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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十五幕 紅の女王の帰還
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八十章 〈塔〉とネルソフの戦い 1



 夕闇の塔を下り、一階から外へ出たリド達は驚きで足を止めた。

「なんであいつら、喧嘩してるんだ? おわっ」

 リドの足元に、灰色の毛をした猫の獣人が吹っ飛ばされてきた。さっき助けたヘルム・ロダンだ。

「ヘルム殿、これはいったい。今こそ、手を取り合うべき時じゃろう!」

 アルモニカの誰何(すいか)に、起き上がったヘルムは、猫耳をぺたんと寝かせて、申し訳なさそうにする。

「女王派を牢から出したつもりだったのだが、どうも裏切り者がまぎれていたようで」

「どういう……ことだっ」

 警棒を手にして殴りかかってきた少年を、セトが鉄製の杖で受け止める。腕力にものをいわせて弾き飛ばした。

「処刑をまぬがれる代わりに取引したのか、元々敵だった者が見張りのために紛れていたのか……私には分かりませぬ。ただ、『裏切り者を助けるなんて馬鹿だ』と自分から言い出したのです。しかし、お強いですな」

 よろよろっと立ち上がり、ヘルムは目を真ん丸にしている。

「ああ、肉弾戦に強い魔法使いは珍しい」

「ディル、感心してる場合か!」

 ディルにリドは文句を言い、さっと周りを見回す。

「それよりルイが心配だ」

「ええ、結界が揺れています。動揺したら負けですわ」

 頭上を指差し、サーシャが言った。結界は透明だが、光が反射して、水面のように見える瞬間がある。

 城門の上へと目を走らせると、オルクスが青年を叩き落とすのが見えた。

「うおりゃー!」

 その時、ヘルムが前へと飛びかかり、攻撃してきた青年を殴り飛ばした。

 リドは口笛を吹く。

「ヒュー、すげえな。パワータイプか」

「おぬしも、興奮しとる場合か!」

 すかさずアルモニカがたしなめると、セトも頷いた。

「そうだぞ、気持ちは分かるが。喧嘩は娯楽だからな。ああ、うずうずする」

「セト様も落ち着いてください!」

 血がはやる男性陣に、女性陣は厳しい。サーシャがそれは恐ろしい笑みを浮かべたので、リド達はすぐに真面目な態度に戻る。

「子どもが見たら泣いてるぞ、こわこわ」

「ええ、ヤバイですな」

 リドとヘルムがこそこそとつぶやくと、サーシャが冷たい声で問う。

「何か?」

「「なんでもありません!」」

 声をそろえて謝り、リドは皆に声をかける。

「俺もルイの所に行く。連中、頭に血が上ってて訳わかんねえことになってるし、魔法で頭でも冷やしてやれば?」

 走り出したリドの後ろから、アルモニカとサーシャが明るい声を出すのが聞こえた。

「おお、それはいいアイデアじゃ。サーシャ、水の魔法をぶっかけてやろう」

「ええ、お嬢様。押し流して差し上げましょう」

 その後、夕闇の塔の前庭に、水の柱が勢いよく立ち上った。



「ルイ、無事か?」

 風の力を借りてジャンプをし、城門の上へと着地したリドは、慌てて身を引いた。

 オルクスが投げ飛ばした男がちょうどこちらに飛んできたのだ。

「無事に決まってるでしょう? わてがいるんですよ」

「……おい、今のはわざとか?」

「たまたまです。しかし壁を上ってくるとは、赤猿らしいですねえ」

「うっせえよ、バーカ」

 リドはオルクスに悪態を返し、通路へと下りる。

 流衣が杖・水の七を構えて、目を閉じて座っている。かなり集中しているようで、顔には汗がにじんでいた。

 いつもおっとりしているので、こんなに真剣な流衣は珍しい。リドは思わず、まじまじと流衣を観察した。この世界には珍しい容姿なので、どこか神秘的だ。今なら、いつもは可愛いとしか言わない女性達も、かっこいいと言ってくれるかもしれない。

