬間、魔王の亡霊の姿がかき消える。オルクスが槍を振りかぶり、流衣の背後に穂先を向けた。

 ――ガキン!

 転移魔法で消えただろう魔王の亡霊の攻撃を、オルクスは正確に止めた。僅かに驚いた顔をしたものの、一歩後ろに下がった魔王の亡霊は続けて杖を払う。

 オルクスが前に出て、杖を弾きながら攻勢に出た。炎が膨らみ、小さな爆発が起きる。それでひるんで後ろに飛びのいた魔王の亡霊に、槍での突き技を繰り出した。

 流衣は緊張で胸が騒いだが、落ち着く努力をして杖を構える。

(大丈夫。オルクスを信じて、僕は僕の出来ることを!)

 流衣が得意な魔法は、足止めと結界だ。攻撃魔法の能力はたかが知れているのだから、攻撃はオルクスに任せるべきだ。ここで援護するなら、足止めが適当だろう。

 魔王の亡霊とオルクスは激しい応酬をしている。

「おのれ、この間よりも腕を上げたか?」

 魔王の亡霊は悔しげに呟き、オルクスの槍をかわしている。

「当たり前でしょう。わては使い魔。主人の意思の強さに多少影響を受けますゆえ。優しい坊ちゃんに、戦うと決めさせたあなたが悪いんですよ。――はああ!」

 オルクスはどんと前に一歩踏み出した。槍の周囲を炎が渦を巻き、魔王の亡霊へと放たれる。

 近すぎてよけきれず、魔王の亡霊は地面を踏みしめて、攻撃に転じた。だが、その足が引っかかって僅かによろける。

「何!」

「足元不注意です!」

 流衣は内心、ごめんなさいと謝りつつ言い返す。

 足止めのために草の生やして、魔王の亡霊の足を地面へと縫いとめたのだ。

 逃げ切れず、反撃にも出られず、炎の渦が魔王の亡霊を襲う。

「亡霊といえど、魔王相手ではそう簡単にはまいりませんか」

 オルクスが残念そうに呟いた。

 炎がおさまった場所には、大きな黒いドラゴンが翼を広げて立っている。正しくは、ドラゴンの形をした黒い影だ。

 高レベルな闇魔法使いなのだ、魔王の亡霊が影を飼っていてもおかしくはない。今まで見たものの中で、桁違いの異形だ。

 圧倒的に有利に思われたが、ドラゴンの後ろでは、魔王の亡霊が地面に膝をついて、右手で顔を覆っている。

「……コケにしてくれおって」

 目が金色に、不穏に光る。

 するとドラゴンの影が揺らぎ、そこから溶け出すようにして人の姿が現われる。女が二人、猫の亜人らしき男が一人の影が増えた。

「お前達の手は借りたくなかったが……女神の使い魔相手だから仕方がない。奴らを取り押さえろ」

 そう命じた瞬間、人の姿をした三体が、影から離れて駆けだしてきた。

「ぬぁんですと!」

 オルクスがすっとんきょうな声を上げてたじろいだ。だがすぐに気を取り直し、槍を構える。長い杖を手にした女が途中で立ち止まって詠唱を始める一方、両手に短剣を構えた男と、大きなハンマーを持った女が同時にオルクスに襲いかかる。

「オルクス! ――あわわ、〈壁〉!」

 流衣は焦ったが、長い杖を持った女が魔法をぶつけてきたので、とっさに結界で防ぐ。真っ黒な玉が目の前でドバッと弾けて、泥水のように飛び散った。

(いったいなんだったんだ、この魔法)

 おぞましさにゾッとしながらオルクスのほうを見ると、オルクスは二人の攻撃をさばきながら攻撃をしかけるという神技のかかったことをしていた。

「す、すごい」

 流衣はごくりと唾を飲む。動きが速すぎて、彼らの攻撃のえがく軌跡すら見えない。

 魔王の亡霊の傍には、ドラゴンの影もいるのだ。

(どうしよう。こうなったら、影を結界に閉じ込め……られるか分からないな。草で捕縛? 氷で固める? ええとええと)

 結界を維持しつつ、取るべき行動を流衣は必死に模索する。自分が弱いのは分かっている。もし流衣が人質にとられたら、オルクスは手も足も出ない。そうなったら詰む。

(この影の人間達は何者? この強さ、ただ者じゃないよね)

 魔王の亡霊は手を借りたくないと言っていた。

(まさか、この人達があの人の仲間?)

