八十章 〈塔〉とネルソフの戦い 3
夕闇の塔の外には、兵士の姿は無い。
流衣達はそのまま城壁へと走り、選別の門を壊した時と同じように、皆で爆発魔法を使って大穴をあけた。
壁の向こうから悲鳴が上がったが、風の精霊が破片を防いでくれたので、被害はないはずだ。
「牢があるのが西側で助かった。城の北側は銀鏡湖だからな」
邪魔な瓦礫を杖でつついてどかしながら、セトが言う。
「流石に湖を泳いで脱出は、囚人の皆様には厳しいでしょうね」
セトが城下町へ出るのに続き、サーシャがアルモニカに手を貸して、大穴をくぐる。
「ああ、それに堀に囲まれてなくて助かった」
「堀があったって、魔法使いがいるんだ、橋をかけるくらいお手のもんだろ」
ディルの呟きに、リドが笑って返す。流衣とオルクスも外に出ると、三名の兵士がこちらに槍を向けていた。
「お前達、反乱軍の仲間だな!」
「投降してもらおうか!」
リドとセトが前に出る。
「お断りだ」
「同じく」
下っ端のほうだったのか、兵士達はあっという間に叩き伏せられた。
そこへまた新たな一団がやって来る。流衣達は、後方にいる少年を見つけて構えを解いた。
「ヴィンス君!」
「皆さん、お強いですね。鮮やかなお手並みに感服します」
王弟であるシャノン公爵――ヴィンスは兵を伴ってやって来た。
「こちらは危険です、殿下。女王陛下のもとにお戻りください」
アルモニカが注意すると、ヴィンスは首を横に振る。
「いえ、姉上とは別行動をしております。遊撃隊を率いての補佐が私の仕事です。こちらで爆発があったので確認に来たんですが、やはり予想は正しかった、あなたがたの活躍のお陰で、正面突破が比較的楽でした」
「女王陛下の指揮が良かったのでありましょう」
セトが褒めると、ヴィンスは僅かに目を伏せる。
「民の鬱憤がたまっていたことも原因です。手引き者がいたので、外壁攻略は考えていたよりスムーズでしたが、恐怖は人を支配します。叔父の報復を恐れて、従うしかない者もいるのです」
「牢のほうでも一悶着でした。裏切り者が紛れていて……彼らのことをお任せしても?」
ディルの頼みに、ヴィンスや後ろの兵士達も強く頷く。
「もちろんです。これで味方が増えますよ。人質のために身動きできない女王派もいるんです」
「それは良い知らせです。我々は何を?」
指示を仰ぐセトに、ヴィンスは城下町を示す。
「またネルソフが魔物を放ったので、実は我々で駆逐しながら動いていたのです。助けていただいても?」
「魔物を? 本当に鬼畜の所業だ、許せん!」
ディルの正義感に火がついたようだ。水色の目に闘志が浮かぶ。
「でもディル、武器も何もないのに……。体は平気なの?」
心配する流衣に、ディルはにっと笑う。
「大丈夫だ。しかしそうだな……これを頂いていくか」
先ほど、セトとリドが倒した兵士から長剣を奪い、ディルは頷く。
「ちと軽すぎるが、まあ問題なかろう」
「さっすが馬鹿力。頼りになるぜ」
リドが愉快そうに笑って、ディルの肩を叩く。
「瓦礫で怪我をされないように、お気を付けて。では私どもは囚人の救出に参ります」
ヴィンスらが大穴から中へ入ろうとした時、上からエルナーの叫び声がした。
「危ない!」
「え!?」
驚いて上を見ようとした流衣だが、それより先に、オルクスごと背後からしがみつかれた。枯れ枝のような手が腕を掴むのが見え、ゾッとする。
「共に行こうぞ」
オルクスが抱え直すのを感じながら、視線が下がる。沼に沈むように、流衣とオルクスは影の中へと落ちた。
「ルイ!」
アルモニカがとめようと手を伸ばした指先で、あっという間に〈蛇使い〉が消えてしまった。
「くそっ、またか! これだからネルソフの連中は厄介なんじゃ!」
影からの移動に、流衣とオルクスが巻き込まれたことに、憤りを隠せない。
「ごめん、止めきれなかった」
エルナーがひらりと舞い降りてきた。〈蛇使い〉との戦いのせいか、白い服のあちこちに血がにじんでいる。
「君、大丈夫か?」
気遣うディルに、エルナーは頷く。
「平気。白い服だから派手に見えるだけだよ。あの人、老師っていう、マスターの次に強いネルソフなだけあってしぶといんだ」
「そんな輩に連れ去られるなんて、ルイは大丈夫でしょうか?」
ヴィンスの問いに、リドは肩をすくめる。
「分からない。精霊にはもう探しに行かせてるけど……今回は人型のオルクスが一緒だから大丈夫だと思いたい」
皆、顔を見合わせた時、甲高い悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ!」
二歳くらいの子どもを抱えた女性が、必死に走っている。その後ろから、双頭の黒い犬が迫る。赤い目をギラつかせる犬を見て、セトが駆けだした。氷の魔法で壁を作り、親子を助ける。
「地獄の猛犬か、嫌になるぜ」
リドの愚痴に、ディルが剣を手に歩き出す。
「ルイのことは気になるが、我らは我らにできることをしようではないか、リド」
「議論しておる時間もないというわけか。もうひと頑張りしよう、サーシャ」
「ええ、お嬢様」
アルモニカはヴィンスに会釈をすると、セトのほうへと走る。
「それぞれやるべきことをしましょう、殿下。エルナーはどうする?」
「僕も行くよ。魔物を放ってるネルソフを止める」
リドとエルナーが動き出すと、ヴィンスも青紫の目に強い光を宿して、兵士達に声をかける。
「我々も参りましょう。彼らに負けてはなりません」
「ええ、殿下!」
兵士らは敬礼で応えた。




