七十九章 女王軍の反撃 3
「ぐはあっ」
大男は顎下へとオルクスの強烈な蹴りをくらい、勢いよく宙を舞った。地面に倒れるのにやや遅れ、手から離れた大きな斧がドスンと落ちる。
オルクスは構えを解くと、黄緑色の衣についた土埃をさっと手で払う。
「そこそこ楽しかったですよ。お付き合いどうも」
オルクスのお礼の声は、すでに大男には届いていない。
夕闇の塔の入口を一瞥したオルクスは、リド達がすでに侵入に成功したのを確認して、くるりときびすを返す。
他に敵の姿も見当たらない。
「さて、坊ちゃんの守りに戻らねば。坊ちゃーん!」
もしオウムの姿であったなら、ばっさばっさと羽ばたいて機嫌の良さそうな様子が見られただろう。
キリリとした空気は霧散し、オルクスは身のこなしこそ人外じみているものの、浮き浮きと主人の元へと戻っていった。
*
一方、夕闇の塔へと入りこんだリド達は、風の精霊の案内を受け、順調に廊下を進んでいった。
「この監獄には、本物の重犯罪者もいると聞く。片っ端から牢を開ければいいというものでもない……ぞ!」
セトは鉄製の杖を振りかぶり、横合いから飛び出してきた看守の青年を殴り倒す。その左側ではリドが看守に蹴りを叩きこんで、吹っ飛ばした。
役人達には罪は無いが、襲われれば対処するしかない。
仕方がないので気絶させて回っている。多少手荒なのは許して欲しいところだ。
「まず、ディルを助けよう。あとはアルモニカ、お前の知ってる奴で、女王派がいるなら出してやれよ。社交に詳しいんだろ」
リドの提案に、アルモニカは頷く。
「そうじゃな。女王派の子弟を助ければよいのなら、北部と東部の者を出せばいいか。しかし流石に末弟までは把握しておらぬ」
「お嬢様、ご存知の方がいたらその方を助け、あとは彼らにお任せすればいいのでは?」
サーシャの意見は合理的だった。
「確かに、ここにいる彼らの方が派閥には詳しいだろうな」
セトは同意して、面々を見回す。
「ディルという少年も貴族なら、我々より詳しいだろう。ひとまず上層部を目指すぞ!」
それぞれ応じて、遠慮なく駆け抜ける。
看守の数はそう多くないようで、あとは下働きらしき者が慌てて隠れるのが見受けられた。逃げる者まで追わない。
「あ、あの者は知っている。東部の南寄りに領地のある貴族だ」
独房の前を通り過ぎる時に、アルモニカが灰色の毛をした猫の獣人を示した。青い目が薄暗がりで爛々と光っている。
彼もアルモニカに気付いたようで、鉄格子に飛びついてきた。
「ややっ、これは風の神殿の姫様ではございませんか! どうしてこのような所においでなんです」
「女王陛下が反乱を起こしたので、その騒動に合わせて、こちらに襲撃に参ったんですよ。確かロダン伯爵のご子息でしたよね」
アルモニカの問いに、猫の獣人は頷いた。
「左様! 私はヘルム。ロダン伯爵の三番目の息子です。我が父はシルヴェラント国との外交を担当しておりましたが、港を欲しがった現王派に標的にされてしまい……」
ヘルムは悲しげに、猫耳をぺたりと寝かせて説明する。
「ふむ。貴公はこの辺りの囚人には詳しいですか? 女王派の子弟のみ逃がしたいのです、誤って悪党を逃がしてはことですから」
「周りの者については分かります。なんと慈悲深い方でしょうか。我らを助けに来てくださったので?」
「いや、ついで……むがっ」
アルモニカが余計なことを言おうとするので、リドは手でアルモニカの口を塞ぐ。
「ええ! そうなんですよ! ええと、ヘルム様? こちらはお任せして構いませんか。俺達は上の階に用があるんです。親友を助けたくて」
リドの言葉に、ヘルムは青い目を輝かせる。
「なんと、まっこと麗しき友情ですな! ええ、お任せください。出来れば身を守れる武器があると心強いですが」
どうやらアルモニカの失言は聞こえていなかったようで、ヘルムは嬉しそうにしている。セトが牢の鍵を叩き壊すと、ヘルムは廊下へと出てきた。
くさいにおいに、リドは眉をひそめる。
「申し訳ない、ここに入れられてからまともに風呂も入れず……。獣人なので、余計ににおいがきついでしょうな」
やれやれと息をつくヘルムに、リドは謝る。
「すみません」
「いいんですよ」
そこへ、セトが倒したばかりの看守から警棒と鍵束を奪い、それをヘルムに差し出した。
「こんな物しかないが、構わんか?」
「ええ、充分です。女王派を逃がします。看守の噂ですが、この塔は三階から上が重要人物の牢になっているそうです。そこには凶悪犯もいるそうなので、間違えないようにお気を付けて」
ヘルムの忠告に、リド達は顔を見合わせる。
「この辺は大丈夫なんですか?」
サーシャが質問した。
「ええ、いても詐欺などの軽犯罪者ですよ。ただ、上層の凶悪犯には、領民や旅人をさらっては殺した快楽殺人鬼もいるとか。実家から助命嘆願のために多額の寄付がされたせいで、処刑できないそうです。迷惑だと看守が愚痴っていたので、お気を付け下さい」
ヘルムはその犯罪者が恐ろしいのか、怖い顔で念押しする。
そして、へにょりと眉を下げた。
「ああ、このようなか弱いご婦人方が、こんな地獄にいらっしゃるなんて……。あなた方に、知と戦の神ソールブ様のご加護がありますように」
丁寧に祈るヘルムに、アルモニカとサーシャは優しく微笑んで返す。
「ええ、ありがとうございます。すぐに戻りますわ」
「よろしくお願いします、ヘルム様」
お辞儀をして、リド達は再び走り出す。
アルモニカがリドの腕を叩いて言う。
「おい、兄貴。あれを見習え、あれを!」
「お前が猫被ってる時は、ああいう扱いをしてやるよ。普段はあんまりなあ」
「なんじゃと!?」
そういうところが、丁寧に扱いし甲斐がないのだと心の内で呟いて、ぎろりとにらんでくるアルモニカから、リドはそっと目をそらした。