 果たして本物なのかまがい物なのか、流衣には分からない。もしまがい物なら、こんな風に姿を呼び出せるくらい、あの魔王は彼らを恋しがっているのだと思う。

(なんだかそれは、悲しいな……)

 仲間愛にしろ、恋情にしろ。こんな復讐という形でしか、彼はかつての仲間達に愛情を表現できないのだ。不器用で、純粋な気持ちを感じられた。

 彼の行動は間違っている。だが、心は本物なのだ。

 涙が浮かんできた目尻を、流衣はごしごしと袖で拭う。キッと前を見据えた。

「こんなこと、続けさせない。あなたを止めます!」

 杖を地面に突き立てて、流衣は目を閉じた。

 影の魔法を止めるなら、一つ良い方法がある。

「光よ、かの者をとらえし檻と成せ! 〈壁〉!」

 身を守る結界とは違う。檻代わりの結界魔法を詠唱すると、一瞬、辺り一帯が青に輝いた。



 影の魔物が消えうせた原っぱに、静けさがやって来た。

 魔王の亡霊は忌々しげに結界をにらむ。

「逃げられぬように、広範囲の檻にしたか。だがこれではいつまでも維持は出来ない」

 檻の結界は、守りの結界と違い、内側からの魔法も封じるものだ。現われていた影の魔物は姿を消し、オルクスが流衣の傍に戻ってきた。

「魔王の亡霊、あなたは分かってるんでしょう? こんな真似をしたって、仲間は戻ってこない。あなたの愛情表現で、世界を混沌におとしいれたって、きっと喜ばないだろうって」

「お前に何が分かる!」

「分からない。でも、想像は出来る。僕は友達がそんな風になってたら、きっと嬉しくない。真実だけ明らかにしたら、その後は自由に生きて欲しいと思うはず。だって大切な人だから」

 流衣の言葉を、魔王の亡霊は眉をひそめて聞いている。不愉快そうだが、流衣は続ける。

「あなたを見ていたら分かる。仲間を、恋人を、愛していたんだなって。大切なんだなって。あなたがそうなら、きっと仲間もそうだったでしょう」

 魔王の亡霊の目が揺れた。

「もうやめてください。こんな風に、大切な仲間を影の魔物として呼び出さないで。あなたの時代の真実は、僕達がちゃんと聞きました。きっと皆に伝えて、どれだけ悲惨だったか教えます。だから、もう休んでください。痛々しくて見ていられません」

「坊ちゃん……」

 オルクスが流衣の肩に、そっと手を添える。

「はっ、お優しいことだな。だが、そうだな。確かに疲れた、それは事実だ」

 魔王の亡霊はゆっくりと流衣のほうへ歩いてきた。そして、結界の端で止まる。代わりに流衣がそちらへ近付く。

「分かってくれましたか」

 少しほっとしたけれど、まだ油断はしない。結界の外から慎重に問いかけた。

 うつむいていた魔王の亡霊は、顔を上げてふっと笑う。

「――いいや」

 どんっと腹に衝撃が起きた。

「え?」

 銀製の短剣が、結界を突きぬけて流衣の腹を刺していた。

「坊ちゃん!」

 オルクスの悲鳴とともに、痛みが突き抜ける。結界がパリンとガラスの割れる音とともに消え失せた。

「う……、な、なんで」

 よろめいて、魔王の亡霊の腕を掴む。彼は短剣を抜いて、うっそりと笑った。

「知らないのか? この銀の短剣は、神より与えられし聖具の一つ。魔を封じる剣であり、切れないものは無い」

 だから結界も切ったのだと、流衣は地面に両ひざをつきながら、意識の隅で考える。

「このっ」

 オルクスが右手を固めて、魔王の亡霊を殴り飛ばそうとした時、意外にも彼は崩れ落ちるようにして倒れた。

「まさかっ。いや、そうだ。魂は短剣に!」

 銀の短剣も地面に転がり落ちたが、黒いもやは消えている。

 流衣は頭を振った。もやが入り込んできて、視界がかすむ。

「坊ちゃん、気をしっかり! この短剣に奴を戻すのです。――ああ、それは無理か。どうして勇者しか触れないんですかっ。くそっ」

 オルクスは悪態をつきながら、流衣の怪我の手当てのために、聖法で治療する。

 傷も痛いが、流衣はそれどころではない。

「坊ちゃん!」

 何度も名を呼ぶオルクスの手を、流衣は掴む。

「――オルクス、元の姿に戻れ」

「えっ」

 あっけにとられた声とともに、ポンッと軽い音がして、オルクスがオウムの姿に戻る。

「え? あ、なんで。オルクス、あっち行って。離れて」

 一瞬、意識が暗闇に覆われて、流衣は焦った。オルクスに命じたようだが、今度の呼びかけには強制力はない。

 波のように押し寄せてくる深い眠気にあらがいながら、流衣は原っぱの草を握りしめる。

「駄目だ。出てけっ。僕は……」

 このままでは魔王に飲まれると焦り、流衣はオルクスを手で払いのけると、魔力を振り絞って自分に魔法をかける。

「〈壁〉! 〈壁〉っ! 〈壁〉っっ!!」

 三重の檻に包みこみ、その場にうずくまって身を丸くする。

「勇者が来るまでは、絶対に、負けないっ」

 宣言とともに目を閉じ、そのまま意識が闇へと落ちた。


 昨年で完結を目標にしてたのに、おひさしぶりすぎてすみません;

 今年こそは完結したいですよ。

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