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おまけ召喚 第四部 紅の女王の帰還  作者: 草野 瀬津璃
第十二幕 混迷の神殿都市
5/69

幕間11



 ディルは小さく溜息を吐き、窓ガラスに手を当てた。

 眼下には、雪化粧で白く染まった庭がある。

 そこを子どもの姿をしたノエルが元気良く駆け回っているのに気付き、ふっと目元を緩ませる。

 気の抜けない生活の中で、ノエルの無邪気な明るさは随分ディルの慰めになっていた。

 アカデミアタウンから王都までは馬車で二週間かかるから、乗り合い馬車を乗り継いでも二週間程前に王都に着いたディルは、王都にあるレヤード家の私邸を訪ね、そこで再会した次男であるヴァンに、まず、一発殴られた。

 軍人の家なので、叱られる時に拳が出るくらいは日常的だったので甘んじて受けた。

 その後、ディルが行方不明になっていたことを激しく心配していたらしいヴァンにより、連絡くらいしろとの説教の嵐が巻き起こった。それをひたすら耐えたところで、ヴァンが心底情けなさそうに顔を歪め、労わりをこめてディルを抱きしめ、謝った。

 ヴァンが謝る理由は分かっていた。

 ヴァンが人質である間は、見せしめにあう可能性は限りなく低いからだ。

 王の盾であるレヤード家の跡取りは一番上の兄であるフィルフだが、フィルフはいつ亡くなってもおかしくない程の病弱ぶりだ。後に禍根を残さない為にと妻を娶ることもなく、死んだ後はヴァンに任せることに決まっているから、ヴァンが死ねばレヤード侯爵家は立ち行かなくなるのだ。それは流石に王国側でも大損失だろう。

 それでいて、自分はどうだ。

 知らなかったとはいえ、女王派筆頭のヴェルディー将軍の弟子になり、後継ぎにもならない三男。替えがきく存在であるし、見せしめにはもってこいの人間である。

 ヴァンと役割を交代する為に一度登城した時の空気は最悪だった。謁見時の値踏みするような王の視線、哀れなものを見るような貴族達の視線と、敵対者の弱味を探るような仄暗い視線が突き刺さってきた。だが、弱ったところを見せればつけ込まれるから、表面上は堂々と過ごした。

(まだ士官していなかったのは救いだな)

 死ぬことが分かりきっている場所に、少ない手勢と大した荷物も持たされずに任務と称して送りこまれる羽目にならずに済んだ。

 ヴァンもそこは分かっているから、まだ士官するなと言い置いて自領に帰っていった。士官をせず、目立たない行動をとらず、屋敷に引きこもるように厳命されている。

 出来ればディルを隠して、自身が人質を続けていたいが、そろそろ領地のことをフィルフだけに任せるのは限界だと言っていた。仕事が増えればフィルフに負担がかかる。そうならないよう、ヴァンが運営の大部分を引き受けていた。幾ら部下が優秀でも、どうしても領主が片付けなければいけない仕事というのが存在する。しかもレヤード侯爵領は東部一帯を占める大領地であるから、家臣の動向も見張らなくてはならないし、病弱領主だとなめられるわけにはいかない。領主補佐のヴァンが目を光らせ、フィルフが手が回らない場所などへ視察に行っていた。

 ディルは屋敷の敷地内から出なければいいだけなので、目立たない庭の隅で鍛練をするか、書庫の本を読み漁るくらいしかすることがない。あとはノエルに常識を教えたり、勉強を教えたり、鍛練をさせるくらいだ。ノエルは知識を得るのが楽しいらしく、乾いた砂が水を吸い込むように次々に知識を取りこんでいき、そのお陰か、王都に来るまでに気を抜くと竜の姿に戻っていたのが、今ではほとんど見られなくなった。たった一ヶ月近くでものすごい成長ぶりだ。

 屋敷内にいるのは息が詰まるけれど、自分が死ぬ時は恐らく女王派への見せしめにされる時だろうから、暗殺者が来る心配をしなくていいのはある意味では助かっている。ときどき、監視の人間が庭先に忍びこんでいることがあるが、何もやましいことなどないので好きなだけ監視すればいいとも思っていた。むしろ、この寒い中御苦労さまといった心境である。あちらもディルが気付いていることくらいは気付いているだろう。

 王都に住んでいる姉のミリエラが、ときどきディルを心配して屋敷を訪ねてくる他は、特に誰とも会わない閑散とした日々だ。

 別に生を諦めているわけではない。ディルはもっと修行して、一人前の騎士になれたら士官し、自信をもってイザベラと結婚するつもりでいる。親同士が決めた婚約者ではあるが、幸運にも相思相愛だし、イザベラの父親とも親しいので何の心配もしていない。

「まったく……何が起こるか分からん世の中だな」

 この間まで、呪いで女の身になっていたくらいだ。だが、魔法学校での日々は懊悩はあったものの、楽しい日々だった。

 気にかけていた流衣とも再会出来た。しかし、リドの事情には驚いた。あの輩が次期神殿長なんてとも思う。流衣が神官なら分かるが、リドが神官というのはどうも想像出来ないディルだ。だが、前に腹の探り合いじみたことは嫌いではないと言っていたし、上手いことやっていきそうではある。

「……また来ているな」

 窓から木陰に佇む人影が見え、ディルはふんと鼻を鳴らす。もう少し見つからないように精進しろと言いたい。それでも監視役か。


 ――防御して耐えて、隙を見つけ出す。そういうのも一つの戦略ってもんだよ。


 まだリリエノーラに弟子入りしたてだった頃、突撃ばかりしていたディルに諭していたリリエノーラの声が、耳の奥に蘇る。

 ああ、耐えよう。今はその時期だ。

 ディルは目を瞑って小さく笑うと、窓に背を向けて部屋の入口に向かう。雪まみれで遊んでいる、小さな従者を迎えに行く為に。



 

 第四部開始です。

 最初から暗い。

 さんざん迷った挙句にディルから始めました。第三部もそうだったなあ。

 やっと女王関連の伏線を回収出来そうです。

 ルマルディー王国の政治のごたごたに否応なしに巻き込まれていく主人公達を応援してあげて下さい。

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