七十九章 女王軍の反撃 1
雪のような白馬の上に、鎧を身に着けた麗しい女が乗っていた。
女――ロザリー・クロディクス・エマ・ルマルディーは、鮮やかな赤い髪を結いあげ、冬空のように澄んだ青の目を輝かせ、居並ぶ兵士達に声をかける。
「我らはこれより、王都奪還のために戦う。見るがよい、今、あの城には悪しき簒奪者がいる。あの者、叔父――いや、もう血縁者とも思わぬ。あの男、アルスベル・シモンズ・エダ公爵は、我が祖先、クリエステル・ルマルディーから代々続く王家から私を追い払い、祭りに興じる罪のない民を殺し、都を血に染めた」
ロザリーは一年の辛苦を思い出して、悔しげに唇を噛みしめる。
ロザリーの乗る馬の傍らには、実弟のヴィンセント・クロディクス・シャノンが立っており、彼も辛い顔をして頷いた。
「悪しき闇の魔法を使う魔法使い達と組み、貴族だけでなく、民を処刑し、国に恐怖を振りまいている。皆はそれが許せるか?」
兵士達は、あの反乱で家族や知人を亡くし、または知人が罠にかけられた者も少なくない。
拳を突き上げて叫ぶ。
「許せない!」
「悪しき簒奪者に、鉄槌を!」
声を上げる彼らに、ロザリーは右手を挙げて止める。ぴたりと声がやんだが、彼らは興奮して目がギラついている。
「我らの土地を取り戻そう。しかし忘れるな、我々は殺戮のためにここにいるのではない。復讐のためでもない。平和を手にし、平穏な生活を手にするためにいる。逃げる者は追うな、一般人にも手を出してはならない。弱き者達には寛容と優しさを見せよ」
「寛容と!」
「優しさを!」
兵士達が唱和する。
ロザリーは満足げに頷いて、すらりと腰の長剣を抜く。銀の刃が光を弾いて輝いた。
「だが向かってくる者には、容赦するな。自分の命のため、共に戦う者達のため、戦おうではないか。そして、簒奪者に、我らの剣を味わわせてやろう。――正義は我にあり!」
「正義は我らとともに!」
「女王陛下、万歳!」
「陛下に栄光あれ!」
声が上がり、わっと拍手が起きる。
ロザリーはにっと笑い、馬首を返す。そして、王都の城壁をにらみつけ、剣を振り下ろす。
「全軍、進撃開始!」
「おーっ」
野太い声とともに、兵士達は勢いよく走り出した。
*
「報告! 前女王率いる反乱軍が、王都南門より襲撃! 突破されました!」
兵士の報告に、ルマルディー王国の現王アルスベルは、ゆったりと玉座にもたれたまま眉をひそめる。
「数は?」
「はっ、約三千とのことです」
アルスベルは鼻で笑う。
「三千? ふん、我が軍の兵はどうだ? 参謀」
「はっ、王の直属軍が五千、他将軍たちの兵を合わせ、全部で約一万です!」
すぐに答える参謀の男の言葉に、アルスベルは頷く。
「一万に三千とは……あの娘も博打に出たようだな。――良かろう、叩き潰して、目論見の甘さを教えてやれ!」
アルスベルの命令に、参謀はすぐに兵士達へと命令を飛ばした。
*
「オーライ、オーライ。女王様の軍は、南門を突破したようだぜ。こちらに辿りつくのも時間の問題だな」
リドの報告に、建物の陰に集まっていた流衣達は頷き合う。
「陛下はそんなに善戦なされておいでなのか?」
アルモニカの怪訝な問いに、リドは肩をすくめる。
「俺は戦のことは分からねえよ。現王の軍の方が数が多いって、風の精霊が騒いでるが……女王陛下は頭脳明晰で通ってるから大丈夫じゃないか?」
「ええっ、王様の軍の方が、数が多いの? ここまで来られるのかな」
不安になる流衣の肩をセトが叩く。
「どちらにせよ、君の友人を助けるチャンスだ。我々は自分の仕事をこなすしかない」
「そうですね、戦のことは反乱軍に任せて、こちらのかく乱を致しましょう。皆さん、顔は隠しましたね?」
サーシャが全員を見回す。
鼻から下を布で覆ったり、目元に仮面を付けていたりして、それぞれ顔が分からないように工夫している。後で手配されて困ることもあるが、それ以上に厄介なのがネルソフが出張った時だ。後々まで執念深く狙われる羽目になると面倒である。
(まあ、僕はブラックリスト入りしてるけど……)
悲しい事実だが、気にしていても仕方がない。
「坊ちゃん、大丈夫ですか? 息苦しくはないですか?」
「平気。ありがとう、オルクス」
青年の姿をとっているオルクスは、顔の上半分に白い仮面を付けている。見た目が派手なので、これから祭りに参加するみたいだ。
それぞれがしっかりと武器を持ち、準備が整ったことを確認すると、セトは目の前の城門を見つめる。
「では、行こう。皆、選別の門をそれぞれ全力をぶつけて壊すのだ。そして目指すは――」
「夕闇の塔、ですね。セトさん!」
流衣の言葉に、セトは頷いた。
「他の雑魚は適当にかわして、手筈通り、塔を目指す。はぐれるのは危険だ、固まって動くことを忘れるな」
「はい!」
流衣の返事とともに、面々は力強く頷く。
「では、作戦開始だ!」
セトの合図とともに、流衣達はいっせいに物陰から走り出した。




