七十九章 女王軍の反撃 2
「火、荒ぶりて敵を滅せ! ドーゴ!」
流衣、アルモニカ、セト、サーシャの呪文詠唱が、王城前広場に響いた。中級の爆発魔法が炸裂し、選別の門が爆炎に包まれる。赤々とした炎が青空に立ち上った。
「きゃああ」
「逃げろ、襲撃だ!」
この騒ぎに、広場にいた人々は慌てて逃げ出した。
「精霊、頼むぜ!」
彼らを巻き込むわけにはいかない。飛び散った破片は、リドが風の精霊に命じて、全て城側へと吹き飛ばす。
だから一般人に怪我人は出ていないが、門の向こうにいた兵士達の悲鳴は聞こえた。突然、瓦礫が降ってくれば驚くに決まっている。
流衣達の攻撃をくらい、石造りの重厚な門は黒焦げになって、上半分が崩れ落ちた。
「行くぞ!」
リドの号令に、流衣達は一目散に走り出す。門番や兵士がひるんでいる隙に、正面から堂々と中へ侵入した。
「えーいっ」
流衣は走りながら、地面に次々に魔法を仕掛けていく。
地面から生えだした蔦に足をからめとられる者、ぬかるんだ泥から動けなくなる者、凍った地面に転倒する者など、後ろでは阿鼻叫喚の事態になっている。
内心、謝り倒す流衣だが、ただのトラップだから攻撃するよりマシだ。
皆、走りながらそれぞれ称賛する。
「うおー、すげえな、ルイ! さっすが、守りと逃げなら強い奴だよ。地味にすげえ!」
「うむ。足止めとしては最高じゃ! 地味だが」
「ああ、地味だが上手い手だ」
「地味に効果的ですね!」
それぞれ褒めてくれるが、流衣は全然嬉しくない。
「もうっ、皆して地味って言わないでよ!」
思わず抗議した流衣だが、皆は薄情にも次のことを考えていて聞いていない。
「このまま俺が案内する。皆、頼んだぜ!」
リドの声に、ヒュウッと甲高い風の音が応えた。強風が吹き、また後ろで悲鳴が上がる。
「立ち上がろうとした者が、倒されましたね」
流衣の隣で、オルクスがしれっと言った。風の精霊は飛び出していくついでに、悪戯をしていったらしい。
セトは笑いながら言う。
「はは、それはいい! だが、後ろからの攻撃に注意だ」
「今のところ、追手はいませんわ」
サーシャの返事にセトはにっと口端を上げた。
「最も注意すべきはネルソフだ。とにかく走って距離を稼ぐぞ!」
セトの指示に、皆、応と答えて、王城敷地内を西へとひたすら走る。
夕闇という名がつけられているだけあって、塔は城の敷地内でも西にあった。
貴族のための監獄塔は、堅固な壁に囲まれている。だが、門番は二人だけだ。彼らはすでにのびていた。
「何これ、どういうこと!?」
驚く流衣の前で、風が渦を作って消えた。
リドが肩をすくめる。
「俺は情報だけで良かったんだけど、先回りして倒してくれたそうだ。きゃあきゃあ笑ってる……。嬉しいでしょ? だって」
虚空を見つめ、リドは皆を見回す。
「嬉しいよ! ありがとう!」
「気の利く精霊達じゃな。まっことありがたいぞ」
流衣とアルモニカが空に向けてお礼を言うと、また風の渦が起こった。空耳だろうが、笑い声が聞こえたような気がする。
リドが微笑んでいるのを見るに、風の精霊は本当に笑ったのかもしれない。
「ああ、ありがとう。他に、何か注意することがあったら教えてくれ」
リドはうんうんと頷いて、精霊に話しかける。オルクスは魔物なので、精霊を見ることが出来るし話も出来るので、彼らの会話を聞き取って呟く。
「あとは敷地内に看守が十人ですか。他は下働きの使用人ですね」
「その看守は兵士でもあるらしい。死刑執行の役人が強いから気を付けろって……うおっ」
リドがそう言った時、ごうっと突風が吹きぬけていった。
「……まずいな。こちらに衛兵が向かってるってよ。王は反乱軍の前で、人質を殺すつもりらしい」
「ふん、心理戦か。戦ではよくあることだ、反乱軍への見せしめにもなるし、市民の反抗心をそぐことも出来る。実に残酷な王らしい」
セトは理解できると冷静に言ったが、アルモニカは眉を吊り上げて怒る。
「そんな真似、グレッセン家の……いや、神殿の名にかけて許さぬぞ! まずは門を閉じる!」
「うん、それで、次は?」
はらはらしながら流衣が問うと、サーシャが右手を挙げる。
「二手に分かれましょう。救出と、門の上から威嚇する」
「それがいい。異論は?」
「はい!」
