幕間14
ルマルディー王国王都近郊の草原には、勇者一行がいた。
「エマ……ごめんな……」
体のほとんどが黒いしみのようなものに染まった青年は、か細い声で謝り、目を閉じた。
「アーク? アーク、嘘、やだっ!」
息を引き取ったアークの手を握ったまま、茶色い髪の女性――エマイユが悲鳴のような声を上げる。
エマイユは何度かアークに呼びかけたが、闇の魔法を使ったせいで蝕まれた体はとっくに限界を越えていた。エマイユの危険を知り、乗っ取っていた魔王の魂を押さえつけ、最後に本物のアークが顔を出せただけでも幸運だった。
「アーク、そんな、いやあああ」
エマイユの悲痛な泣き声が響くのを背に聞きながら、達也は剣を構えて、仲間である神官ゼノをにらみつける。
「てめえ、魔王の亡霊! ゼノから出て行け!」
達也は激しく怒っていた。
ようやく追い詰めたかに思えたのに、アークからゼノへと魔王の魂が乗り移ってしまったのだ。
大切な仲間に手を出されたのは勿論、爪の甘い自分に腹が立っていた。
「ふっ、それは出来ない相談だ」
ゼノの顔で、魔王の亡霊は笑った。
普段のゼノが持つお人好しな雰囲気は消え、危険な感じがひしひしとする。まるで魔物を前にした時のようだと、達也は油断なく構えていた。
(だが、俺はこいつを攻撃出来ない……)
ゼノはリンクやルーデルとともに、旅の出発地からずっと共に過ごしてきた仲間だ。家族や友人を越えた絆を結んでいる。とても切り捨てられない。
「そっちの男よりも魔力が少ないが……つなぎにはちょうどいいか。俺の目的は別にある、その時にお望み通り、解放してやろう」
ゼノはにやりと口端で笑い、杖を構える。
「ではな、勇者一行よ」
「おい、待て!」
達也は叫ぶのが精いっぱいだった。
ゼノの姿が掻き消える。転移魔法でどこかに飛んだようだ。
「そんな……」
遣る瀬無さに、達也は地面に膝を着く。少し離れた岩陰に隠れていたリンクとルーデルが、心配そうに駆け寄ってきた。
「タツ、大丈夫?」
「怪我はない……けど」
「うん、ゼノのこと、心配だね」
少女は優しく達也を抱擁し、背中を叩いた。
こんな幼い少女に慰められていることに、達也はますます情けなさを感じたが、不思議とリンクは他人を癒す。達也も慰められた。
「ちょっと、待って。嘘、いや!」
その時、エマイユが再び泣き叫んだ。
どうしたのかと振り返った達也は、アークの体が灰になり、さらさらと風に飛ばされて消えるのを見た。
エマイユがその灰を必死に掴んで、右手の拳を握りこむ。リンクは悲しげに事実を伝える。
「それは闇の魔法に蝕まれた者の末路。魔王の亡霊でもなければ、普通はとっくに死んでるよ。死体も残らないなんて、かなり末期だった。意識が戻ったのだけでも奇跡だよ」
「ううう、ひどい! アークは何も悪くないのに! どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの!」
エマイユは悔しげに左手で地面を叩く。遺灰を握った右手は、大事に抱え込んでいる。
「悪くない。ただ、心が少し弱かっただけ。そこをあの亡霊に呼び寄せられてしまったの。魔王は……いえ、闇の魔法は、心の隙間に入り込む。エマ、辛いと思うけど、どうか負けないで」
ぼろぼろと泣きながら、エマイユはリンクにすがりつく。
「託宣の巫女様、お願いです。少しでも憐れだと思うなら、アークのあの世での幸せを……、運命と生命の女神レシアンテ様の花園へと旅立てるように、祈ってください。お願いします」
幼い子どものようにしがみつくエマイユの頭を優しく撫でて、リンクはこくりと頷いた。
ソプラノの澄んだ声が、朗々と祈りを紡ぐ。
それは風に乗り、痛い程に澄んだ青空へと吸い込まれた。
達也やルーデルは無言のまま天を見上げ、冥福を祈るのだった。