「そう長くはもちませんよ。ディルはどうしました?」

 周りを注意深く警戒しながら、オルクスが問う。

「助けたよ。でも、裏切り者がまぎれてたせいで、この乱闘騒ぎだ。うかつに動けねえ」

 リドは城門の下に視線を落とした。

 数十名の青少年達が争っていたが、アルモニカとサーシャの魔法が炸裂して、水に押し流されるところだった。

「頭を冷やしてやればとは言ったけど、いっしょくたに流してやれとは言ってないんだけどなあ。いいのか、あれ?」

「わてが知るわけがないでしょう。坊ちゃんに危害がないなら、なんでもいいですよ。まったく愚かな連中です」

 黒い表情で毒づき、オルクスは眉間に皺を刻む。

「外の連中が踏み込んできてみなさい。あの残忍な王のことです、敵味方関係なく、全員殺せというのでは?」

「処刑の手間が省けるってか? ありえるな」

 リドも鋭い目で、外をにらむ。

 武装した兵士達が、門のすぐ外に集まっている。魔法をぶつけるが、流衣の結界が阻んでいた。

 だがその時、何か報せがやって来て、急に兵士達の動きが変わった。

「なんだ? どうして引くんだ」

「正門のほうで、派手な魔法が起こっていますよ。女王軍が城の前まで攻め入ったみたいです」

「おお、やるじゃねえか、女王様」

 リドはパチンと指を鳴らす。

 しかしそこで、流衣がうめいた。

「うう……もう駄目だ。疲れた……」

「坊ちゃん!」

 前のめりに倒れる流衣を、すぐにオルクスが抱きとめる。

「よくぞやりましたぞ、坊ちゃん。女王が城に着きました。作戦成功です!」

「本当? よ、良かった。流石にこれ以上は集中できないよ。なんか……風が強いっていうか。何か強い力に干渉されてるっていうか。ごめん」

 流衣が謝った瞬間、パリンとガラスの割れる音とともに結界が弾け飛んだ。光の粒子がキラキラと輝いて空中で消える。

「やっと手綱(たづな)を外したか。たいした小僧じゃて」

 城壁の手すりの影から、のそりと老人が現われた。〈蛇使い〉や老師の名で呼ばれていたネルソフの一人だ。

 真っ黒なローブは薄汚れ、縮れた灰色の髪の間から、左の暗い眼窩がのぞいている。黒い闇が巣食い、気のせいか何かがうごめいた。擦り切れたボロ布のような有様は、敵ながら憐れである。だが、油断ならない老人だ。

「今日は魔王の亡霊はご一緒ではないので?」

 オルクスは流衣を左腕に座らせる格好で抱き上げて、じろりと〈蛇使い〉をにらむ。

「まあな。わしにこちらのことを任されたのだ。さあ、その少年を渡してもらおう。マスターから連れてこいと命じられておるのでな」

「はいそうですかと渡すわけがないだろ!」

 リドは即座に言い返す。

「うれしくありませんが、今回ばかりはリドと同意見ですね。干渉……お前の仕業ですか。坊ちゃんをここまで疲弊させるとは、使い魔としては許せませんね。しかし今は坊ちゃんの傍を離れるわけにもいきません」

「すっこんでろよ、クソオウム。俺が片をつけてやる」

「なんですって、この赤猿。わての支援なしに、呪いとどう戦う気ですか?」

「やってみなきゃ分かんねえだろ!」

 馬鹿にしてくるオルクスに、リドは噛みつく。しかしリドにも不利なことはよく分かっている。

「大丈夫だよ、そこのおじいさんの相手は、僕がするから」

 涼やかな声が一つ割り込んで、白いマントが揺れた。ふわりと、手すりに少年が舞い降りる。

「やあ、久しぶり。呪いなら僕にお任せあれってね」

 ちらりと振り返ったのは、白い髪と赤目を持った、外見のわりに大人びた雰囲気の少年だった。


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