セトの問いに、流衣は右手を挙げた。皆の驚きのこもった視線が流衣に集中して、流衣は首をすくめる。
「えっと、威嚇というか……ここを結界で覆って、兵隊さん達を止めればいいんだよね? 僕とオルクスがここに残ればいいかな」
流衣の提案に、他の面々は目を丸くする。リドが流衣の肩を叩く。
「それもそうだな! つい戦う方にばっかり考えてたぜ」
「無駄な犠牲が出ないし、オルクス様がおられるから連絡も取れる。何かあっても……」
アルモニカの続きを、オルクスが引き取る。
「わてがいますので、坊ちゃんは大丈夫です」
「では、お嬢様もこちらに……」
サーシャがちらりとアルモニカを見たが、アルモニカは首を横に振る。
「おい、ワシを何だと思っとるんじゃ。発明の天才じゃぞ! 何か仕掛けがあったら、ワシがどうにかしてやれる」
「なるほどな。中に何があるか分からねえが、魔法の仕掛けがあると厄介だ。その方が速やかにディルや他の奴らを救出できそうだな」
「そうですね、リド様、お嬢様。助けた相手が元気でしたら、我々には味方が増えますし」
「ギャピッ」
そこで忘れるなと言いたげに、リドの足元にいたノエルが頭を突きだした。
「自分も役に立つぞと言いたいようですね」
オルクスの呆れ混じりの言葉に、ノエルは頷いた。流衣はふふっと笑い、皆もつられたように、笑顔になる。
リドが右手を拳にして、突きだした。
「じゃあ、そういうことで!」
「作戦、開始!」
六人と一匹は拳を突き合わせると、さっそく行動開始する。
まずは門の中に入り、重たい門をオルクスがひょいっと閉めてしまう。かんぬきをかけ、更に門の前には鉄柵を落とした。
流衣は門の見張り台の上に出ると、塔の敷地をぐるりと見回して、範囲を定める。これだけの広範囲に結界を張ったことはないが、維持するだけなら出来るはずだ。移動中は無理だが、止まっていれば、流衣は結界魔法だけは簡単に使える。
「邪魔者はわてが排除しますし、お守りしますので、リラックスなさってください」
オルクスがにこりと笑って拳を握る。
流衣は頷き、杖――水の七を両手で握って構えた。
城の方から兵士がやって来るのが見える。風が吹いて、流衣の髪とマントをはためかせた。
すうっと息を吸いこんで、範囲に意識を向ける。
イメージするのは、半透明なドーム。堅牢で、全てを弾き、守る壁。
「じゃあ、行くよ。――〈壁〉!」
流衣は意思をこめて、呪文を唱えた。杖が青く輝き、魔力が魔法へ変換される。
一瞬、音が途切れた気がした。
「おお、見事な。やりましたぞ、坊ちゃん」
流衣は目で頷いて、その場に座り込んで集中に入る。
範囲が広いので、気を付けないとすぐに揺らぐようだ。まるで風に揺れる風船のような心もとなさがある。
流衣はしっかりと紐を握り、風船が風に流されないように押さえておく立場だ。
それが分かっているのか、無言になっている流衣の代わりに、オルクスが門の上から右手を挙げて合図する。
下にいたリド達は頷いて走り出そうとし、すぐに足を止めた。
大きな斧を持った大男が、夕闇の塔から出てきたのである。恐らく先程、風の精霊が注意していた死刑執行の役人だろう。黒い衣服を纏い、頭には黒い覆面をしていた。
「やれやれ、最初からわての出番ですか。面倒ですね」
オルクスは周りを見回して、傍に敵がいないと分かると、見張り台から飛び下りた。
「はいはい、わてが引き受けますから、とっとと行って下さい」
皆、心配もせずに走り抜ける。
「よろしくお願いします、オルクス様!」
「お任せします」
「ご武運を」
「お前、ちゃんとルイを守れよ!」
「ギャピ!」
最後にリドとノエルが余計なことを言うので、オルクスは眉を吊り上げる。
「うるさいですよ、赤猿! チビ竜!」
駆けてくるリド達に、大男はうなり声を上げた。
「こら、止まれ、貴様ら。ここは極悪人の監獄だ。――侵入者は排除する!」
大男は斧を振りかぶった。だが、持ち上げた格好でがくりと動きを止める。
「何!?」
驚く大男の右横に移動したオルクスは、大男の右腕、肘を片手で押さえていた。そのため、大男は振り下ろせずに動きを止めたのである。
「させるわけないでしょう。わてと少し遊んで下さい」
オルクスがにこりと微笑むと、大男はひくりとこめかみに青筋を立てた。